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【童話訳】 妖精のおくりもの (1697)

童話文学の始祖シャルル・ペローによる、「ことば」の大切さを暗示する勧善懲悪フェアリーテイル。挿絵たくさん教訓詩つき。


ハリー・クラークによる扉絵 (1922)


 昔あるところに、早くに夫を亡くした婦人が二人の娘と暮らしていました。姉ファニーは母親そっくりで、顔つきには不愉快なほど険があり、いじわるで傲慢な娘でした。妹ローズは亡き父親にそっくりで、まれに見るほど美しく、礼儀正しく思いやりのある娘でした。

 似た者同士というとおり、母親は姉ファニーを溺愛し、妹ローズにはつらく当たっていました。食事はひとり台所でとらせ、家から遠く離れた森の泉まで水を汲ませに行かせては毎日こき使っていました。

ローラ・ヴァレンティンの挿絵 (1870)

 ある日のこと、いつものようにローズは森へ入って、泉で水を汲んでいました。すると見知らぬおばあさんがやってきました。曲がりきった腰でみすぼらしい格好をして、話しかけてきます。

ギュスターヴ・ドレの挿絵 (1867)
(泉が「水道管」になっている)

「お嬢さんや、水をすこし飲ませてくれないかね。この体じゃかがむこともできなくてね」
「いいですよ、ちょっと待ってくださいね」

 ただちにローズは水差しをすすいで、まだ水底の乱れていない奥の方のきれいな水をついで、おばあさんに飲ませてあげました。

「はあ、おいしい。ありがとうねえ」

 一息ついたおばあさんは、飲んでいる間ずっと水差しを支えていたローズに優しく語りかけます。

「あなたは、この泉みたいに澄んだ心をしているね。お礼をしないとね」

 おばあさんは妖精でした。普段つらい目にあわされているローズが、どれほど善良な心を持っているのか、確かめに来たのです。

「さあ、おくりものだよ。これから何かしゃべるたびに花びらと宝石が、ことばと一緒に口から出てくるからね」

 そう歌うように告げたら、たちまちおばあさんは消えてしまいました。

ウィリアム・ヒース・ロビンソンの挿絵 (1921)

 ふしぎに思いつつ家へ戻るローズです。

「あんたね! こんなに長い間なにしてたの! もう喉が乾いて仕方ないじゃない!」

 出迎えた母親はカンカンでした。

「遅くなってごめんなさい、おかあさん──」

 謝るやいなや、バラの花びらが二輪、真珠とダイヤモンドがそれぞれ二粒ずつ、口からぽろぽろこぼれ出てきました。

「おや、これは──」

 驚いた母親は、宝石と娘をまじまじ見比べます。

「真珠に、ダイヤモンドじゃないかい! ……ねえローズや、いったいなにがあったんだい? 話してごらんよ、ね」

 一転、これまで一度たりとて聞かなかった声色で問いかけます。

「実は……」

 ローズは正直に打ち明けました。その間もたくさんのダイヤモンドがこぼれます。

「──そうかいそうかい、それはいいことを聞いた。ファニー! こっちへおいで!」

 母親はギラリと目を光らせるや、姉ファニーを呼びつけました。

「ごらん! あんたの妹の口から出てきたものを! しゃべるだけで宝石がザクザク出てくるんだよ、あんたもこんなお礼がほしいだろう?」
「確かに、悪くないわね」

 ファニーが母親そっくりのニタニタ顔で答えます。

「それじゃあ泉に行きな! そこに小汚いばあさんがいるらしいから、水を飲ませてやるんだよ! ほら、これを持っていくんだ、うちにある水差しの中でいちばん大きな上等なやつさ。さ、早く行くんだよ、早く!」

 そうしてファニーも森へと入って行ったのです。

 泉に着いたら、そばの林から若く美しい女性が現れました。光り輝くドレスを身につけて、優雅な物腰で語りかけます。

「お嬢さん、水を少し飲ませてくれないかしら」

 もちろんこれも、ローズにおくりものをした妖精です。王女のような格好をしているのは、ファニーがどれほど無礼なのか確かめに来たからです。

「おそれいりますけどね、あたしがこんな遠いところまでわざわざやってきたのはね、あんた様に水をやるためじゃないの」

 案の定ファニーは、母ゆずりの傲慢から、嫌味っぽく言い放ちました。

しつけのなっていない子ね。いいわ、あなたにもおくりものをあげます。なにか話すたびに、その口からヘビとカエルが出てくるように──」

 妖精は静かに答えると、ふっと消えました。

「さ、どうだったの? ちゃんとダイヤモンドが出てくるようになったかい? え?」

 いてもたってもいられなかった母親は、ようやくファニーが帰ってくると、叫ぶように問いかけました。

「どうって言われても──」

 ファニーが口を開くやいなや、ヘビとカエルがそれぞれ二匹、その口からおどり出てきます。

「なんてこと──!」

 母親は腰を抜かして、すぐさまローズへと怒りの矛先を向けました。

「だましたね! 許さないよ!」

 哀れなローズは、叩かれるとわかりきっていましたから、逃げ出しては木々の中へ身を隠しました。

 そこへ狩猟帰りの王子さま一行が通りがかりました。ローズの美貌に一目惚れした王子さまは、なぜ森に一人でいるのかたずねます。

そうです私が王子です

「母に追い出されてしまったのです……」

 涙を流して答えるローズです。その口から真珠とダイヤモンドがぽろぽろこぼれます。

「ふしぎな人だ! どうしてあなたの美しいお口もとから宝石があふれてくるのか、教えてくれませんか」

 ローズはおばあさんのことを包み隠さず話しました。王子さまは、ますますローズのことを好きになりました。妖精のおくりものが、どんな持参金にも財産にも劣らず価値のあるものだと感じられたのです。

 王子さまはローズをお城まで連れて行き、父である王さまに会わせました。すぐにふたりは結婚を認められ、それから幸せに暮らしました。

 姉ファニーは、いよいよだれからも相手にされなくなりました。気味悪がられ、母親にもうとんじられて、ついに家を追い出され、あるとき森の一角でひとり死んでしまいました。

教訓

きらびやかなる 金銀に
目がくらむのは 人の常
心くばりと やさしさに
目がくらいのは 人の常

教訓

いつも礼儀と 愛想よし
大変なこと しかれども
それ知らぬまに さち運び
報いもたらす かならずや


おしまい




  • 原題: "Les Fées" (妖精たち)

  • もともと『ダイヤモンドとカエル』として流通していた民話のひとつ。ペローの原作では姉妹に名がふられていないが、本稿では便宜上その民話から「ファニー」「ローズ」とした。

  • 「いじわるな人間が罰を受けて善良な人間が報われる」という勧善懲悪の物語は、日本でも「花咲じいさん」や「舌切りスズメ」などがあるように、世界中の民話に散見される。

  • 似たような物語でも人物や話の流れなどに微差があり、そこにそれぞれの国民性や風土が認められておもしろい。

↑ 同じヨーロッパでも所変われば「妖精」ではなくなったり、
「ヘビ・カエル」ではなくなったり…… ↓






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