鉄道の好きな人を『レールファン』と言うのに、どうして変人的な表現でしか呼ばれないのか?

「テツ」
 
「鉄子」
 
「マニア」
 
「おたく」
 
「ヲタ」
 
「鉄ちゃん」
 
「乗り鉄」
 
「撮り鉄」
 
「録り鉄」
 
レールファンを誹謗中傷し、屈辱、侮辱、軽蔑される言葉の数々である(ほかにもあるものと思われる)。
 
1999年3月13日(土曜日)、東海道・山陽新幹線に“700系〈のぞみ〉”がデビューし、4か月後の7月16日(金曜日)、寝台特急〈カシオペア〉がデビューした。いずれもこの日、東京・上野両駅とも、いつもより利用者が多かったが、決まってこういう雑音が聞こえた。
 
「鉄道マニア」
 
プロ野球、Jリーグ、大相撲などのスポーツや好きな芸能人、有名人、著名人などは「ファン」と言われるのに、鉄道、ヒコーキ、船、クルマなど、交通関係については「ファン」ではなく、なぜか「マニア」と呼ばれてしまう。
 
1999年7月23日(金曜日)、新千歳空港行きのANA161便がハイジャックされ、副操縦士を追い出し、機長にあれこれ要求したが、拒否された。すると、ホシ(犯人)は機長を引きずり下ろし、“ニセ機長”となって飛行機を操縦。機長を包丁で刺し殺すという、世界でも例のないハイジャック事件が起こった。一時は高度300メートルまで急降下し、墜落の危機になるところだったが、副操縦士と男性客数人が“ニセ機長”を抑えた。幸運にもお客として利用していた別の機長が操縦し、羽田空港に着陸。乗客は全員無事だった。
 
「飛行機を運転したかった」
 
「操縦してレインボーブリッジを運転したかった」
 
“ニセ機長”のホシがハイジャックをした動機である。当初は“意味不明な発言”に見られていたが、実際にゲームセンターでレインボーブリッジをくぐるゲームがあることがわかり、意味不明なことは言ってなかったのだ。
 
このゲーム機を考案した人は『あぶない刑事リターンズ』をヒントにした可能性がある。なぜならば、横浜ベイブリッジでパソコンミサイルがくぐっちまうシーンがあるからだ。
 
すべてのテレビ、ラジオ、マスコミの報道はこのホシをいっせいに「航空マニア」と表現していた。また、ホシは元JR貨物の社員だったことがわかり、JR関係者にとってもショッキングな出来事だった。
 
ヒコーキファンにとって、「航空マニア」呼ばわりされるのは迷惑だろう。おそらく、この事件でヒコーキファンに対し、悪いイメージを持った読者もいると思う。しかし、ヒコーキファンは「マニア」ではない。れっきとした「ファン」なのだ。ハイジャックしたホシはヒコーキファンだけど、犯罪をしたら“ヒコーキファン失格”なのだ。だから、テレビ、ラジオ、マスコミの報道はハイジャックのホシを「航空マニア」ではなく、「ヒコーキファン失格者」と言えばよかったのだ。
 
1999年3月13日(土曜日)、日本テレビのニュース番組を見た。この日は“700系〈のぞみ〉”がデビューしたというニュースがあり、内容は「騒音を減らし、揺れも少ない乗り心地のよさがウリモノ」ということを重視。東京駅で700系の1番列車となる〈のぞみ3号〉博多行きのデビューセレモニーを取材していた。早朝6時56分の発車なので、レールファンには目を向けなかったようだ。
 
それはそれでいいのだが、数分後に広島空港で電車の空輸があったことを伝えた。その電車は広島電鉄の5000形GREEN MOVERというノンステップで乗降ができるというのがウリモノの路面電車である。ドイツから空輸し、その料金が8000万円もしたという。ところが、ヒコーキファンに対し、失礼な言動があった。
 
