診断結果ーうつ病 妻が死にました。(9)

ぼくの家から1時間半ほど電車を乗り継ぎ、かなり広い敷地の医療施設にたどり着いた。入院を含め精神的な治療を受ける患者さんたちを大勢受け入れているようだ。

従妹が診察予約と同時に先生にあらかじめぼくの状況を話しておいてくれたようで、受付ではごくごく簡単な問診票への記載だけですんだ。自分の名前や住所さえしっかりと書けない状態だったので、これもすごくありがたかった。

診察は完全に予約制で、それに加え待合室は個室になっており、他の患者さんと顔を合わせることなく受診できるシステムだった。待合室で出されたお茶を飲んでいると、診察室から先生の声がぼくを呼んだ。

小柄な身体によく似合う穏やかで優しい声の、男性の先生だった。簡単な挨拶と、従妹から状況は少し伺っていますが、ご自身からお話してもらえますか?との質問からぼくの治療は始まった。

ぼくはぽつぽつと話し始めた。声を出すのも久しぶりだったので、か細く、消え入りそうな声だったが、先生は辛抱強く聞いてくれた。妻の遺体を発見した時の衝撃から病院での措置、警察署での事情聴取まで話すのに小一時間かかった。

その間、何度も零れ落ちそうになる涙をこらえながら話していたけれど、警察署で妻の母親に土下座したあたりでダメだった。涙が溢れ出てきて、嗚咽が止まらなくなった。身体が痙攣を始め、自分で自分の肩を強く抱きしめないとどうしようもなくなった。

先生はそっとティッシュの箱を差し出し、話せなくなっても大丈夫ですよ。ゆっくり。ゆっくり行きましょうと声をかけてくれた。やはり心が固まっていたのでろう。改めて話しながら思い出す事で、肉体的に涙を流すのではなく、心で泣き叫んだ気がする。

しばらくたつと涙が落ち着いてきた。先生はその頃を見計らい、今の生活について尋ねてきた。すさんだ食生活。雀荘での暮らし。無感情。無関心。刺激に対して過敏になっている事。たびたび死にたくなっている事。相変わらずぼくはつぶやくようにしか話せなかったが、先生はずっとぼくの顔を見つめていてくれた。妻が自死を選んだ理由の心当たりはないかと聞かれたが、ぼくは答えられなかった。そうして先生はほんの少しの間カルテを入力していたPCの画面を見つめ、ぼくに言った。

うつ病です。

ぼくがうつ病。これまでの人生では、自分がうつ病に罹るなんて想像すらしたことがなかった。ただ、思い返すとぼくの症状はうつ病のテンプレ集のような典型的な状態だ。これからどうなるんだろう。どうでもいいや、どうにでもなれ。

感情だけではなく、思考も放棄していたのだろう。先生からその言葉を聞いてもぼくの表情は動かなかったように思う。先生はゆっくり治療していきましょうと優しく言ってくれた。悲しみをすぐに癒すことは出来ません。またうつ病もすぐに治る病気ではありません。まず身体と心に優しくしてあげてください。むりやり生活を変える必要はないけれど、栄養のあるものを食べる事を意識して、睡眠時間をたっぷり撮ってください。雀荘のソファではなく、ベッドでしっかり足を伸ばして眠ってください。

うんわかってる。でも食欲はないし眠れないんだ。家に帰りたくないんだ。最初は言葉にできなかったけれど、何とか先生にそう伝えた。語彙すら消えていたのかも知れない。先生は抗うつ剤と睡眠導入剤を処方すると言ってくれた。まずはよく眠って身体を休めましょう。何も気負う必要はありません。ゆっくり過ごしてください。

これがこの後一年半ほどお世話になる先生との出会い。ぼくが人間に戻るきっかけを作ってくれた人。


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