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【後編】未来につながる読書推進は、一冊の可能性を信じることから~三芳町長・林伊佐雄さん、三芳町立中央図書館司書・代田知子さん、西村めぐみさん~

前編では、「よみ愛・読書のまち」宣言に至るまでに、どのようにして三芳町の読書推進の仕組みが築かれていったのかを知ることができました。
後編では、その中でさらに深く知りたいと思ったことにポイントを絞ってお話をお聞きしていきました。
角度を変えながら質問させていただいたのですが、いずれの回答からも共通してうかがえたのは、「子ども時代の読書体験は人生の可能性を広げる」という強い思い。その信念のもと、それぞれの立場で力を尽くす三芳町の皆さんの姿は、とても頼もしく映りました。
私も皆さんと同じ信念を持つ一人。インタビューで数々の言葉を交わすことで、たくさんの子どもたちに読書体験を届けたいという思いが、私の中でより大きくなりました。

(前編はこちら

図書館は市民社会を支える拠点

千葉 まちの読書推進ネットワークの中には、ボランティアの方々も含まれており、お話会での読み聞かせやブックトークなどで大きく力を発揮されているようですが、どのように関係性を築いてきたのでしょうか。
 
代田 開館当初は人手不足で、「どうか助けてください」という思いで協力をお願いしました。当時は子育て世代のボランティアも多く、親子の利用者を呼び込む広報役にもなってくれましたね。さらには、図書館ボランティアから派生して各学校に読み聞かせ団体が立ち上がり、まちぐるみのネットワークが広がっていくことにもなったんです。
 
千葉 住民の皆さんと手を携えて、まちの読書環境を整えていったんですね。現在も人数的には不足がない状況でしょうか。
 
西村 定期的に人の入れ替わりがあり、人員面では充足していますね。図書館ボランティアは個人登録制をとっているので、グループに入会するよりも気軽に参加できるのだと思います。
 
代田 ただ、以前よりもボランティア講習の受講者は少なくなっていることは確かです。開館当初と違って、若い世代がボランティアに時間を割きづらい世の中というのもあるのでしょうね。
 
千葉 ボランティアができるくらいの生活の余裕は誰にも保証されるべきですよね。それは個人の問題ではなく、ゆとりのない社会にしてしまった国の責任が大きいと思います。
 
代田 世の中の状況は理解しつつも、住民の皆さんに読書推進活動に携わってもらうことで、「自分たちの図書館だ」という意識を持ってもらいたいのが本音です。特に今後は、図書館の施設が新しくなりますから。
 
千葉 新しくなるというのは、老朽化に伴う建て替えということでしょうか?
 
林 はい。経年により更新時期を迎えたほかの施設と一体的に再整備し、複合施設として生まれ変わる計画で、2026年度の開館を予定しています。ただし、単なる建て替えではなく、新たな地域交流拠点の創出を目指したもので、図書館はその中におけるにぎわいの核として位置づけているんです。
 
千葉 なるほど。市民協働のもとで、図書館の活力がまち全体へ広がる機会となればいいですね。
 
林 図書館は単に本を集積する場所ではなくて、市民社会を支える情報拠点となり得る空間ですからね。そのポテンシャルを発揮できるよう、皆さんと知恵を絞っていきます。

首長として抱く、教育への覚悟

千葉 三芳町の読書推進を支えるベースは、やはり司書をはじめとする職員の皆さんだと思うのですが、人材育成はどのように行っているのですか。
 
西村 研修を積極的に実施しているのはもちろんですし、ブックトークや読み聞かせなど実践の機会が多いこと自体が、スキルアップにつながっているんです。
 
代田 それに、林町長が就任されてからは、司書資格を持った正規職員の雇用を増やしていただいているのも心強いです。実のところ長い間、司書資格のある正規職員は私だけでしたから。
 
千葉 それでも活発な事業展開をされていたことに驚いてしまうのですが、町長としては課題も感じていたんでしょうか。
 
林 代田さんが中心となって充実した読書推進活動が展開されていましたが、それを将来に引き継ぐためには次の人材を育てることが欠かせないと考えたんです。
 
千葉 雇用の改善もそうですが、三芳町では教育にきちんと予算を割り当てているのが素晴らしいと思います。読書や教育を通して、子どもたちを大切にする思いを有言実行されていますね。
 
代田 ブックスタートプラスにしても、町長選に出られた際のマニュフェストに掲げて、就任後にすぐ実行してくれたものですからね。
 
千葉 そのような行政運営が可能なのは、三芳町全体に「読書はまちの魅力」という共通認識があるからでしょうか。
 
林 図書館を軸にした取り組みが目に見えるおかげで、住民の皆さんから一定のご理解はいただけていると思います。とはいえ、教育分野に限らず新しいことに挑戦しようとした時には、当然ながら100%賛成の声ばかりではありません。
 
千葉 そんな時には首長としてどのような態度をとられるのですか。
 
林 財政を透明化して説明責任を尽くすことが第一で、それは町長就任の当初から約束してきました。あとは対話と熟慮を重ねて、覚悟を持ってやりきるしかないと思いますね。

読み聞かせのゴールは「静かに聞くこと」ではない

千葉 ここで改めて、司書の皆さんが子どもや親と接点を持つ中で、どのようなことを具体的に心がけていらっしゃるかをお聞かせください。
 
代田 職員とボランティアで共通認識としているのは、幼少期の「聞く力」「読む力」を土台として、段階的に本との関わり方を深めてもらうことですね。
 
千葉 本を勧める上では、一人ひとり発達も読書への関心も異なるのが難しいところですよね。
 
西村 ええ、難しい点であると同時にそこは私たちにとってやりがいでもあります。皆に向けて作品を紹介するだけではなく、一人ひとりにとって最高の読書体験とは何かを考えて、その子のための一冊を「手渡す」ことが司書の仕事だと思っています。
 