「空港には大勢の“航空マニア”が」
 
またしても「マニア」である。しかも、鉄道車両が空輸したというニュースなのだから、当然、レールファンも来ているはずで、100パーセント、ヒコーキファンであるとは限らないはずだ。勝手に決めつける取材陣の姿勢に問題がある。
 
3か月前の1998年12月13日(日曜日)、旅行地理検定協会による『第1回鉄道旅行検定試験』が実施され、多くのレールファンが集まった。私はこの日まで全然知らず、驚いた。履歴書の免許、資格の欄に正々堂々、威風堂々と書けるので、喜ばしいことだ。
 
これも日本テレビのニュース番組で取り上げていたが、ここでも不適切な発言があった。
 
「全国から大勢の鉄道マニアが」
 
またしても「マニア」だ。誰がこんなニュースの原稿を作成したのかは知らないとはいえ、残念だし、腹立たしい。日本テレビの場合はアナウンサーが原稿通りに読んだだけ。そういう原稿を書くヤツは良心というものがないのかもしれない。
 
1999年8月6日(金曜日)、フジテレビの夜の時間帯の報道番組『ニュースJAPAN』で、東海道新幹線0系を取り上げた。リポーターはレールファンの堺正幸アナウンサーが夏休みを返上してまで、この取材を敢行したという。堺アナウンサーはJR東日本の新幹線や一部の特急で、自動放送の“ナレーション”を担当している。
 
堺アナウンサーはイキイキした表情で、楽しそうに取材をしている。ナレーションも「鉄道ファン」と表現しており、視聴者として楽しく拝見したものの、VTRが終わり、スタジオに場面が変わると、安藤優子キャスターのひとことで一気に興ざめした。
 
「堺アナウンサーは大の鉄道マニア」
 
ナレーションの方は「鉄道ファン」と正しいことを言っている(「レールファン」と言ってくれれば、ありがたいのだが)のに、安藤キャスターがヘラヘラ笑いながら、「鉄道マニア」と、まるでレールファンをバカにしているような不適切な発言をしているのだ。夏休み返上で取材したといわれる堺アナウンサーに大変失礼である。しかも、原稿なしにVTRの所感を述べているのだから、軽率な発言であり、不適切かつ不謹慎な発言である。“このキャスターは良心というものがあるのかねぇー?”と思った。
 
その後、1999年12月3日(金曜日)に再び堺アナウンサーが登場し、リニアモーターカーの乗車取材をした。この時は「マニア」発言はなく、ホッとした(私がフジテレビにクレームをつけたということもあるのだけど)。
 
私はこの当時、日本テレビとフジテレビ以外のニュース番組をほとんど見ていないので、なんとも言えない部分はあるけど、1999年4月21日(水曜日)に発売した、ある雑誌で見た出来事を紹介しよう。
 
テレビ朝日の報道番組『ニュースステーション』で、蒸気機関車のニュースを流すため、その雑誌社に取材協力を要請し、引き受けた。取材協力の要請をするのはいいとしても、放映日は普通、数日後にやると思うのだが、取材協力をしたその日にやるというのは疑問である。街頭インタビューの感覚でやっているのだろうか?
 
夕方に取材して、予定通り、夜に放送。私は見ていないので、どういうVTRだったのかは知らないが、それが終わったあと、場面はスタジオに戻り、久米宏キャスターがひとこと。
 
「なんでこれがニュースでしょうかね?」
 
ニュースキャスターが“ニュースを批判する”という、前代未聞の発言に多くのレールファンや取材協力をした雑誌社は憤慨したという。もともと、この番組は某所のダイオキシン報道で非難を浴び、ついには裁判ザタにまで発展してしまったが、視聴率は15パーセント前後をキープしているのだから、“タダモノではない番組”と言っていい。ちなみに2000年4月から、NHKがその番組を放送している時間帯にニュースを設けたが、TBSの二の舞になった。
 
次は新聞記事だ。当時、私は読売新聞しかとっておらず、1つの新聞だけでは原稿が仕上がらないので、図書館へ行って、毎日新聞、朝日新聞、日本経済新聞の縮刷版などを参照した。そのほか、私の知人から寄せてきた情報も入れながら進めてゆく。
 
