空欄

架空の島「自治領諸島」とそこに生きる人々の群像劇を綴っています 各記事に使用している…

空欄

架空の島「自治領諸島」とそこに生きる人々の群像劇を綴っています 各記事に使用している画像は写真ACからダウンロードしたものです

マガジン

  • 自治領諸島の人々 まとめ

    とある海洋上にある島、「自治領諸島」。観光地として知られるその島は、名前が与えられるよりも遥か昔から多くの移住者を受け入れてきた。今日もまた、様々な人が、様々な場所で、何気ない一日を過ごしている── 架空の島を舞台に、名もなき人々の様子を5〜600文字程度で綴る群像劇です / 使用されている画像は写真ACからダウンロードしたものです

最近の記事

【自治領諸島の人々】薬屋と好奇心旺盛な子供の話

「ねえ、あんたも裏で怪しい客にヤバい薬とか売ってたりすんの?」  そう言ったガキの目は、好奇心で輝いていた。  最近こいつが読んだ漫画の中に、そういう場面があったらしい。治安の悪いところにある怪しい店で、違法薬物を取引する――といった、まあ、よくあるネタだ。  不躾にも程がある話だが、ここがそういう店に見える、というのは分からなくもない。立地は観光地区の外れの奥まったところ。建物は古く薄暗い。そして店内には、ありとあらゆる国から取り寄せた薬が所狭しと並べられている……こ

    • 【自治領諸島の人々】寄り道をするダンサー志望の子供の話

       努力はいつか報われる。ずっとお守りにしてきたこの言葉を今日は持て余してしまって、ダンスのレッスンを終えた私は、なんとなく路地裏に寄り道していた。  イヤホンで課題曲を聴き、クラスで一番上手なあの子のダンスを頭の中でリピートしながら歩く。ふと気付くと、近くに猫がいた。  この路地裏には野良猫が多くいる。住んでる人みんなに可愛がられているからか、どの猫もとても人慣れしている。この猫も、私がここにいることなんかお構いなし、といった風にくつろいでいた。  寝転がり、毛繕いをし

      • 【自治領諸島の人々】ロードバイクで海を見にきた観光客の話

         ロードバイクを適当な木陰に停め、聞こえてくる波音をたどって木々の間を進んでいく。視界が開けた瞬間に飛び込んできた、鋭くまばゆい陽光に思わず目を細めて――それが薄れた先に現れたのは、どこまでも広がる美しい海だった。  自治領諸島の東部に広がる、太古の昔に起きた噴火により形成されたと言われる溶岩台地。そのさらに東端にあるのが、この展望台だ。観光ガイドによれば、自然あふれる公園として知られる一帯の中でも、見晴らしの良さで人気が高いという。  まだ午前中という事もあり、夕刻にな

        • 【自治領諸島の人々】生徒に話しかけられた教師の話

           教材一式を片手に抱えて、職員室を出る。廊下を歩いていると、これから授業を行う教室の扉の前で、二人の子供が立ち話をしているのが見えた。あちらも、こちらに気づいたらしい。二人揃って駆け寄ってきた。  片方はいつも授業に参加している子、もう片方は初めて見る子だ。用件を尋ねると、この子と一緒に授業を受けていいか、と返された。「拠点」に来たばかりで、まだここの言葉は分からないけれど、と。  快くOKしたら、二人ともぱっと顔を輝かせた。  二人は、聞き覚えのない言語で、楽しそうに

        【自治領諸島の人々】薬屋と好奇心旺盛な子供の話

        • 【自治領諸島の人々】寄り道をするダンサー志望の子供の話

        • 【自治領諸島の人々】ロードバイクで海を見にきた観光客の話

        • 【自治領諸島の人々】生徒に話しかけられた教師の話

        マガジン

        • 自治領諸島の人々 まとめ
          35本

        記事

          【自治領諸島の人々】「拠点」で見つかった死体とフンダドールの検死官の話

          「はー……」  検死報告書を書き終えてペンを置く。同時に、思わず溜息が漏れた。  今回の死体は、警邏部隊が「拠点」の特に治安の悪い区域から持ち帰ったものだ。遺留品や服装などから、「拠点」の住民のものではない可能性が高い。故にウチに回されてきた、という訳だ。  大方、観光客が興味本位で治安の悪いところに向かい、金目のもの目当ての奴等に襲われたんだろう。個人による動画配信が盛んになった辺りから、その手の被害報告が増加し続けているとも聞く。  昔であれば、こういう案件は『部