千葉 今のお話を前提に、今度は3歳前後の子どもを想定して見解をうかがえればと。というのも、ブックスタートプラスのお話の中でも触れましたが、このあたりの年齢は本との関係が途切れがちなものですから。
 
林 私もブックスタートプラスを始めるに当たり学んだことなのですが、3歳くらいの年齢は読み聞かせをしても、ほかに関心が移ってしまったりしやすい。それを見た親が「うちの子に本は向いていない」と思い、読み聞かせ習慣を途切れさせてしまうことが課題なんですよね。
 
千葉 おっしゃる通りです。静かに読んでもらうことが目的ではないと親に認識してもらい、子どもと本との接点を設け続けるのが大事だと思います。
 
西村 私たちとしても、それは意識しています。お話会に来ても、「うちの子はじっとしていなくて……」と申し訳なさそうにする親御さんは少なくないのですが、「年齢的に当たり前のことなんですよ」とお伝えしています。
 
代田 もちろん、本を開く前にわらべ歌でご機嫌をとったり、読んでもらうための工夫もしていますよ。
 
西村 親の膝の上で司書から読み聞かせを受けるという、図書館ならではの状況だと落ち着いて聞ける子もいるようですね。
 
代田 それでちゃんと聞いてくれたら、親に「お宅のお子さんは本が好きなんですね」と言ってあげるのがポイントです。
 
千葉 聞かなくても当たり前であることと、本を楽しむ力があること。その2つを親に気付かせるわけですね。
 
代田 そうした意識を持った上で、親がほかにできることといえば、本を楽しむ姿を子どもに見せることでしょうか。それと、わらべうたや早口言葉など、本以外の「言葉で遊ぶ」コミュニケーションは、読む力の根っこを育みますから、図書館でも勧めています。

熱い思いこそがまちづくりの根幹

千葉 皆さんが読書の力を信じていらっしゃることが、今日のお話から伝わってきたのですが、そのような思いを持つようになった原体験はありますか?
 
代田 私の場合、子どもながらに世界中のニュースに関心を持っている自分に気付いた時でしょうか。行ったこともない場所の、会ったこともない人に、なぜ思いを寄せられるのだろうと考えた時に、「読書を通して、知らない人や場所のことを想像してきたからじゃないか」と思い至ったんです。そうやって自分の世界を広げることは、経験の少ない子どもにとって、特に閉鎖的になったこの時代にこそ大切だと思っています。
 
林 子どもたちに世界を広げてほしいという思いは、私も同じです。そう考えるきっかけとなったのは、20代の頃の青年海外協力隊への参加でした。さまざまな国を知ることが、自分自身について深く考える契機になると同時に、貧困や災禍の中でも未来を信じて生きる子どもたちのまなざしを見て、志や夢が生きる力となることに気付かされました。子どもたちに私たち大人がしてあげられるのは、世界を広げ、志や夢を持つきっかけを提供すること。本にもその力があると思うからこそ、三芳町では読書推進に力を入れているんです。
 
千葉 林町長は国際教育にも力を入れていらっしゃいますが、教育への取り組みはすべて、そのきっかけづくりとして行っているのですね。
 
林 読書推進については、本に親しむのが遅かったという、自分自身の後悔も背景にありますが(笑)。また、ICT教育を重視する近年の流れの中で、読書の教育的価値が相対的に低くならないようにしたい意識もあります。
 
千葉 ICTと読書推進のベストミックスで、きっかけづくりがさらに拡充すれば、他の自治体のモデルにもなり得ると思います。西村さんは本との関わりについて、どのような体験をお持ちですか?
 
西村 私にとって、人生の岐路で自分を支えてくれている一冊があるのですが、それは小学校の頃に先生が勧めてくれたものなんです。私もそのような本を「手渡す」人になりたいと思って司書という仕事も選びましたし、たった一冊の本が人生を豊かにしてくれるのだと、自分の経験から確信しています。
 
千葉 現在の西村さんの姿が本の力を物語っていますね。一冊の本と、それを教えてくれた人の存在が、高い意識を持った一人の司書を形づくったわけですから。
 
代田 西村さんは三芳町だけではなく、「この国の子どもたちにとって、より良い本とのふれあいとは」という視野を持ってくれているんです。それは私がずっと考えてきたことでもあって、同じ思いを持った次の世代の司書がこの図書館に来てくれたのは、宝物のように感じますね。
 
林 それも、代田さんたちの活動があったからこそだと思いますよ。高い志を持った人の周りには、同じ志を持つ人が集うものですからね。
 
西村 なんだか恐れ多い気がしますが、本を「手渡す」仕事はどこで働けばできるのかと考えて、三芳町図書館に来たことは事実です。今日の皆さんのお話を聞いて、自分も「読書のまち」を次につなげる役割を担っているんだなと、改めて実感しました。責任重大ですね(笑)。
 
千葉 絶対に大丈夫だと思いますよ。本日のインタビューのはじめに、「三芳町では宣言に実態が伴っている」と代田さんがおっしゃっていましたが、理由がよく分かりました。三芳町では、読書に対する熱い思いがすべての先に立っているからこそ、「よみ愛・読書のまち」をつくり上げることができたんですね。思いこそが地域を動かすということは、当たり前のようでありながら、まちづくりの真理の一つ。今日は皆さんのお言葉から、その真理を改めて実感した気がします。