1999年3月13日(土曜日)、“700系〈のぞみ〉”がデビューした記事はテレビニュースのところで述べた通り、騒音を減らし、揺れも少ない乗り心地のよさがウリモノという技術面を主眼に記しており、1編成16両の車両製造費は300系と同じ40億円(1両につき2億5000万円)。ちなみに“怪物”こと、500系1編成16両の車両製造費は42億円(1両につき2億6250万円)だとか。通勤形電車は1両あたり1億円なので、新幹線電車はその2倍になる。
 
700系のネックは500系より遅いこと。山陽新幹線は航空会社と激戦の状態で、1㎞/hでもスピードアップしたいのに、285㎞/hで頭打ちとはJR西日本にとっては頭が痛いらしい。2000年にJR西日本は700系7000番台を投入し、山陽新幹線限定の8両編成で〈ひかり〉に使用。285㎞/hで運行して、“のぞみ料金”というものはないから、“乗りドク列車”である。これらの情報は新聞各社と鉄道雑誌を総合して記した。また、私が目を通した新聞の縮刷版に「鉄道ファン」という文字は少なく、「レールファン」は1つもなかった。
 
7月16日(金曜日)、寝台特急〈カシオペア〉がデビューした。1編成しかないので、運行日限定となるが、市販の時刻表では“定期列車扱い(臨時列車の場合は斜体になる)”になっている。
 
5月15日(土曜日)、品川駅で展示会が行なわれ、寝台特急〈カシオペア〉を初めて見ると、衝撃的だった。車両はステンレス車体で、是までのブルートレインとは全然違う。内装も“列車というより、ホテルそのものではないか”と錯覚してしまいそう。前年にデビューした285系SUNRISE EXPRESSは住宅メーカーと共同設計をして、木のぬくもりを醸し出しており、こちらも列車という感じがせず、衝撃的だった。アメ色に輝く個室は“昭和の古き車両”を思い出す。
 
ニュースで寝台特急〈カシオペア〉を取り上げるところは私の知っている限りはなかった。しかし、一部の新聞を除き、社会面で寝台特急〈カシオペア〉を取り上げた。朝日新聞は小田急電鉄の現役最古参ロマンスカー、3100形NSEの引退を報道。毎日新聞は小田急ロマンスカーNSEと寝台特急〈カシオペア〉の2つを同時に取り上げ、レールファンのニーズに対応した記事と見ていいようだ。ちなみに日本経済新聞はいずれも取り上げていない。
 
朝日・毎日の両新聞は「鉄道ファン(毎日新聞は“ファン”と略す)」と表現していた。また、1999年11月12日(金曜日)の報知新聞の“ウラ1面”で、鉄道の記事があり、「鉄道愛好家」と記していた。ちなみに「愛好家」を英訳すると、“ファン”なので、なんの問題もない。「愛好家」という表現を使うということは当時、50歳以上の新聞記者が書いたんだろうねぇー。
 
ところが私の知る限り、「鉄道マニア」と表現するふとどきな新聞があった。
 
それは讀賣新聞である。世界一の発行部数といわれる讀賣新聞が社会面の片隅に「鉄道マニア」と記していたのだ。当然、“ムカーッ!!”ときたことは言うまでもない。さらに1999年8月12日(木曜日)の夕刊で、東海道新幹線0系の記事を掲載した際、これも「鉄道マニア」と記していた。たまらず私は読売新聞社にクレームをつけた。新聞記事にクレームがつくのが珍しいのか、電話に出た女性はあわてている様子で、社会部の男性記者にチェンジする。
 