          【自治領諸島の人々】「拠点」で見つかった死体とフンダドールの検死官の話

          【自治領諸島の人々】聖地巡礼に付き合う運転手の話

           「ヴィレッジ」の中央駅で、予約客二人を後部座席に乗せる。見晴らしの素晴らしさで人気が高い段丘崖周辺を背にして車を走らせ、閑静な住宅街に入った。  住むには基準以上の稼ぎか資産が必要な「ヴィレッジ」の中でも、超がつくほどの富裕層でなければ住めないエリア。そのさらに奥地に、客の目的地はあった。  グレゴリー・バークレー。生涯を通じて、たくさんの名作を世に送り出した世界的な文豪だ。映像化された作品も多くあり、一般層にもその名が知られている。  しかしその人生には、親族との金

          【自治領諸島の人々】聖地巡礼に付き合う運転手の話

          【自治領諸島の人々】「拠点」を撮る写真家の話

           PCモニタ上に並ぶ、沢山の写真たち。これらは全て、私が先日「拠点」で撮影してきたものである。  私は、この島に移住してきて以来、暇を見てはカメラを手に「拠点」に赴いている。その目的は、そこで生きる人々の姿を記録することだ。  治安の問題から、「拠点」への住民以外の立ち入りは認められていない。『故意に立ち入った者が如何なる状況に陥っても、一切の責任を負わない』。「拠点」の統治組織であるフンダドールもそう明言している。  興味本位で「拠点」に立ち入るべきではない。それを理

          【自治領諸島の人々】「拠点」を撮る写真家の話

          【自治領諸島の人々】「母なる滝」の監視員の話

           俺は、インフルエンサーというものが嫌いだ。そして、それに釣られる馬鹿どもはもっと嫌いだ。  溶岩台地の縁から平地へと流れ落ちる大瀑布、「母なる滝」。俺は、滝壺を間近に見られる観光スポットで監視員をしている。  多くの観光客が集まる場所なだけあって、ここではスリや置き引きがよく起こる。主な業務は、それを未然に防ぐことなんだが――  ふと、転落防止用の手摺に寄りかかっている二人組に目が留まった。その動きをじっと見つめる。そして、拡声器を構えた。 『柵の向こうに物を投げ込

          【自治領諸島の人々】「母なる滝」の監視員の話

          【自治領諸島の人々】憧れの地を訪れた文筆家の話

           ビーチパラソルの下、陽光を浴びて煌めく波打ち際を遠くに見ながら、読書に耽る。長年夢見てきた光景を現実のものに出来た事に、私の心は大いに満たされていた。  読んでいるのは、グレゴリー・バークレーの著書だ。バークレーは、幾つもの名作を世に送り出した文豪であり、私が文筆家として目標にしている人物である。  彼は、貧困に塗れた幼少期を過ごしたのち、文筆家として成功を果たした。ところが、金に飢えた親族たちから財産を狙われてしまう。それから逃れるべく逃避行を重ねた末に、ここ自治領諸

          【自治領諸島の人々】憧れの地を訪れた文筆家の話

          【自治領諸島の人々】厄介な住民とフンダドールの強制執行官の話

          「強制執行がなんだってんだ! 俺は絶対にここから出ねえからな!」 「……はあ、こうなっては仕方ないですねえ」  対象者に向けてやれやれと首を振り、無線機を口元に寄せます。 「それでは、よろしくお願いします」  私がそう告げると同時に、物陰で待機していた武装部隊が一斉に飛び出しました。先程まで私と対象者とを隔てていた扉は、彼らによってものの数秒で取り外されてしまいました。  そのままの勢いで、室内に雪崩れ込む武装部隊。怒号と悲鳴。私に対してはあんなにも威勢の良かった対

