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痴人の愛…女の美に男は溺れ平伏する

書評 ⭐️⭐️⭐️⭐️💫

※ネタバレも含めますのでご注意下さい。

女の美しさそしてその魅力の前には男は平伏して頭を垂れるしかなす術が無いのだ。女の肉体から溢れる甘美な誘惑を前にして男はその抗いがたいエロティシズムに惚れて陶酔してしまうのだ。それは相まった男と女の関係性の一面であるだろう。

そんな上記の様な考えを体現して示した小説が谷崎潤一郎の本著であると考えています😌これはとある夫婦の奇妙な話。私、河合譲治と奈緒美は年の離れた夫婦で、物語の終盤では私が36歳の時に奈緒美が23歳。13歳の年の差の夫婦です。その出会いは8年前の私が28歳、奈緒美が15歳の時に始まります。貧しい境遇でカフェの給仕として働く奈緒美を見初めた河合は奈緒美を自分の下宿に引き取りますが、お見合い結婚💒が主流であった物語当時の時代では、それは一風変わった奇妙なまた見方によってはふしだらな行為に当たるのかも知れません。この河合譲治は女にかけての経験の無い真面目で謹直な男なのですが、物語当時の常識であるお見合いと言う型に嵌った結婚と言う形式が嫌で奈緒美を引き取るハイカラな一面もある男として描かれます。また一人の少女を友達にして、明るく晴れやかに、言わば遊びの様な気分で一つ屋根の下に住むと言う行為は男にとって悪くない面白みであり😽、そして、その娘を養育し、少女の発育を楽しみながら教育して育てて行くと言う行為は只の男の道楽と言ったもので片付けられるものでは無く、寧ろ彼女を育て、立派な夫人に育てるのが楽しみと言う強い父性愛の感情が伴った行為だと思いました。奈緒美と出会った頃の河合は少女奈緒美のある部分を女性として愛しながらも、一方では父親の様な目線で奈緒美を育てようとしている。二重重ねの河合の奈緒美への愛情がある様に思います。

さてこの奈緒美ですが、学問に関しては覚えの悪い方で、何とか奈緒美を立派な夫人にしたいと思う河合の気持ちを裏切る様に英語を身につける事ができません。河合が我慢出来ず奈緒美を厳しく叱咤した際には、奈緒美は河合を正面から睨みつけました。その目は烱々(けいけい)として強く凄まじく、一種底の知れない深い魅力を湛えています。美人は目で殺す、目は言葉以上に語ると言いますが奈緒美は少女の時分から先へと進んだ女性美、肉体美の片鱗を徐々に見せ始めます。河合は奈緒美が思った程に賢くなかった事に失望しますが、成長に連れてますます美しさを増す奈緒美の肉体に惹かれて行きます。そしてずるずると引き摺られて行く様にその美しさに次第に抗いきれなくなります。奈緒美はまた贅沢な女で、着物や食事に付けてもあれこれと贅沢を言い、しかも家の事は何もしない。しない代わりに女中をこき使い、女中は呆れ返って帰ってしまう始末。そして三日と空けずにお金を持って行く。聞けば聞くほど始末に困る女なのですが、それでも河合は彼女の贅沢を許し彼女をより深く愛していきます。

本書の著者 谷崎潤一郎の女性描写は秀逸です。例えば、奈緒美と女優綺羅子との対比を野生の獣と洗練された人工の極致を尽くして研きを掛けられた貴重品の感があるとしてその違いを表現します。奈緒美は野生の獣の様なしなやかさと躍動感を合わせ持った肉体美を持つ女性で、イメージとしてしなやかで自由我儘奔放なヒョウ🐆やチーターと言ったイメージでしょうか。そしてその言動には時折、我慢ならぬ鼻持ちならぬ発言もあったり。奈緒美は飾りのない率直な生命力溢れる女性美を持つ存在として描かれている様に思います。その姿はその正体がこんな妖艶(ようえん)なものであるなら、寧ろ喜んで魅せられる事を望むとも表現されます。