「鉄道マニア? 別に問題ないでしょう。当然ですよ」
 
自信満々に言う記者のひとことに、私はカチンときた。普段なら「うっせぇー、バカヤロー!!」と怒鳴ることが多いが、この日は感情的になっても、怒鳴り声は抑えた。
 
「貴方ねぇー、普通、“巨人マニア”なんて言わないでしょう」
 
「そうですねぇー」
 
私は巨人ファンで、チャランポランな新聞記者にぶつけたら、態度を変えた。このひとことに説得力があったのかもしれない。
 
「貴重な御意見なので検討してみます」
 
と言って電話を切ったが、心底、「鉄道マニア」とバカにするチャランポランな記者では検討するはずがないと確信。後日、社会部あてに苦情書を出し、レールファンに対する雑誌記事のコピーも添えた。おそらく、寝台特急〈カシオペア〉の記事を書いたのも、その記者だろう。
 
そのあと、自宅でスクラップしている讀賣新聞の記事を調べた。1997年9月30日(火曜日)にJR東日本信越本線横川―篠ノ井間がフォーエヴァー。このうち、横川―軽井沢間の碓氷峠は翌日に開業する北陸新幹線(当初は「長野行新幹線」と案内していたが、のちに「長野新幹線」が定着)〈あさま〉しか走らなくなるので、この日は“信越本線碓氷峠フォーエヴァー”となり、「鉄道ファン」と表現している。
 
気になったのは信越本線の下りと上りを逆にしていることで、また「登り」という言葉を使っていない。碓氷峠を登ってゆくのが下りで、峠を下りてゆくのが上りなのである。また、記事では「鉄道ファン」となっているものの、実際は一般人の人々も多かったそうだ。
 
11月29日(土曜日)、300㎞/h運転の“怪物”こと、500系〈のぞみ〉が東京に乗り入れた。この時も「鉄道ファン」と記していたが、周囲は一般の人々も多く、“決めつけ報道”をしていた。“新聞記者は人を見る目がないのだろうか?”と疑問だった。
 
1997年の讀賣新聞は「鉄道ファン」で、1999年の読売新聞は「鉄道マニア」と表現が違うのは、記事が書いた記者が違うだけだと確信している。
 
苦情の効果があったのかどうかは定かではないが、1999年9月11日(土曜日)の上野駅18番線フォーエヴァーの記事は日本テレビ共々、「鉄道ファン」と表現していた。1週間後の東海道新幹線0系フォーエヴァーも同様。
 
ところが、翌日の新聞で「鉄道マニア」と記している新聞があるという知人の通報により、“サンケイ新聞”こと、産業経済新聞(2002年4月1日〔月曜日〕から夕刊の製作をやめたことが話題となった)を売店で購入した。
 
1面は東海道新幹線0系フォーエヴァーのカラー写真で、讀賣、日本経済、朝日、毎日の各新聞に比べると、くわしく記載されていないが、「鉄道ファン」と記している。“あれっ?”と思いながら、紙面を進めてゆくと、あった。
 
それは『SUNDAYスクランブル』というコーナーで、11月に時刻表検定協会が『時刻表検定試験』を実施するという記事だった。「鉄道マニア」を連発し、さらに「鉄チャン」「鉄道オタク」が出るなど、レールファンを傷つける記事だった。しかも、その記事は筆者名が記されており、「自分はレールファンをバカにしています」と堂々と公表しているようなもので、不愉快だった。
 
レールファンの犯罪で、「鉄道マニア」と表現されたことは何度かあるようで、それも紹介しよう。どこのファンも善良な人間だとは限らないから。偶然なのか、取り上げる事件はいずれも首都圏で起きた。
 
1991年11月7日(木曜日)、東京都と神奈川県で中学生を含む、23人の少年グループが警視庁少年課と高輪署に検挙、補導され、そのうち16人が東京地検に書類送検されるという事件があった。
 
少年グループは1989年春から、都内のJR線、私鉄の駅でアルバイト中(どういう仕事をしていたのだろう?)に備品を盗み、仲間に売ったことに味を占め、電車の標示板、駅員の帽子、改札鋏(この当時、首都圏では自動改札機が普及しかけていた)、乗務員室のカギなど、460点を盗み、更に“ニセ駅員”になって、デタラメな放送を流し、電車のドアにカギをかけるなど、数々の悪事を働いていた。
 
