ウィリアム・アイリッシュ『幻の女』/『喪服のランデブー』

四月に読んだ本のまとめその2

ウィリアム・アイリッシュ(コーネル・ウールリッチ)は昔『黒い天使』を読んで、あまり面白くなかったので敬遠していたのだが、ノワールとか少女漫画系のサスペンスとかの大元にちょっと興味があり、ある程度まとめて読んでみようかと手に取った。

ウィリアム・アイリッシュ『幻の女』

代表作だけあってなかなかの出来。
妻と喧嘩をして夜の街を彷徨っている男が、何気なく入った店で一人の女と出会う。パンプキンのような帽子を被ったその女とちょっとしたデートをして、別れる。帰ってみると妻が殺害されており、直前まで喧嘩をして、さらに不倫もしている主人公は窮地に立たされる。主人公のアリバイを証明できるのはあのパンプキンの帽子を被った女だけ。逮捕され、死刑執行を待つまでの間に「幻の女」を見つけることはできるのか?

タイトルはすべて「死刑執行〇〇前」で統一されている。例外は最後で、これだけ「死刑執行後」というタイトル。大胆にも章題だけで何もない章まであり、否が応でもサスペンスを盛り上げる。
まあ、いろいろ無理を感じるところはある。次々と死んでいく登場人物たちの死の真相は、結局事故や自殺に頼らざるを得なかったものも多いし。ただ、そういう欠点も積極的に目を瞑りたいと思わされる。
ちなみに、江戸川乱歩がこれを読んで絶賛した話は有名だけど、事件の真相を考えるとたしかに乱歩好みだろう。

コーネル・ウールリッチ『喪服のランデブー』

こちらは(こちらも)だいぶ変な、というか無理のある話。
決まった時間にランデブーをする恋人たちがいる。彼らは愛し合っていて、結婚間近だ。ところがある夜、青年が逢瀬に赴くと路上で死んで倒れている恋人を発見する。上空を通る小型飛行機から投げ捨てたられた小瓶が直撃したのだ……
かくして復讐鬼となった青年は、飛行機に乗っていた乗客を調べ上げ、無差別に復讐をしてゆく……

復讐対象は瓶を投げた人間だけではなく(そもそも青年はそこまでは調べられないし、読者もクライマックスあたりまで瓶を投げ捨てた人間はわからない)乗客全員、それも本人ではなく身近な人間(恋人とか)を襲う。
要するに怪しげな怪人に襲われる被害者たちのエピソードの集合体で、文体の雰囲気こそまったく違うが江戸川乱歩の通俗長編のよう。
これが動機が愛ではなく、親の代の敵討とかになれば乱歩の描く殺人鬼に近づく。違いは明智小五郎ポジションが出てこないことかな。
乱歩の長編と比較されるところからお分かりだろうが、小説のリアリティはハナから投げ捨てられている。
小型飛行機から投げ捨てた瓶がぶつかって死亡すること自体はそんなにおかしいとは思わない。こういう事故はそれなりの確率でありそう。
むしろ犯人の存在が警察に認知されても、ターゲットの危機感が薄かったり、突然逃避行を始めるたりといったあたりにご都合感を感じる。

犯人が襲うのはたいていターゲットの恋人。そうでない場合でも、ターゲット視点ではなく、恋人たちの視点から事件が描かれる。しかもただ殺すのではなく、女を誘惑して男から奪ってから殺すというものが中盤で続く。
そんな簡単に靡くのかい!とか、同じパターンの殺しが続いているとか、こちらも大概変ではあるのだが、恋人たちのランデブーというモチーフに沿ったものだから、これ自体はまあ良いのかな。
男を捨てる女を立て続けに描いたあと、最後の被害者のカップルは愛し合ってることを強調するのも意地が悪いけど良いですね。
文章・演出は流石で、プロローグに「別れ」、エピローグに「再会」があり、その間に「ランデブー」を挟む構成なんて、とてもあざとい。あざといけど上手い。
でもやっぱ、変な話だなあ……

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