そうこうしていると奈緒美の周囲に河合以外の男の存在が目立つ様になります。ある時は自宅で四人でダンス💃を踊った後、女一人と河合、男友達の熊谷と浜田を含めた男三人が同じ蚊帳の中で雑魚寝で眠ったり、奈緒美の異性関係の噂も河合の耳👂に入る様になって来ました。それでも河合は奈緒美無しにはもう生きていけると言う気がしないのです。奈緒美は男の方がさっぱりしていて自分も好きだから彼等とばかり遊ぶのだが、色恋とかそんなイヤらしい気持ちは少しもないとも言ったり、鎌倉旅行では人知れず河合に接吻👄を求めたりなどするのですが…。

やがて熊谷と奈緒美との密会を河合が知るところとなります。奈緒美が鎌倉旅行🚞に行きたがったのも実は熊谷と遊びたかった為でした。しかし、奈緒美は熊谷のみならず同じ男友達の浜田ともまた通じ三人の男と同時に関係を持っていたのです。この時、河合は32歳、奈緒美は19歳ですから、まだ若い娘でありながらもその大胆さかつ奸黠(かんかつ)さ😅に恐ろしさを感じます。

奈緒美とその男友達との関係が白日の元になった後、河合と奈緒美はもう熊谷やらとあわないと約束します。しかし、河合にとっては自分が育てた、自分ばかりがその肉体のあらゆる部分を知っていると思っていた奈緒美が、実はあかの他人に汚されてしまっていたと言うのは心中並々ならぬものがあり、会社へ行ってもそれが気になって、二人の中もどうもしっくりとは行きません👫。彼女の事は信じられないが、にもかかわらず夜になると河合の中の獣性は盲目的に奈緒美に服従し、全てを捨てて妥協させる。奈緒美を汚れた女と思いながらも、全く彼女の肉体の魅力に引き摺られて、時には女神を仰ぐ様に奈緒美を崇拝してしまう。奈緒美はそれを察して昼間は河合に不愛想な態度を示す様になります。そう言う中で奈緒美に河合は子供を産んでくれと頼みますが、奈緒美は拒否し、細かい諍いが重なる中、奈緒美がまだ熊谷と関係を絶っていない証拠が発覚してとうとう河合は奈緒美を家から追い出し奈緒美は河合の元を去って行ってしまいます。

しかし、追い出したら追い出したで河合は自分の軽率さを悔い始めます。奈緒美の美しさが忘れられない、自分が裏切られ憎しみを向けた時の奈緒美の妖艶な美しい表情が忘れられずに河合は後悔を始めます。何度も裏切られても河合は奈緒美を忘れる事が出来ません😿河合はよほど深く奈緒美に惚れているのでした。酔ってはいても奈緒美の事が頭にあり、寝ようとしても寝付かれず、くよくよと奈緒美の居場所について考える始末。奈緒美の事は憎かったが去ってしまうと気が狂わんばかりです。

そんな河合とは裏腹に奈緒美はどうしていたのか❓それでも河合は浜田に奈緒美の居場所を訪ねますが、浜田の口から、奈緒美が熊谷の家に泊まったという話や、まだ一回会ったきりの西洋人の家に泊まったと言う話、また熊谷や浜田と以外の男とも関係があったと言う話が立て続けに飛び出します。それを聞いた河合は瘧(おこり)が取れた様にすうっと肩が一時的に軽くなって涙さえも止まってしまいました。そんな時に河合の母が亡くなりその悲しみで河合は奈緒美の事を忘れる事が出来た様に思い、河合は自分の失恋💔を見つめることが出来ました。

河合の母が亡くなって3週間が経った12月頃、河合は河合は今年一杯で会社を辞める決心をします。そして12月半ば、河合の家に出て行った奈緒美が荷物を取りに来たと訪ねて来ました。その時の奈緒美は襟垢付いて、膝が出て、よれよれになった銘仙の衣類を着ていたのですが、さらにその二三日後に尋ねて来た奈緒美はうすい水色の仏蘭西(フランス)ちりめんのドレスを纏った一人の見馴れない若い西洋夫人然として現れ👗、皮膚の色から、眼の表情、輪郭まで変わっており肌の色の恐ろしい白さが際立ち、河合はすっかりそれに魅せられます。多くの男に酷い仇名を附けられている売春婦にも等しい奈緒美とは両立し難い跪いてしまう様な貴い憧れの存在に見え、その汚点は天使の様な純白な肌に消されてしまって、今はあべこべにその指先に触れるのさえ勿体ない様な気がして来る様になりました。

