鮎川哲也『偽りの墳墓』
昔大量に放送していた二時間ドラマも、今はあまりやっていないらしい。ドラマ自体の記憶も、もともと大して残っていなかったりするのだが、この『偽りの墳墓』を原作にしたドラマは別で、子どものころ見た記憶がはっきりとある。というか、謎解きシーンでこのアリバイトリックなんか知ってるな、と思っていたら昔ドラマを見たことがあるのを思い出したのだった。ドラマで覚えていたのはトリックだけなので、それ以外のストーリーがどれだけ忠実にドラマ化されていたかはよくわからない。
原作小説はこんな話。
舞台は浜名湖の温泉街。そこの土産物屋の妻、いくの首吊り死体が発見される。夫の山野捨松は愛人の伊達さとに入れあげており、さらにいくには多額の保険金が掛けてあった。現場にあった、いくが首を吊るのに使ったと思われるみかん箱では、首を吊ろうとしても足がとどかない……警察は保険金殺人を疑うが、事件当日、山野捨松にはアリバイがあるのだった。
これでまだまだ序の口なのだが、捜査の進展そのものがネタバレになるのでこれくらいにしておく。
保険金殺人を巡るアリバイ崩しモノ──とみせて話が二転三転するプロットはさすが鮎哲。あとがきによると、もともと短編を長編に書き改めたものらしいが、中盤あたりで事件の様相がガラッと変わる辺りは、確かに継ぎ足したような感じも受ける。
ちょっと面白いのはプロットに結核やハンセン病などが絡んでくる点で、特にハンセン病は作中で非常に重要な役割を持っている。ちょうど同時期に『砂の器』が発表されており、意識していたのかもしれない。『砂の器』が1961年、『偽りの墳墓』が1963年なので向こうの方が先ではあるけれど、プロットへの組み込み方はこちらの方が上か。
このハンセン病も絡み、小説の中盤でいくの死についてある程度の絵解きが行われ、捜査陣は事件を新たな視点で見直す必要に迫られる。この絵解きはよくできており、アガサ・クリスティの「クィン氏登場」を連想させるモダーン・ディティクティブ・ストーリーとなっている。個人的にはここが一番の見物。
その後も捜査は二転三転し、本命の最有力容疑者が絞り込まれた後でも、犯人と被害者は一体どういう関係だったのか?と動機面で読者を引っ張って飽きさせない。
アリバイトリックは最初に書いた通りドラマで知っていたが、それでも面白い。先入観をうまく利用していて、上手いものだ。謎解きは鬼貫警部ではなく、犯人がある人物に打ち明け話をするという形をとっており、犯人も、犯人の話を普通に聞いている人物も、何やら倫理観がおかしいとは思うものの、完全犯罪を確信しているところで刑事たちの姿が見えるという余韻ある終わり方はとても良い。
当時の生活風俗もよく書き込まれていて、アリバイとして近所の家にテレビを見物に出かけていた、などという話が出るのも楽しい。全体的によくできた佳作でした。
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