          【自治領諸島の人々】厄介な住民とフンダドールの強制執行官の話

          【自治領諸島の人々】熱を出して寝込んでいる住民の話

           朝から熱を出して寝込んでる。そうメッセージを送ったあと家に来た友人がキッチンへと向かってから、しばらくの時間が経った。  料理が出来ると聞いた覚えはなかったけど、ここまで届く音と漂う匂いからすると、なかなかに手際がいいらしい。どうやら普段から料理をしているようだ。  友人がキッチンから顔を出した。食べられるかと聞かれて、熱で回らない頭で考える。食欲はあんまりないけど、昨日の夜から何も食べてないのを思い出したので、少しだけ食べる事にした。  小さめの皿に入れて運ばれてき

          【自治領諸島の人々】熱を出して寝込んでいる住民の話

          【自治領諸島の人々】シャワーを浴びようとした住民の話

           脱衣所で服と下着を脱いで、足下のカゴに放り込む。尻を掻きながらシャワールームに入り、シャワーの蛇口を捻って、捻って、ひねっ、ちょっと待って、何も出てこないんだけど。げぇ、故障だ。何をしてもうんともすんとも言わないシャワーを前に、思わず頭を抱えた。  立地、築年数、間取り、建物の外観。家を探す時、重視するポイントはいくつかあると思う。  この島に引っ越してきた時、一番に考えたのは大きな繁華街への行きやすさだった。遊ぶために来たんだから、って。なので、出来るだけ大きな繁華街

          【自治領諸島の人々】シャワーを浴びようとした住民の話

          【自治領諸島の人々】観光地区に憧れる漁村の若者の話

           近くを猫が歩いていく。口には魚が一匹。たぶん、港の漁師たちのところからこっそりとってきたものだ。  ここは、自治領諸島の本島から少し離れたところにある小さな島。昔から、漁業で生きているようなところ。島にひとつだけある学校を出たら、漁師になるか、漁でとれたものを加工する人になるかのどっちかしかないようなところだ。  家のみんなもそういう感じの仕事をしている。親には、真面目に学校に行けと言われてばかり。学校にもろくに行けないようなやつに、やらせる仕事はない。それが決まり文句

          【自治領諸島の人々】観光地区に憧れる漁村の若者の話

          【自治領諸島の人々】雨の中観光客に対応する屋台街の店員の話

           島外の人がもってる自治領諸島のイメージといえば、晴れ渡った空! 長く広がる白い砂浜! 美しく輝く海! みたいな感じだと思う。観光ガイドブックやウェブサイトに載ってるのはそういうキラッキラな写真ばかりだし。  もちろん、実際はいつもいつでもそんないい天気ばかりって訳じゃない。天気なんて気まぐれなもんだからね。  二〜三日曇りや雨が続いたところで、屋台街で店をやってる私たちは、客足が伸びなさそうだなあと思う程度で済む。あまり続くと困るけど。でも、観光客にとってはある意味死活

          【自治領諸島の人々】雨の中観光客に対応する屋台街の店員の話

          【自治領諸島の人々】強盗の手引きをした使用人の話

           真夜中。静まり返った家の中から、男たちが音もなく出てきた。そのうちの一人に、「仕事」はどうなったかを聞く。無事に終わったという返事に、私たちは声を殺して喜びあった。やった、やった、これで私たちは自由だ! そして手を握りあい、抱き締めあった。  私たちは、この家のやつらが嫌いだった。私たちを「拠点」生まれで学がないからと安く買い叩いて、乱暴な扱いをして、少しの事で怒鳴り散らして。成金で、見栄っ張りで、見かけにばかり金を掛けたから、私たちのような安い使用人しか雇えなかっただけ

          【自治領諸島の人々】強盗の手引きをした使用人の話

          【自治領諸島の人々】お腹を空かせた住民の話

           なけなしの金を手に、安さだけが取り柄の店に行き、飯を買う。腹も減ったしとっとと帰って食うか。そう決めて来た道を戻っていると、さっき通ったはずの道が通れなくなっていた。事件か何かが起きたらしい。あーあ。仕方ないので、少し遠回りをする事にした。  よく知らない道を歩いていく。ふと、いい匂いがするのに気づいた。匂いの元を鼻で探す。その先には、おしゃれな感じのビストロがあった。あそこから漂ってきているらしい。  匂いに釣られて腹が鳴ったが、もちろんそんなところで飯を食う金なんざ

          【自治領諸島の人々】お腹を空かせた住民の話