カーター・ディクスン(ジョン・ディクスン・カー)『白い僧院の殺人』
だいぶ前だけど新訳が出たのでカーター・ディクスン『白い僧院の殺人』を読み返していた。
『白い僧院の殺人』はカーター・ディクスン(ジョン・ディクスン・カー)が1934年に発表したヘンリ・メルヴェール卿シリーズの第二作。作中で、相棒の刑事マスターズ警部が一作目の『プレーグ・コートの殺人』に触れているのがどことなく初々しい。
物語はジェームズ・ベネット青年が叔父であるヘンリ・メルヴェール卿を訪ねるところからスタートする。ベネット青年はアメリカ政府の外交官で、イギリス政府のカニフェスト卿を接待していたのであるが、女優マーシャ・テイトの毒殺未遂事件に巻き込まれ、H・Mに相談にやってきたのだった。
テイトはハリウッド女優だが、大成する前にロンドンの舞台で自身の演技を貶された過去があり、イギリスでの捲土重来を期していた。たまたまジョン・ブーンという人物が映画の製作を申し出、ジョンの兄モーリスを脚本に据え、カニフェスト卿をパトロンに、「チャールズ2世の私生活」を興行することとなり、テイトは契約中のスタジオを抜け出し渡英して来る。彼女を連れ戻したい映画監督のカール・レインジャーとマネージャーのティム・エメリーはブーンとは一触即発で、緊迫した雰囲気が漂っていた。そんな中、マーシャの滞在しているホテルにチョコレートが送られてくる。甘いものを食べないマーシャにそんなものを送るファンがいるとは思えず、そもそもマーシャがここにいるのを知っているのは限られたメンバーのみ。もののはずみで関係者が一つづつチョコレートを食べたところ、ティム・エメリーがストリキーネ中毒で倒れ、病院に担ぎ込まれたのだった。
そのような中、マーシャはブーンの館「白い僧院」へと向かう。ベネットに相談を受けたH・Mは心配ないと請け負うが、ベネットが一足遅れて「白い僧院」へやってくると、別館でマーシャが頭を殴打されて殺害されていた。現場は第一発見者のジョン・ブーン以外の足跡は見つからず、足跡が真新しいのに対して、マーシャの死亡時刻は深夜の三時ごろ。雪がやんだのは二時前後で、犯人は新雪の中を足跡をつけずにマーシャを殺害したことになるのだった。
ここまででもイベントが盛りだくさんだが、まだまだ序盤。
足跡が残っているのはブーンだけなので、当初の最大容疑者はやはりジョン・ブーン。ブーンを嫌っているレインジャーが密室トリックを披露し、三時に帰ってきたブーンのアリバイを疑問視する。ブーンのアリバイが実証されると今度は屋敷に滞在していたカニフェスト卿の娘ルイーズが疑われ、ブーン兄弟の姪、キャサリンは友達のルイーズを庇おうとする。ベネットはそのキャサリンと恋に落ち、そこからさらにブーンが自殺未遂を起こし……と言った具合で怪しげな挙動の人物が次々現れ、派手な事件が起きて読者を飽きさせないのはさすがカー。
トリックは派手な機械トリックではなく登場人物の心理を踏まえた物で、むしろモダーン・ディティクティブ・ストーリー的なプロット。そのプロットを「現場に残っていたマッチの燃え殻」「別館に行こうとすると吠えかかってくる犬」といった小さなヒントが支えている。非常に好みのトリック(プロット)で、久しぶりに読んだけど、このトリックだけは明確に覚えていた。
ちなみに犯人については完全に忘れていたのだが、
上手い具合にオーソドックスな「意外な犯人」で、これも非常に感心した。登場人物たちの推理と、推理で明かされた事実の中に、手がかりとミスリードが巧妙に隠されている。
解説で書かれている通り怪奇趣味は抑え気味で、どちらかというと歴史趣味の方が顕著。終盤に事件前夜の行動を再現する際、モーリス・ブーンがチャールズ2世の寵姫バーバラ・パーマーのために自身の先祖が建てたという「白い僧院」の蘊蓄を語るのだが、それが事件全体のモチーフにもなっている。
セイヤーズが賞賛するのも順当な、巨匠の初期の傑作でありました。
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