3月に読んだ本(カーター・ブラウン『ダムダム』/山田風太郎『忍びの卍』/車谷長吉『赤目四十八瀧心中未遂』/安岡章太郎『安岡章太郎短編集』)



カーター・ブラウン『ダムダム』
カーター・ブラウンは通俗ハードボイルドと呼ばれて、チャンドラーやらロス・マクドナルドやらに比べると評価はずっと低いのだろうけど、自分は結構好きで、古本屋で見かけると何となく買っている。
この作品も結構良かった。タイトルの「ダムダム」とはダムダム弾のこと。売れない芸人たちが住んでいる家で死体が発見される。死体はヤクザのもので、ダムダム弾でみるも無惨なありさまになっている。屋敷の住人は一癖も二癖もあるある人間ばかりだが、彼らの他に屋敷の元の持ち主で何故か家を買い戻そうとしているヤクザのボスがおり、話に関わって来る。
中盤では老いたヤクザと弁護士の息子のエピソードとか、屋敷の主人が芸人たちを住わせるようになった過去とかがあって、それが終盤の展開に効いてくる。大量の人死が出る終わり方も無常感あって良し。

山田風太郎『忍びの卍』
ご存知忍法帖。主人公の椎ノ葉刀馬は、主君の土井利勝に呼ばれてある命令を受ける。徳川家には甲賀、伊賀、根来の三派の忍びが使えているが、それを一つに絞ることにした。しいては三派のうちどれを選ぶべきか見定めろというのだ。忍びのことを何も知らない刀馬は戸惑いながら三派の代表選手に会いにゆく……
甲賀忍法帖ばりに忍者同士の殺し合いでも始まるのかと思いきや、どれを選ぶかは早い段階で決まり、そこからさらに思わぬ方向に話が動いてゆく。
「政争で無惨に使い捨てられる忍者」というのは忍法帖ものの定番だけど、今回はその点特に顕著。戦うのは忍者三人に主役を加えた主役の四人のみと少ないが、その分対立構造の変化が目まぐるしい。
各忍法の中では甲賀忍法だけ明らかにコスパが悪いというか、まだるっこしい。味方側が強すぎると困るからしょうがないけど。

車谷長吉『赤目四十八瀧心中未遂』
ちらっと読んだ人生相談が滅茶苦茶で面白かったので小説も読んでみた。
私小説だと思ってたけど直木賞受賞作だそうで。ちょっと驚き。もっとも『直木賞物語』によると、「同賞は長らく一般受けを気にせず、〈文芸〉作品びいきであった。いままた、市場で大衆文芸らしいとは見なされない作品を選び出したことは、目新しい現象ではなく、同賞の素の顔が覗いたにすぎない」とあるから、やっぱり私小説なんだろう。
どの程度まで本当の話なのかというのはあるんだが、尼崎にはちょっと興味が湧きました。
主人公は世捨て人で自分から積極的に動くタイプではなく、物語的には麻薬売買の金を回収しに行くような事件に巻き込まれたりもするものの、薄ガラス越しに描かれるだけなのでちょっと読みずらいかも。こう言う人間じゃないと引きづられて心中寸前までいかないだろうけど。
終盤では主人公と因縁のある男が訪ねてきたりもするのだが、どんな過去があるのか詳細は不明。他の作品で語られてるのかわからないけど、読む順番を間違えたかも。
ちなみに話の舞台は尼崎なのだが冒頭では東京に引っ越して再び勤めを始めようとする主人公のシーンがある。そこから過去を回想するという枠物語の構成。実は生き残った男が女を思い出す系の古典的な話だったりするのか?
だとしたら、そういう古典的な話のありきたりさをぶち破るためにも、尼崎の描写や生々しい登場人物たちの会話というのは必要だったのかもしれない。

安岡章太郎『安岡章太郎短編集』
岩波文庫で短編集が出てたのを見つけたので購入。初めて読んだけど結構良かった。何となく、安岡章太郎という人とはウマが合うんじゃないかと(勝手に)思う。
村上春樹が『若い読者のための短編小説案内』の中で「表面的にはギブアップして、世界に対して戦意のないことを示しているみたいでもある。そうすることによって、自分の世界をなるべく平静に保とうとしているようです」と言っていたけど、そうやってやり過ごそうという感じ、よくわかります。
たぶん、マッチョな振る舞い自体に忌避感があって、だから『蛾』の医療パターナリズム剥き出しの医者とか『職業の秘密』の押し売りめいた保険の営業の話なども出てくるのではないかな。
その点、軍隊とは相性が悪い反だろうと思う反面、ある意味相性が良いのではないか。命令だけ聞いていれば良いというのは楽ではあるし。
体が弱いのか身体性に関する話が多いのも特徴で、そういうところも好き。

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