1996年10月10日(木曜日・体育の日)、警視庁捜査一課と蒲田署は10月1日(火曜日)から6日間に渡り、寝台特急〈あさかぜ〉など、数本の列車に無線で「止まれ」という、ニセの停止指令を出した15歳の男子高校生2人を補導した。交通博物館で知り合い、無線送受信機を購入し、面白半分にニセの停止指令を出したことを認めた。
 
11月5日(火曜日)、神奈川県警捜査一課と平塚署は1995年から列車妨害を10回もやった21歳の男をパクッた。特に1996年4月30日(火曜日)、横須賀線で線路にコンクリートのカタマリ2個(総重量130キロ)を線路に置き、東京行き1番電車が衝突。運転不能にさせ(後続の電車に押されて、大船まで運ばれる)、さらには踏切の遮断機信号ケーブルをハサミで切断し、遮断機を上がらなくさせ、運休や遅れを起こし、多くの人々に迷惑をかけた。
 
「列車が止まって騒ぎが大きくなると興奮する」
 
これが犯行の理由で、しかも、事件当日の4月30日(火曜日)に衝突した電車の先頭車に乗って、衝突の瞬間を確かめていた。このホシは鉄道に興味のないシロートで、愉快犯だった。
 
11月17日(日曜日)、三鷹署捜査本部は4月6日(土曜日)に三鷹電車区の乗務員室で防護無線4台を盗み、京葉線、総武本線、山手線などで妨害無線を発信し、電車を止まらせた29歳、25歳、18歳の男をパクッた。その後、三鷹署捜査本部は3人のホシの自宅を家宅捜索し、鉄道部品など1000点を押収した。ホシらは雑誌(たぶん、文通コーナーだろう)で知り合ったという。
 
この他にもJR西日本の姫新線、播但線で列車妨害事件があったが、ホシはパクれないまま、迷宮入りになっている。
 
首都圏で起きた4件のうち、3件は“レールファン失格者”の犯行だった。この当時のことは覚えていないのだが、「鉄道マニアの犯行」とマスコミが言ったのだろうか。今後、こういうことが起きた場合は「レールファン失格者の犯行」と表現していただきたいものだ。
 
ここで「ファン」と「マニア」の意味を国語辞典、英語の辞書、広辞苑で調べ、まとめてみることにしよう。
 
「ファン」というのは先ほどもチラッと紹介したけど、①愛好家。②ひいき。③扇風機。④送風機という意味である。
 
世間では「巨人びいき」なんてフレーズをよく聞くけど、これを英訳すると“ジャイアンツファン”となる。ちなみに③④についてはスペルが同じなので、掲載した。
 
一方、「マニア」というのは①熱狂。②熱中。③夢中。④1つのことに異常に熱中する人。⑤躁病(Sohbyo)という意味である。
 
これだと、①は甲子園球場の阪神タイガースファンに当てはまる。もともと、マスコミ等では「熱狂的な阪神ファン」と言っているのだから。冷静に考えると、阪神タイガースファンは「阪神タイガースマニア」と言われてもおかしくないと思われてしまいそうだ。
 
②は“仕事に熱中している人”に対しては失礼だよね。世の中には仕事を生きがいとする人もいるのだから。私も熱中する時があるけど、それだけで「マニア」と言われたことがない。熱中しているということは、いかに物事を真剣に取り組み、集中しているのだから。なにかに熱中している人の姿は素敵だと思いませんか? ちなみに昔、『熱中時代』という大ヒットドラマがあったけど、これを英訳すると“MANIA AGE”となってしまい、この番組名だったら、高視聴率は取れないだろう。
 
③は今までの人生で、何度か夢中になったことがあるんじゃないかな。夢中になる原因はいろいろあるだろうが、イイ意味での夢中に対して、「マニア」というのは失礼だろう。犯罪にかかわるようなことや尋常じゃないことならば、言われても仕方ないのではないだろうか。くれぐれも夢中は異性とイイ恋をする時だけにしたい。
 
④はとても尋常じゃない人のことを言うんだろうねぇー。前編でも述べたが、ホンモノの飛行機を運転したハイジャック犯はこれに当てはまるだろう。疑問なのは、どこまでが「正常」で、どこからが「異常」なんだろう?
 
