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【後編】デジタルメディア時代の子どもの読書って? 東京大学CEDEPの先生方と一緒に、今取り組んでいること。

ポプラ社と東京大学CEDEPとの共同研究プロジェクトをご紹介する広報note「ポプラ社通信」。前編では、このプロジェクトの始まりにあった想いやきっかけを紹介しました。後編では、今まさに取り組んでいる研究活動について、2020年度からこのプロジェクトを担当する東京大学CEDEPの佐藤賢輔先生、2022年度から調査研究を担当する大久保圭介先生にご協力いただいて紹介していきます。

「紙」と「デジタル」で絵本の読み聞かせを比較する【実験研究】

東京大学CEDEP 佐藤賢輔先生

ーー佐藤先生が2020年から取り組んでいる実験研究「紙の絵本・本とデジタル絵本の比較」はどういうものですか?

佐藤 同じ内容の絵本で、紙のバージョンとデジタルのバージョンを読んだときに、お子さんの「内容理解」や、お子さんと保護者との会話が紙とデジタルとで違ってくるのか等を調べるために、同じ内容の絵本の「紙版」「(読み聞かせ音声付きの)デジタル版」の読み聞かせの様子を比較するという実験になります。

ーー実験そのものをオンラインで行っているんですよね?

佐藤 はい。当初東大の実験室で、対面形式で始めたんですけど、新型コロナウイルス感染症の影響で、お子さんと保護者の方に実験室に来ていただくことができなくなってしまって。ご自宅と研究者をオンラインでつないで、パソコン画面にデジタル絵本を写したり、紙の絵本はあらかじめご自宅に送ってパソコンのカメラの前で読んでいただく等でオンライン化したんです。

――予備実験も何度もやりましたよね。オンライン実験ならではの苦労はありましたか?

佐藤 チームの誰もオンラインで実験をしたことがなかったので、他の研究を参考にしながら、どうやったらご自宅から参加していただく形で実験ができるのか考えました。パソコン操作の分かりやすいマニュアルを作って送っておいたりとか。

大きな課題だったのは、対面の実験だったら、お子さんの「指差し」等でお子さんの答えを聞くことができますが、パソコンの画面だとこちらに伝わらないんです。例えば画面の半分で色を変えて、色で答えてもらうとか、色々工夫をこらして、実験を実現することができました。

――まだ論文執筆中で、言えない部分も多いと思いますが、どんなことが分かってきていますか?

佐藤 紙の絵本とデジタル絵本を比べる研究は実は海外では以前からけっこう行われています。「紙」か「デジタル」かというくくりだけでは、そんなに大きな差がでないということが、海外ではある程度分かっていたんですが、日本ではそういった研究がほとんど行われていなかったんですね。

絵本をどう読み聞かせるかも、国によってやり方に違いもあります。デジタルデバイスを使った絵本や読書が普及している国と、日本のように、特にお子さんがデジタルでは本を読んでいない国で、事情が違うかもしれない。なら、日本でもやってみようという実験が我々の研究です。

結果、やはり海外と同じで、紙かデジタルかというだけでは、お子さんが内容を理解できるかどうかに大きな差はありませんでした。というのが、いちばん大きな結果かなと思います。

あともう一つ、絵本を読んでいる最中にお子さんと保護者さんで行われる会話についても、同様でしたね。例えばデジタルだったら「ここ触るとページがめくられるんだね」など、操作に関するコメントが増え、内容に注意が向かないんじゃいかとも思ったんですけど、特にデジタルと紙で会話の内容が大きく異なるということもありませんでした。 

おそらくデジタル絵本を読むのが初めての方が多かったと思いますけど、紙の絵本を読むように楽しんでもらえたなというのが、ひとつ興味深かったところだと思います。

一方で、もちろん紙とデジタルで、違うところもありました。そういう詳細な分析については発表する機会を今後持てればと考えております。

ーーなるほど。すごく興味深いですね。オンライン実験にしたことで意外な良いこともあったと伺いましたが。

佐藤 そうですね。最初は苦肉の策でしたが、保護者の方と一緒に、いつも過ごしている部屋から参加していただくことで、初めて東大の実験室に来たお子さんと比べて緊張度合いがまったく違っていて。普段通りの様子をオンラインで見せてくれたのかなと。オンライン実験で心理学のデータをきちんと取っていけるという、面白いところだったと感じました。

――ありがとうございます。論文も楽しみにしております。

子どもの読書とデジタルメディア利用を調べる【調査研究】

東京大学CEDEP 大久保圭介先生

――研究活動の3つのアプローチのひとつが調査研究です。大久保先生が昨年度担当された調査研究「幼児・児童の読書とデジタルメディア利用についての保護者調査」はどのような調査なのですか?

