土下座 妻が死にました。(4)

バタバタと空気が動く気配があり、ぼくは鋭い声で名前を呼ばれ顔を上げた。顔面蒼白の妻の母親が立っていた。ぼくにつかみかからんばかりの勢いで何があったか問い詰めてくる母親に、妻を見つけてから今までの事を説明しながら、ぼくは土下座をしていた。

泣きながらかすれた声でお詫びの言葉を繰り返しながら、頭を床にこすりつけ、うちつけ、もうどうしようもない現実のつらさを少しでもやわらげたくて、土下座をしていた。妻の母親と一緒に来ていた弟が泣き崩れていく母親の肩を支えていると、先程ぼくに話を聞いた警察官が、弟に、奥さんのご家族の話を聞かせて欲しいと声をかけた。三人は別室にはいっていき、しばらく出てこなかった。

なにを話していたのかはわからないが、ぼくを責め立てていたのだろう。二人が別室から出てきた。弟はぼくの顔を一瞥し、父に声をかけた。今日はみんな冷静になれていないので、今後のことはまた連絡を取り合いましょう。ぼくは妻の母親と弟の顔を見ることができなかった。

別の警察官から、妻の遺体に会わせると声をかけられた。ベッドに横たわり顔を白い布をかけられた妻の遺体にすがりつき、ぼくはまた泣き叫んだ。警察官から、遺体に触らないでくださいと声をかけられていたが、ぼくの様子を見て諦めたらしい。どうしてこんなことになったのか。なんでぼくの顔を見てくれないのか。しばらくして父がぼくを遺体から引きはがした。

家に帰るとき、警察官もパトカーでついてきた。病院以外で亡くなった際、事件性について確認が必要である、とさっき聞かされていた。妻の遺書や借金、人間関係等の履歴があるかどうかを探すという。その間、ぼくと両親は外の車で待っていた。一瞬で警察官が終了を伝えてきたが、後から聞くと40分くらいかかっていたらしい。この時から既に時間間隔の欠如が表れていたんだと思う。

警察官からは特になにも見つからなかった、と報告された。遺書もない。妻のスマホやPCのパスワードも聞かれていたので、なにもなかったのか聞いた。全てのアプリや相当深くのフォルダまで見たが、それらしいファイルやメール履歴はなかったようだ。今後は警察で検視を行い、死因を明確にするとの事。数日かかるらしく、遺体の引き渡しはその後になるので葬儀のご手配を進めておいてくださいと進言された。

家に入ると、思っていたより散らかっていなかった。精一杯気を使って家の中を調べていたようだ。父と母も疲れ果てていたが、ぼくを一人にしてはいけないと思ったらしく、車で30分ほどの実家に一緒に帰ろうと言ってきた。

妻が家からいなくなったことが信じられないぼくは、まだ家に妻がいるような気がして。ぼくが家から離れたら、妻がさみしがると思って。両親の申し出を断り、帰っていく車を見送った。


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