【自治領諸島の人々】「母なる滝」の監視員の話

 俺は、インフルエンサーというものが嫌いだ。そして、それに釣られる馬鹿どもはもっと嫌いだ。

 溶岩台地の縁から平地へと流れ落ちる大瀑布、「母なる滝」。俺は、滝壺を間近に見られる観光スポットで監視員をしている。

 多くの観光客が集まる場所なだけあって、ここではスリや置き引きがよく起こる。主な業務は、それを未然に防ぐことなんだが――

 ふと、転落防止用の手摺に寄りかかっている二人組に目が留まった。その動きをじっと見つめる。そして、拡声器を構えた。

『柵の向こうに物を投げ込むのはお止めくださーい』

 それが自分たちへの注意だと気づいたのか、二人組はバツの悪そうな顔をしながらこちらをチラ見した。

 一番大切にしている物を「母なる滝」へ投げ入れたら、願いが叶う。何処ぞのインフルエンサーが、配信動画でそんなことを言ったらしい。その結果、そいつの言葉を鵜呑みにした奴等が、ここにやってきては滝壺へと物を投げ込む様になった、という訳だ。

 そんな謂れはここにはない。少なくとも、売りにはしていない。……というか、そんなことで願いが叶うなんて、ある訳ねえだろうが。やっていることは、ただただ、「母なる滝」を汚しているだけだ。監視員という立場を差し引いても、許せるものではなかった。

 二人組が、周囲を窺いながらこそこそと移動し始めた。目立たないところでやるつもりか。ひとつ舌打ちして、俺は駆け足で二人組の後を追った。

(改訂:2024/03/21)

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