大久保 はい。本当にタイトル通りの調査なんです。まずは、ご家庭での絵本に関することで、1日あたり・1週間あたりで「どれくらい」読んでいるのか等、読む量や時間に関すること。お子さんの日常生活に関連させながら、物語の内容を楽しむか等「どういう風に」読んでいるか、読み聞かせの質といったようなこと。読み聞かせを「いつから始めたか」という開始時期に関すること等、絵本に関して色々伺っています。

もうひとつは、デジタルメディアの利用です。スマートフォンやタブレット、テレビをどれくらい見ているか、保護者自身がどれくらい使っているか等の基本的なことです。

そして、子どもが外でぐずってしまったとき、スマートフォンやタブレットを使ってあやすことがあるかなども聞いています。ほかにも色々な生活まわりのこと、習い事や、外でどれくらいの時間遊んでいるか等、普段の生活について幅広くデータをとる調査です。

――子どもと保護者の絵本や本やデジタルメディアの利用状況、それらの使い方を幅広く聞いているんですね。

大久保 そうです。さらに、今年度の調査では一部オンラインでお子さん自身に参加してもらって、理解度を測る簡単な課題も用意していて、それがひとつポイントになっています。理解度について、具体的には文字のかな読みと、気持ちや感情の理解、短いストーリーをきいて登場人物が今どんな気持ちかを答えてもらうという質問を用意しています。

――メディアの利用状況や読み聞かせの仕方と、内容の理解度等を組み合わせて見ていけるところが注目ポイントということですね。この調査もまだ論文化の途中で、言えないことも多いと思いますが、可能な範囲で教えていただけることがありましたら。

なかなか難しいので、さわりだけ。絵本の読み聞かせの量や時間というのは、ここ30~40年ずっと研究され、研究結果が積み重なってきていて。その色々な研究結果を総合して「メタ分析」という形で分析したものがいくつか出ているところです。読み聞かせの量が多いと、子どもの読み書きリテラシーや、人の気持ちの理解に一定の効果があるっていうのは、もうずっと言われていることなんです。

そこから新しいところでいうと、読み聞かせの質ですね。どういう風に読み聞かせするといいのかはまだでてきていないです。研究自体は増えてきていますけど、まとめの研究みたいものはされてなくて、これから研究の積み重ねが求められているところです。

今回の結果ではまだ言えないですけれど、概ねそうした海外の先行研究に違わない結果がみられているかなということと、一部新しい知見もでてきているという状況です。

――ありがとうございます。絵本に関心のある保護者の方にも、興味深い結果になりそうですね。

子どもにとっての、紙の読書とデジタル読書

――もう少し目線を広げて、紙とデジタルの読書の比較について、これまでの研究から見えてきていることがありましたら教えてください。

佐藤 そうですね。ひと言では言えないですが、「紙」「デジタル」という非常に大雑把なくくりでは、子どもたちにとって、読むという経験にそんなに大きな差はでてこないだろうとは、思っています。

ただ読書というのは紙でもデジタルでも、色々な要素がありますよね。例えば、一緒に読むのかひとりで読むのか。どんな内容を読むのか。あと例えば保育園みたいに集団で読むのか、それとも保護者の方と1対1でいろんな会話をしながら読むのかとか。

紙で読むかデジタルで読むかの違いというよりは、そういう細かな違いが、お子さんの読書体験を形作っているところがあると思います。たとえばデジタルだったら、紙にない色々な経験がついてくると思うんです。ちょっとキャラクターが動くデジタル絵本だったり、ナレーションがあるから、字が読めないお子さんでもひとりで読める絵本であったり。そういう違いに注目して、子どもの読書経験にどういう影響を及ぼすのかは見ていかなければいけないと思います。

実際には、すごく大雑把なくくりで、子どもにデジタルは良くないというような先入観を持っている方もいると思うんです。でも、もうちょっと紙で何ができて、デジタルでは何ができて、どんな使い方が紙とデジタルでそれぞれできるのかを考えていって、それらをうまく組み合わせて使っていくのがいいんじゃないかということが、色々な研究から次第に分かってきたような気がします。

ーー佐藤先生は、共同研究プロジェクトから、群馬県図書館大会文部科学省の「令和4年度 子供の読書活動に関する有識者会議」で研究発表されていましたが、どのような反応でしたか?

