治療開始 妻が死にました。(10)

うつ病の治療は「コレが効く」というものがない。発症原因や症状、状況が患者さんごとに千差万別であることに加え、治っていくにあたってたどるプロセスもそれぞれ違いがあるからだ。ただ、共通していることは「とにかくやすむ」こと。

ぼくの場合はまずしっかりと睡眠をとることを指示された。もともとは非常に寝つきがよく、電車の中や車の助手席ではすぐに気持ちよく眠っていたのだが、妻が亡くなって以来、体力がなくなって自然に意識を失うまで寝ることは出来なかった。

それもまたうつ病の症状の一つです。先生は教えてくれた。処方する抗うつ剤は少しだるさを感じるかも知れません。身体が重くなってきたらそれに逆らわずに横になるといいです。眠りに入りやすいように、睡眠導入剤も出しておきますね。まずはしっかりと眠って、心を支える体力を取り戻しましょう。

先生の言葉はなぜか素直に聞くことができた。これまでの経緯を話す中で、久しぶりに感情がほとばしり、涙が溢れたことが先生への信頼を醸成させたのだろう。敷地内にある薬局で薬を受け取り、薬剤師さんから薬の簡単な説明を聞いた。抗うつ剤は一日2回程度。睡眠導入剤は寝る前に飲んでください。抗うつ剤の効果で身体が重く感じることがありますので、服用するのは自宅や睡眠のとれる場所にしてください。

これまでいろいろな薬を飲んできたが、リンパ腺が腫れたときの抗生剤やおなかを壊したときの整腸剤など、身体にダイレクトに効いてくる薬ばかりだった。抗うつ剤とはどんなものだろう。このときは感じなかったが、いま思い返せば、こうやって外部のモノやコトに興味を覚えるのも久しぶりの感覚だった。薬剤師さんの説明は聞いていたのだが、これまでと同じくあまり頭の中でその意味をわかっていなかったのもあり、ぼくは薬をすぐに飲んでみたくなっていた。

薬局のウォーターサーバーでコップに水をくみ、抗うつ剤を取り出す。一粒を口に放り込み、少し多めの水で一気にのどに流し込んだ。薬剤師さんがハッとした顔でこちらを凝視している。少し慌てながら、お薬はご自宅で飲んでくださいね?お車で送ってもらえるんですか?と聞かれる。

いえ、これから電車で1時間半ほどかけて帰りますと答えると、狼狽した様子で、そうですか、だるくなるかも知れませんので本当に気を付けてお帰りくださいと注意された。

分かりましたと答えながら、ぼくは薬剤師さんの忠告を少し鬱陶しく感じていた。うつ病の症状。人の話を素直に聞けない。それでも病院を出たぼくは、先生に気持ちを吐き出し、思い切り涙を流し、ほんの少しだけ心が軽くなった気がしていた。


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