【自治領諸島の人々】観光地区に憧れる漁村の若者の話

 近くを猫が歩いていく。口には魚が一匹。たぶん、港の漁師たちのところからこっそりとってきたものだ。

 ここは、自治領諸島の本島から少し離れたところにある小さな島。昔から、漁業で生きているようなところ。島にひとつだけある学校を出たら、漁師になるか、漁でとれたものを加工する人になるかのどっちかしかないようなところだ。

 家のみんなもそういう感じの仕事をしている。親には、真面目に学校に行けと言われてばかり。学校にもろくに行けないようなやつに、やらせる仕事はない。それが決まり文句だ。

 ……学校が嫌いなわけじゃない。この島が嫌いなわけでもない。ただ、一生ここで生きていかなきゃいけないのが、たまらなく嫌なんだ。

 何度か、本島の観光地区に連れていってもらったことがある。どこもにぎやかで、華やかで、キラキラしてて、夜になったらそれがちょっとまぶしいくらいで。この島では、絶対に体験できないようなことばかりだった。

 本島だけじゃない。世界には、もっとたくさんの面白いことや楽しいことがあるんだ。雑誌やテレビやネットが、そう教えてくれる。なのになぜ、ずっとここで生きていかなければならないんだろう――

 みゃあ。さっきの猫が戻ってきていた。こちらを見つめてくる。心配してくれてるのかな。そんなことを思いながら、猫の頭をそっとなでた。

(改訂:2024/03/09)

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