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映画『すばらしき世界』感想

予告編
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 本作は、西川美和監督、役所広司主演、2021年公開の映画『すばらしき世界』です。

 石井竜也監督による同名タイトルの映画も存在しますが、それとは関係ありませんのでご注意ください。

 また、本文中で「まだ2月の下旬~」「昨年公開の~」など述べていますが、例の如く公開当時の感想文なので、今の時勢・時節とはズレた内容も含まれています。何卒ご容赦ください。


 よければどうぞー。



タイトル


 やっぱり、映画館で映画を観るのは実に良いなと思ってしまいます。“今、公開されている” という事実そのものが、「なぜ今この物語を描くのか」ってことを考えさせてくれる。まだ2月の下旬ですが、今年に入ってからだけでも『聖なる犯罪者』(感想文リンク)や『ヤクザと家族 The Family』(感想文リンク)とかもそうでしたし、 “人を許せず、憎み続ける社会” という意味では、昨年公開の『博士と狂人』(感想文リンク) とか『キーパー ある兵士の奇跡』(感想文リンク)とかも同様かも。(……ちょっと拡大解釈ですけど。)

 一度躓いた者が立ち上がることを認めない。そんな社会の今を描くような作品に出逢う機会が増えた気がします。オープニングの窓越しの雪景色は、刑務所の中よりも、これから生きていく現実社会の方が過酷で冷たいことを暗に示しているよう。


 “出所したばかりの前科持ち”、“直情型の短気な中年男”、“ドスを利かせたような巻き舌気味の訛り”……etc. 主人公・三上(役所広司)を知らない人からすれば、そういった自明ではない不安要素以外に、当人を知る術が何一つ無い。そうなると大概の人は疑惑のレッテルを貼り付けてしまう。何もしていないのに万引き犯だと疑われてしまう描写なんて正にそう。

 「昔こんなことがあった(のではないか)」程度の描写はあるものの、明確に過去を描くようなことはしない構成だったため、観客も同様の感覚になっていたかもしれません。だからこそ東京タワーとスカイツリーで過去と現在(≒未来)を表現していたのがとても有用に活きていた印象です。

先に述べておきますが、ネタバレ注意です。


 三上は、決して褒められた人間ではない。けれど、完璧な人間、聖人君子なんてどこにも居やしない。誰にだって良いところはあるし、誰にだって悪いところはある。人間にある二面性のうち、他人はどちらか一方のみを本当の姿だと捉えがちなのかもしれません。

でも実際はどちらも本当。暴力的な面があるのは否定できないけど、子供と全力で遊ぶ優しい姿も本当。まるで胎児のような姿勢でうずくまってしまう幼児退行のような姿も本当。つい大声を張り上げてしまう直情的な素振りも、人目を憚らずに泣いてしまう弱さも、全てが三上の本当の姿。


 再起の芽を摘む社会は冷たい。けれど、少なくとも彼は、他人に言われるまでもなく弁えていた。安い時給で働き、質素な生活に努め、うっかり感情が昂ることもあったが、必死に堪え自制していた。「このアパートにはワケ有りの人が結構いる」「ここはワケ有りの人を何人も雇っている職場」だなんて話を聞かされながらも、歯を食いしばって生きる三上の姿は胸に刺さる。

そんな三上の再起を、きっかけこそ不純だったかもしれませんが、最終的には全力で応援するようになっていた津乃田(仲野太賀)が、旅先の風呂場で三上の背中を流してやるシーンはグッときました。三上の背中にある傷(序盤で三上本人から、ヤクザだった頃に付けられた刀傷であることを津乃田は聞いていた)を見つめる描写を挟んでから背中を洗い流してやるという、まるで三上の過去の諸々を清算しようとするアクションと、「もう元に戻ってしまわず、真っ当に生きて欲しい」という津乃田自身の願いが見事に噛み合った素敵なシーン。



 人間の善意の深さと、人間の悪意の浅さの両方を映し出したような本作を『すばらしき世界』としたのは、やっぱり皮肉なのかなぁ……。或いは、観客への問い掛けなのか。もしくは、辛いことが多かった物語でありながらも、人の善意や親切だとか、仕事が決まったことだとか、小さな幸せを描くことで「世界は素晴らしいんだよ?」みたいなメッセージのように思えなくもない。というのも、劇中で津乃田の元上司である吉澤遥(長澤まさみ)が語っていた「自分自身が不幸だから、社会のレールからはみ出た者を認めない、否定したい」という現代社会の風潮……。まるでそんな人達へ向けたメッセージとも取れる気がしてくるから。

とはいえ、どんな解釈もできるし、どんな解釈も正解で良い気もします。作り手の真意こそ図りかねますが、考えることが大切だと思うので。



 偶然にも、同時期に公開された『ヤクザと家族 The Family』とも近いものを感じられる本作は、これまた『ヤクザと家族~』同様に、死ぬことで物語が解決してしまっていたのは悲しい。人が死ぬ、という事態そのものの悲しみもあるのですが、なんていうかね……。一度踏み外してしまった者が立ち直れない社会で、どう生きていくのか、どうすれば良いのかという問題を浮き彫りにした後、当人が死んでしまうことでその問題が終わってしまっている。なんと、これが今我々が平和に暮らしている幸せな “すばらしき世界” なわけで……。

けれど、このやるせない、行き場を失った想いは、彼の死を受け茫然自失となり、彼が暮らしていたアパートの前でへたり込む津乃田の心情と同じなのかもしれません。この後味があるからこそ、このへたり込む津乃田の姿を本作のラストに持ってきたことに意味があるんじゃないかな。そしてそこから上空へパンし、綺麗な青空を背景に表示されるタイトルバック。なかなか考えさせられる、素晴らしい見応えでした。


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