佐藤 デジタルと紙の比較について発表させていただく機会は今多いです。やはり、本は絶対紙で、小さいお子さんにはデジタルは見せたくないといというご意見の方はいらっしゃいます。僕自身も紙の本が好きですけど、だからといってデジタルについて、よく知らないままダメと言う考えが広まるのは良くないと思うんですよね。紙とデジタルのどこが違うのか、それぞれの良さをいろいろなところで話していけるといいかなと。このプロジェクトを通じて発表して行けたらと思っています。

――先日開催した共同研究プロジェクトのシンポジウムでも、登壇者の皆さんからそういうメッセージが出されていましたね。ポプラ社としても、時代にあわせて読書の選択肢を増やしていきたいと考えているので、たいへん心強いです。最後に少し違った目線からお伺いします。佐藤先生、大久保先生は、ご自身の子育ての中で本や絵本についてどのように考えていますか?

佐藤 うちは男の子・女の子のふたりなんですが、必ず毎日ひとり1冊は読み聞かせするようにしています。今では、今日はなしねって言うと、本でなぐってくるんですよ(笑)。 もっと本を大事にしてほしいんですけどね。それくらい、1日1回本を読むのを楽しみにしています。

――着々と本好きに育ってくれているんですね。

佐藤 そうですね。自分も、若い頃に本をもっと読めばよかったという気持ちもあるし、子どもにも本を楽しんだり、本を使ってうまく情報を集めたりできるようになってほしいと思っています。限られた時間で動画も見たいとか色々あると思うんですけど、本を読む時間を短くてもちゃんと取るように心がけています。

――とても素敵ですね! 大久保先生はいかがですか?

大久保 佐藤先生のお子さん何歳なんでしたっけ?

佐藤 5歳と4歳です。

大久保 それだとどれくらいの分量の絵本を読むんですか?

佐藤 どうだろう。1ページあたりの文字量もバラバラですけど、30ページから40ページくらいの本が多い気がします。

大久保 それじゃ、けっこうしっかり読み聞かせっていう感じですか?

佐藤 そうですね。最近ようやく、最初から最後まで飛ばさないでじっと聞いてくれるようになりました。2歳くらいの頃はぜんぜん最後まで読ませてくれなかったです。それはそれでいいと思うんですけど。

大久保 うちは2歳半になったばかりですが、絵本の読み聞かせは月齢が1ヶ月くらいからずっとしています。今テレビがなく、ストーリー性のある娯楽が絵本しかないんです。なので、絵本をたくさん読んでいます。

――それはすごいですね。だんだん好きな絵本が変わってきたりしていますか?

大久保 はい。小さいとき、0歳から1歳の頃は、いわゆる「だるまさん」みたいなリズム感があって音として面白い絵本が多かった印象ですけど、1歳から2歳になってくるにつれて、ちょっとずつストーリー性というか起承転結がある絵本も読むようになりましたね。あと、電車ですね。

――おふた方ともこの研究に関わるずっと前から毎日読み聞かせをされているんですね。もともと絵本の読み聞かせは大事という印象をお持ちだったんですか?

佐藤 そうですね。この研究に関わる前から、本っていいものだっていう意識は持っていましたね。どうしてなんでしょうね。何かの調査で、全く本を読まない「不読」の大学生も、本を読むのが大事だっていうことは言っていたりしましたよね。振り返ると、学校の先生や図書館の先生、出版社の方だったりが日本中で脈々と読書推進の活動をされてきて、いい本がたくさん出されてきたということかなと思います。

――なるほど。その意識は、色々な方の取り組みのおかげなんでしょうね。それでは、佐藤先生、大久保先生、ありがとうございました。引き続きよろしくお願いいたします。

活動の一部分ですが、共同研究のイメージ少し伝わったでしょうか。前編でふれた通り、このプロジェクトでは研究にとどまらず、分かったことを広く発信していくことが大切だと考えています。

先月「デジタル社会は子どもの読書環境をどう豊かにできるか?~『紙』と『デジタル』のベストミックスの模索~」というテーマで、共同研究プロジェクト発のオンラインシンポジウムを開催して、たいへん多くの方に参加いただき反響がありました。まさに今、興味関心の高いテーマだと感じます。

また、色々な角度から絵本に興味関心をもっていただけるよう、CEDEPの先生方にご協力いただいて、「非認知能力」をテーマに絵本を紹介する取り組みもポプラ社の方で行っています。

子どもの読書環境について一緒に考えていただける方を増やしていくことで、‘ひとりでも多くの子どもを本好きに’していけるよう、引き続きがんばって参りたいと思います。(広報M)

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