⑤は躁うつ病の躁状態の時期に、また独立して表れる精神病の1つ。気分爽快、自我感情が高揚し、自信過剰で尊大・無遠慮で節度を欠き、誇大妄想をともない、多弁、多動で落ち着きがない。時に怒りっぽく、攻撃的で錯乱状態を呈する原因不明の病気である。これって、誰に当てはまるんだろう?
 
余談だが、マニアに近い意味として、「マニアック」という意味がある。これは1つのことに常軌を逸するほど熱中しているという意味だが、そういう人は犯罪者以外や犯罪行為をやっている人間だけに当てはまることだと思う。
 
結局、どこのファンもみんな、「マニア」と言われてもしょうがないのかもしれない。1番大事なのは“自分は「ファン」である”という意識を持ち、社会的に人間的に恥ずかしくない行動、行為をしなければならないということだ。もし、「マニア」と言われても、胸を張って正々堂々、威風堂々と「ファンだ!!」と主張しよう。もし、周囲の人々が「ファン」であることを理解してくれないようでは絶縁するしかない。少なくとも、健全な趣味の範囲内だけど。
 
参考までに、ある雑誌で実施したアンケートによると、レールファンが周囲の人々に言われたくない表現の第1位が「鉄道オタク」で、第2位が「鉄道マニア」である。その他、「鉄ちゃん」、「テツ」、「変わり者」、「電車小僧」などなど。おそらく、ほかの「マニア」呼ばわりされる趣味を持つ方々も「ファン」と呼んで欲しいんじゃないかな。そして、「マニア」、「オタク」など、ありとあらゆる偏見、侮辱、差別、区別、軽蔑、格差社会用語を死語、撲滅させよう。場合によっては各都道府県の迷惑条例あるいは日本国憲法に加え、罰金や傷害罪扱いなどの罰則を設けたほうがいいだろう。
 
1999年11月27・28日(土・日曜日)と12月4日(土曜日)、東京駅に足を踏み入れた。レールファンの姿と個人的な撮影を兼ねて行き、人の数は“東海道新幹線0系フォーエヴァー”の時に比べると、格段に少ない。11月27・28日(土・日曜日)は12月4日(土曜日)から九州方面のブルートレインが新しい展開を迎えるので、それを撮っておきたい。
 
やって来たレールファンの人々は本当に静かだ。大半が1人ぼっちで撮影しているということもある。世間から「レールファン」というモノが認知されていないからであろう。レールファンの人口は巨人ファンより少ないし、『あぶない刑事』ファンより少ないのかもしれない。
 
そんな中、女性のレールファンの姿があった。1990年代中盤から鉄道会社に女性職員が配属されることが多く、さらには運転士も存在するのだから、鉄道に心を打たれるのだ。一般的に“レールファンイコール男性”というイメージを持っている方、それは偏見だよ。
 
その女性は彼氏といっしょだった。彼氏は一眼レフカメラ、彼女はデジタルカメラで撮影している。お互いにレールファンのようで、こういうデートもいいし、微笑ましい光景でもある。その女性はやたらと髪が長く、これならば大相撲の関取のシンボルである大銀杏がゆえる。ちなみにそのカップルは12月4日(土曜日)も東京駅で、“撮影デート”を満喫していた。
 
12月4日(土曜日)、この日は山形新幹線〈つばさ〉が新庄延伸を果たす。ホームは家族連れが多く、新幹線は子供たちの人気者である。
 
家族連れの場合、お父さんか子供のどちらかがレールファンである場合が多い。もし、子供がレールファンだったら、貴方は「鉄道マニア」や「鉄道オタク」と言いますか?
 
