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弱聴の逃亡日記

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東京から故郷の岩手県まで歩いて旅した経験談を少しコミカルに、ときどき真面目に綴ります。
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#逃亡

弱聴の逃亡日記「過食症になった理由」

 周りの目がある時は元気で健康なフリが出来たが、一人になるとそうは行かない。空虚感に襲われ、いつも同じ疑問が何度も何度も繰り返された。

 何の為に働いているのだろう?
 どうしてこんなに頑張るのだろう?
 自分が招いた結果なのに、どうして理不尽だと感じるのだろう?
 生きるってこんなに辛いものなのだろうか? 
 少し前まではあんなに楽しかったのに。
 この辛い日々はいつまで続くのだろう。
 出口

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弱聴の逃亡日記「夜旅の瞑想」

  11月27日 旅5日目

 温泉施設で疲れを癒した弱聴は、今夜は野宿せず夜通し歩こうと決めていた。 
 風呂から上がると、施設内の座敷で食事し、閉店ギリギリまで仮眠をとって温泉施設を出た。
 時刻は深夜二時。夜の宇都宮の街へ出る。

 夜の宇都宮の街は店のネオンやLEⅮ看板がカラフルで視界は賑やかだが、辺りは静かでそのギャップが幻想的だった。

 温泉に入り仮眠もとった後なので、体が軽い。足が

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弱聴の逃亡日記「2人の小さな友達」

 民家や田畑の続く景色からビルや商業施設がぽつりぽつりと見えるようになってきた。
 栃木県の県庁所在地、宇都宮に入ったのだ。宇都宮駅が近づくにつれ大きな建物が増えていく。

 4号線を歩いていると前方に「湯」の看板を発見した。
 ちょうどいい、この温泉施設でじっくり体を休めることにしよう。

 日曜の夕方ということもあり、店内は家族連れの客で賑わっていた。
 弱聴も他の客に混じって湯船に浸かってい

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弱聴の逃亡日記「戻りたくない日常」

 長くて辛い徒歩の旅に早くも後悔し始めた弱聴。 
 では今すぐ旅を辞め、元の生活に戻りたいか?と聞かれたら――素直に頷けない自分がいる。

 24時間働いて、24時間休む。そういう生活をかれこれ4年間続けていた。テレビの編集の仕事だ。
 24時間働き続けるのは辛かったが、次の日が休みになるのが魅力的だった。
 自由な時間がたっぷりあったため、体に負担を感じながらも一日置きに働く生活サイクルに満足し

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弱聴の逃亡日記「2度目の野宿」

 11月25日 旅3日目 夜

 この日は栃木県小山市で2度目の野宿に挑戦した。
 ちょうどいい公園が見当たらず、営業時間が終わり暗くなった店舗の駐車場で眠ることにした。人に見つからないように物陰に隠れるような場所を選ぶ。
 1度目の寒さで撃沈した経験を悔やみ、弱聴は道中で寒さ対策のアイテムを調達していた。保温性のあるレジャーシートやホッカイロ、新聞紙などを広げさっそく寒さ対策を試みる。

 まず

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弱聴の逃亡日記「お母さん」

 国道4号線は人通りが少ない。滅多に人とすれ違わない。一日中歩いて10人とすれ違えば多い方だ。

 ただでさえ一人旅で孤独な弱聴。すれ違う人に自然と親近感が湧いてしまうのも無理はない。
 だから前方から赤ちゃんを抱っこしたお母さんが歩いて来た時、お母さんと赤ちゃんの愛らしさに、弱聴は目が釘付けになり顔が緩んでしまうのを抑えることが出来なかった。
 きっと変人だと思われただろう。お母さんは弱聴の方を

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弱聴の逃亡日記「純情派弱聴、降臨」

 2017年11月25日 旅3日目

 朝、目覚めると弱聴は天国にいた。
 やわらかい朝日の中にパタパタと天使が舞い、こちらに向かって「アハハハ」「ウフフフ」と微笑んでいた――というのは冗談だが、それくらい心地良い目覚めだった。

