【自治領諸島の人々】憧れの地を訪れた文筆家の話

 ビーチパラソルの下、陽光を浴びて煌めく波打ち際を遠くに見ながら、読書に耽る。長年夢見てきた光景を現実のものに出来た事に、私の心は大いに満たされていた。

 読んでいるのは、グレゴリー・バークレーの著書だ。バークレーは、幾つもの名作を世に送り出した文豪であり、私が文筆家として目標にしている人物である。

 彼は、貧困に塗れた幼少期を過ごしたのち、文筆家として成功を果たした。ところが、金に飢えた親族たちから財産を狙われてしまう。それから逃れるべく逃避行を重ねた末に、ここ自治領諸島に辿り着いた。

 当初は、現在では「ヴィレッジ」と呼ばれている高級住宅街に建てた豪邸に引きこもっていたという。しかしやがて、この島が持つ自由や華やかさ、その裏にある抑圧や矛盾、そしてそれらの中で逞しく生きる人々の姿に、強く魅了されたのだそうだ。

 晩年は、この島のルポルタージュやエッセイを数多く綴った。今私の手の中にあるこの一冊も、そのうちの一つだ。彼が生きた時代からは大きく時を経たが、数々の著作の中で描かれた島の風景は、今もなおそこかしこに存在している。

 サイドテーブルの上でスマホが振動する。担当の編集者からの着信だ。原稿の進み具合の確認だろう。まだ大丈夫だ。私の経験がそう言っているのだから、間違いない。そのままスマホを置いて、視線を本に戻した。

(執筆:2024/03/19)

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