山形新幹線〈つばさ〉新庄延伸という、華々しい話題のウラでは九州ブルートレインが新展開を迎え、今まで単独運転だった寝台特急〈さくら〉〈はやぶさ〉が東京―鳥栖間並結運転を行なうことになった。利用客の減少に歯止めがかけられず、こうなってしまったのだ。
 
ほとんどのレールファンは東京―鳥栖間並結運転の寝台特急〈さくら・はやぶさ〉長崎・熊本行きに注目し、電気機関車につける新しいヘッドマークや発車案内表示に黙々とシャッターを切り、ビデオ撮影している。注目のお客の数は空席が圧倒的に多く、“こういう事態になっても仕方ない”とガックリ肩を落とした。
 
その後、2005年3月1日(火曜日)で寝台特急〈さくら〉がフォーエヴァー。寝台特急〈はやぶさ〉は東京―門司間、寝台特急〈富士〉とコンビを変えたものの、状況は好転せず、“余命いくばくもない”と言われている。
 
私が見たレールファンの姿は、皆様が思っているイメージとはたぶん違うんじゃないかな。みんな、普通に撮影しているし、最低限のルールを守っている。私が東京駅に行った日は三脚を立てて撮影した人はいなかった。
 
時は8年後の2007年12月のある日、都内某所で台車に無数の本を乗せて運ぶ女性の姿を見た。たまたま鉄道の本があり、タイトルは忘れたが、女性向けのマンガのようである。エレベーターでの会話はこうだ。
 
「ふーん、鉄子ねぇー。テツコはクロヤナギだけかと思ってたよ」
 
「ハハハハハハ」
 
と私がボケをかますと、女性は大ウケしたが、そのあと、思いもよらぬことを言った。
 
「鉄子は“女の子の鉄道マニア”です」
 
この女性は“女の子”と言える20代前半と思われるが、私がレールファンであることを知らないし、その後、注意はしていないが(自分で“正体”を明かす気がなかったこともある)、女性のレールファンがいる背景には、女性の駅員や乗務員が増えたことが関係していることを言った。また、私が実態を把握するのにちょうどいい機会だったので、そうふっかけたが、2007年は鉄道がブームになったにもかかわらず、「レールファン」という言葉さえ知らないありさまである。こんなようではいつまでたっても、日の目、陽の目を見ることはないだろう。
 
いったい、なにが原因で鉄道の好きな人を「マニア」や「オタク」呼ばわりされるのかは知らないが、どこのファンでも常に温かい目で見て欲しい。どこのファンでもバカ騒ぎはするし、感動すると涙を流す。これはどこのファンでも一生のうち、何度かやると思う。ただ、1つだけ注意して欲しいのは周囲の人々に対し、自分の趣味の話はベラベラとしゃべりまくらないこと。ベラベラしゃべったって、聞いている側は専門的なことが理解できっこないのだから。
 
私が日頃、心掛けているのは常に新しい分野に取り組み、新境地を切り開くことである。なぜならば、中学時代、授業中に趣味の話ばかりをする男がいて、そのたびに教室はシラけていたからだ。私はそんな人間にはなりたくない。趣味に没頭するのは悪いことではないが、いろんなことを覚えて、教養を高めたほうがいいんじゃないかなと思う。
 
さぁー、みんなで鉄道のお好きな人の正式名称、「レールファン」を広めよう!! そして、偏見、侮辱、差別、区別、軽蔑、格差社会をなくそう!!
 
※noteのコメントは偏見、侮辱等に値する言葉は受け付けておりませんので、御注意願います。
 
☆備考
①鉄道ジャーナル社刊行の『鉄道ジャーナル』1992年5・7月号の「RAILWAY REVIEW」、『旅と鉄道』1999年春の号の144・145ページも合わせて御覧ください。
 
②今回の記事は1999年に執筆したもので、一部加筆・修正しています。


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