 昨日、死に物狂いでビジネスホテルにたどり着いた弱聴は奇跡的にも一室だけ残っていた空き部屋に泊まった。ホテルの近くに温泉施設があったので、そこでサウナや温泉にゆっくり2

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弱聴の逃亡日記「スマホを置いて行った理由」

その事件以来、弱聴は自分とスマホの関係性について考えるようになった。
いわゆる「私とスマホ、どっちが大事なの?」的な話だ。

 今やスマホは、アプリを使ってより便利に生活を送ったり、電話やメール、SNSなどで人や社会と繋がったり、生活には欠かせない相棒であり、個人情報やGPSの位置情報が詰まった、いわば私の分身だ。
 うっかり忘れて出て来た日には不安で堪らなくなるし、誰かにスマホを借りて用を足そう

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弱聴の逃亡日記「友達失踪事件」

 スマホを手放さずに完璧な逃亡は成しえないと弱聴は考えていた。というのも以前、こんな事件があった。

職場で知り合った仲良し三人組で久しぶりに食事の約束をしていた時のことだ。待ち合わせ場所に向かう途中で一人から遅刻すると連絡があった。よくあることなので特に気分を害することもなく、待ち合わせ場所で一人と合流し、もう一人が来るのを待っていた。
 しかし30分経っても来ない。連絡もないし、メッセージを送

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弱聴の逃亡日記「ホテル探し」

 国道4号線に入り、辺りの景色は田畑が広がる平地の中に、時折商業施設が並ぶ区間が出現するといった様相に変わった。
 弱聴は気が沈んだまま、足を引きずるように歩いていた。
 いつの間にか太陽は完全に沈み、遠くの峰まで見えていた景色は黒く塗られ、外灯で照らされた4号線とその周辺の建物だけが光を放ち闇の中に浮かび上がる。

 そろそろ今日の寝る場所を探さなければならない。けれど昨日の凍える野宿を思い出す

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弱聴の逃亡日記「国道4号線」

 11月24日 2日目
 午前5時。徐々に空が白み始めてきた。
 北浦和の公園で野宿していた弱聴は起き上がりつぶやいた。
「寒い。もうムリ。これ以上ベンチに横になっているなんて耐えられない」
まだ日は出ておらず辺りは薄暗いが、弱聴は荷物をまとめ始めた。

すぐに最寄りのコンビニに入り、イートインスペースで温かいコーヒーを飲みながら暖をとる。店内は特に暖房がついているわけでもないのに暖かく感じる。

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弱聴の逃亡日記「初めての野宿」

 午後8時頃、北浦和駅に到着した。今日の旅はここまでにして休むことにしよう。

(中略) 

 行き当たりばったりの旅だ、当然ホテルは取ってない。当日飛び込みで宿を探すか? 答えはNO。
「徒歩の旅といえば、やっぱり野宿でしょ!」
 生涯で一度はやってみたかった徒歩の旅、その空想を思い描くとき夜は公園で野宿するのが弱聴のお決まりだった。
 北浦和駅から交差点を渡ってすぐの、美術館も併設されている大

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弱聴の逃亡日記「計画 その1」

2017年11月23日 逃亡1日目

 弱聴は玄関を出て、大きく深呼吸した。
 空は雲一つない快晴。正に天気も祝う出発日和。
(中略)
 とても気分が良かった。
 以前から歩いて旅することに憧れていた。社会人になってまさかこの夢が実現できる日が来るなんて思ってもみなかった。
 なんて浮かれている場合か、弱聴! 仕事はどうした? 今日はたまたま休みだが、明日から普通に出勤するはずだったではないか。

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弱聴の逃亡日記「決意の夜」

 午前0時。明かりのない六畳間に、テレビだけが耳障りな音と薄暗い光を放っている。テレビの前の円卓には使った食器やら食べかけのパンやらお菓子のビニールやらが散らかっている。

 そのすぐ脇の、シワだらけの布団に丸まり、テレビ画面を見つめたまま微動だにしない物体。これがこの部屋の主であり、この旅の主人公、弱聴だ。
 弱聴はつい最近、女にも関わらず頭を刈り丸坊主にした。それで周りから「弱聴」と呼ばれるよ

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