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毎日辛い思いや辛い気持ちが入ってきますね

こんにちは。キュイです。

毎日毎日、辛いニュースが飛び込んできますね。
心が折れている人がどれくらいいるのでしょうか。
不穏な空気に嫌気がさしている人が、どれだけいるのでしょうか。

つい先日前まで、自ら死を選んだと思われる方たちのニュースが続いていました。
このとき、とても辛かったです。
家族、友達ではなく、なんなら知り合いでもない。
見たことがある人。
それだけのこと。つまり、私自身と関わったわけではない人たち。
それなのに、訃報というのは非常に心を揺さぶって崩します。
ため息がどんどん出ていきました。
何にそんなにため息が出るのか理解もできないくらい。
理解できませんでした。実際、何がそんなに「はぁ」という気持ちにさせているのか。
でも、とにかくため息が出て、意味もなくボーッとしていて、何も手につかない。
仕事をしていても、時折ふと頭をよぎり、通り過ぎていく。
そしてまたため息。
手は止まり、上を見上げ、口を開けたままボーッとする。
もはや精神的ダメージというより、無気力感です。
たまに目にする一方通行な関係でも、こんな風になってしまいました。
なぜ。なんで。どうしてあの人が。
そんな言葉しか出ません。
でも、きっとその人にしか分からない、とてつもない絶望感や苦しみがあったからこそ、自らその道に進んでしまったのでしょう。
手を出すことができず、変な方向に勇気を使ってしまったのでしょう。
確かに楽になれるのかもしれない。
ただ、その瞬間は、一生味わうことのない苦しみだったはず。
それとも、同時にわき上がった感情は、幸福だったのか。
本人のみぞ知る、というのはこういうことなんでしょう。

そして今回。
日本だけでなく、世界を巻き込んでのとてつもない喪失感を目にしました。
もちろん、嫌いな人もいたでしょう。
好きだけでなく、どちらでもない人、関心も無い人だってもちろんいたでしょう。
それでも尚、とんでもない喪失感。そして実感のなさ。
これを、どういう感情だと言えばいいのか。
私は、特別好きでも嫌いでもない、強いて言えば、応援側でした。
ただ、人柄は良さそうだな、という印象でした。
それは、笑顔を見ると大体分かります。
こんな目に遭うべき人物だったのか。いや、そうではない。いや、そういうことじゃないのかもしれない。
この事件にふさわしい人物なんてそもそも1人もいないのです。
ただ、もう起こってしまったことであり、心の中で献花することしかできない。
私は現地に行けないので、この地で、ご冥福を。

私的に怖いと思っているのは、陰謀論や喜んでいる人たち。
1人の人間。確かに影響力のある有名な方です。
でも、結局は1人の人間です。
なぜお悔やみで終われないのか。
なぜわざわざ生前のことをとやかく出してくるのか。
正直、生前のなれそめやエピソード、こんなことがあったなど、そんな話は聞きたくないです。
いや、だからなによ、となってしまいます。
そんな想い出話は、自分の中ですればいい。
でも、わざわざ生前の悪事や、嫌なことなどを暴露等する必要があるのでしょうか。
一般の人のお葬式などで、そんなことをする人がいるんでしょうか。
ただ偲ぶことができないんでしょうか。

陰謀ってなんでしょう。
人が亡くなって喜ぶ人の心はどうなってるんでしょう。
まずは、偲びませんか。
喪に服したっていいじゃないですか。
それで終わりにしませんか?
生前の嫌なことを暴露して、嫌な印象を植え付ける。
その行為こそが陰謀なのではないでしょうか。

と、私個人的には思った、というお話でした。

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