その後、河合は間もなく奈緒美とよりを戻します。奈緒美はその後ずっと何かしらの荷物を取りに河合の家に毎日やって来たのですが、初めは友達になろうと持ち掛けた奈緒美にニヤニヤしてあゝ友達になろうと答えた河合でした。そうして奈緒美は河合の家に泊まったりもしますが、河合がいるとわざと着物👘を着替えたり、着替える拍子に襦袢(じゅばん)をずるりと滑り落として「あら」と言って裸体を隠して隣の部屋に逃げ込んだりする。奈緒美は河合の情慾(じょうよく)を募らせるようにばかり仕向けます。友達の接吻と言ってはっと二三寸離れたところから息を吹きかけたり。奈緒美は河合を焦らして焦らして焦らしますがもちろんこれは河合に対する奈緒美の作戦な訳です。

そうして奈緒美に対する煩悶で苦しむ河合はより深く奈緒美への愛慾(あいよく)を募らせます🤒ある時奈緒美は河合に湯上がりの自分の顔や脇の下など剃らせたりしますが、その時とうとう河合は奈緒美に屈服して「もうからかうのはいい加減にしてくれ!よ!何でもお前の云う事は聴く!」と言ってしまいました。そうしてまた二人は元の夫婦に戻ります。奈緒美の作戦とは西洋人に興味を持ち始めた奈緒美が西洋人のいる街で、西洋館に住みたいと考え横浜の山手の借家を河合に借りさせるたくらみで河合を釣っていました。

それから三四年後、二人は横浜の山手から本牧の瑞西(スイス)人の家族が住んでいた家を買って、そこに這入りました。そして河合は大井町の会社を辞めて、田舎の財産を整理して電気機械の製作販売を目的とする合資会社を作りました。二人の暮らし振りは奈緒美の望んだ通り贅沢なもので、非常に勤勉だった河合もこの頃では、9時時半か10時迄は起きず、奈緒美は毎朝11時時過ぎまで寝床の中でうつらうつらし、煙草を吸ったり新聞📰を眺めたり。また奈緒美は寝床で紅茶☕️やミルク🥛を飲みのが好きで、女中が沸かしたお風呂に朝、真っ先に入ってマッサージさせ、それから化粧をし、髪を結います。そして時々はダンスに行き、夜会がある時には女中に身体中にお白粉を塗らせたりです。奈緒美の友達は良く変わり、浜田や熊谷はそれからふっつり出入りしなくなり、お気に入りのマッカネルから、デュガン、ユスタスと変り、第二第三のユスタスもできたりしますが、河合は奈緒美に逃げられた事が恐ろしく、それが強迫観念となって不思議と大人しい。奈緒美の浮気とか我が儘だとかは昔から分かっていたことで、そう思えば思うほど可愛さが増して奈緒美の罠に陥ってしまう。河合は怒れば怒るほど自分の負けになることを悟っていました。今では苦てだった奈緒美の英語は河合が足元に及ばぬほどに上達し、時々河合を西洋流に「ジョージ」と呼んでいます。

以上が河合と奈緒美と言う奇妙な夫婦の話です💏奈緒美は浮気性で我が儘、贅沢な女ですが夫婦の関係の深い部分は第三者には分からぬもの。この二人はこれで上手く行っているのでしょう。奈緒美は真面目で謹直そして経済力のある河合が自分の貧しい境遇を変えてくれると言う希望に似た思いと共に河合に付いていったのだと思います。二人の性格は内向インドア的な河合と、外向アウトドア的な奈緒美とは反対の相性見えます。しかし、河合は引き取った時は少女だった奈緒美の肉体が徐々に片鱗していくにつれ、その美しさに魅了され惚れこんでしまう。そして河合には奈緒美の贅沢を満たす経済力もあった。そこに二人の関係の密着点があり、女性の美しさに魅了されてしまって平伏した幾分マゾヒステックな男と幾分サディスティックなその妻との微妙なバランスの元に成り立つ稀有な夫婦の話であったと思いました。

(了)




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