【小説】熱い夏(閣下の章32)

 不定愁訴で病院に通い始めたが、それで治るとは全く思っていなかった。日に日に熱くなっていく空気が体を蝕む気さえする。
 会議には顔を出していなかった。でも、いつまでも通用するはずがない。あのひりつく場が許しておくわけがないのだ。それに、これからもある。先の見えない、何年も先も含めた今後が。

 じりじり、苛々と。そうでなければ、鬱々と。仮眠室で寝転んでいることも多かった。
 彼がそうでも世間は何も関係がなくて、テレビではスポーツの世界大会で盛り上がっていた。正直、見る気はなかったけれど。暇で、何の気無しに点けてみた。
 ちょうど剣術の試合が行われていた。基本、五人対五人の団体戦で勝敗数を競う。
 期待の新人と言われているらしい、20代の若者Aが場に現れた。今年も、数々の試合で優勝してきたといい、観客も周囲もすっかり彼を応援する雰囲気だ。正規軍に属していて申し分ないのだが、アリオールはどこか少し気に入らないと思った。
 冷蔵庫にビールを取りに行っている間に、放送は対戦相手Bの紹介に移っていた。
 三十四歳のベテラン。これといった賞や戦績はない。世界大会への出場は今回で最後、引退するかもしれない。

―面白くない。

 結果も決まっているのではないかとすら思える。だが試合が始まってしまったので、チャンネルを変えることなくそのまま見続けた。
 目はすぐに釘付けになった。新人の技が華麗だったからではない。B選手が、どっしりと落ち着き払ってそれをいなし、圧しているのだ。次々に繰り出される攻撃にも動じない。そして、機を見て、的確に突く。とても、強かった。
 勝ったのは、予想に反してB選手。団体での勝敗数では負けてしまったが、良い試合だった。

―こういうことも、あるのだな。

 気まぐれに店に入ると応援歌が流れていた。
 それを聴いて帰る途中、夏草生い茂る通学路の風景が思い浮かんだ。自分も運動をやっていた。そして大会に向けて、毎日練習に励んでいた。

 これからもできるかもしれない、そう思った。
 それが転機になって彼は試し始めた。

 まずは会議で自分の意見を言ってみること。
 例えば、記録媒体に残すデータの選別。

「このマニュアルは、現行のOSに合っていないし、システムも来年度には変更が予定されているので、削った方がよろしいかと」

 思いきって他にもどんどん不要だと、削除を提案したら意外なことに全て通った。
 気を良くして、いや、職務放棄と言われた怒りと不信から、当方面で統一化されている手引の文言整理や修正も案として行ってみたが、却下された。締切に間に合わなかったからだそうだ。彼は乾いた笑いを発した。

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