ヒラリー・ウォー『生まれながらの犠牲者』

あまりに気にしたことがなかったのだが、ヒラリー・ウォーという作家、世間的な評価はどんなものなのであろう?
「言わずとしれた警察小説の巨匠」くらいの感覚だったのだが、案外未訳の長編も多く、代表作『冷え切った週末』『時間当夜は雨』は品切れらしい。
丁寧なプロットは本格ミステリマニアからの評価も高い……はずだが、ウォーを謎解き作家として評価した瀬戸川猛資の『夜明けの睡魔』でも、そもそも忘れられた作家と呼ばれているし。
アメリカ探偵作家クラブからグランドマスター賞なんかを受賞しているらしいので評価は低くないはずなのだが。
まあ、ウォーの作品って結構地味で、リーダビリティーに乏しいのはあるかも知れない。
本作『生まれながらの犠牲者』も地味な作品で、ストーリーラインもシンプル。13歳の少女、バーバラの失踪を巡り、シリーズ探偵のフェローズ署長が地道な捜査を繰り広げる、というもの。
年頃の女の子の失踪事件を取り扱うという点、性的な関係が焦点となるあたり、代表作『失踪当時の服装は』と通じるものがある作品。じっさい解説でも、『失踪当時〜』と比較される形で語られている。
もっとも、『失踪当時の服装は』では中盤で死体が発見されるのに対し、こちらは最後まで何もない。中盤で殺人の痕跡を発見し、それからは完全に殺人事件として取り扱われるのだが、最後の最後までついに死体は発見されない。
『失踪当時』では失踪した女子大生の両親が警察とは別に私立探偵を雇い、その探偵と一悶着あったりするのだが、この作品ではそう言うこともない。バーバラの母親はどこかなげやりで、事件が大事になるのを極度に恐れているのだ。
この母親の反応は、彼女が持つ「ある秘密」に起因するもので、それが事件の根幹部分として『生まれながらの犠牲者』というタイトルにも掛かっている。
事件の真相は、失踪した少女を探すというプロットそのものをミスリードに使ったもので、これはよくできている。
正直、この動機でこの人物が殺しまでするかという感じもあるのだが、そのことは作者もわかっているようで、ある人物に事件の背景を語らせていることでそれを補っている。細部の辻褄合わせや心理描写のフォローをしようと言うのではない。ある人物に人生と人生観を語らせ、その壮絶な描写で読者を殴りつけるのだ。実際この「語り」は凄まじく、事件の真相を無理矢理納得させる力がある。
もっとも、それまでは表面的に派手な事件が起こらない分、同じ作者の他の作品と比べても読者を引っ張る力は弱いかもしれない。「地味ながらよくできている」というより、「よくできているが地味」という感じ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?