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「金継ぎ」と「児童文学」の素敵な出逢い~漆芸修復師・清川廣樹先生と児童文学作家・八束澄子先生の出逢いから物語は生まれた

この秋、青春小説『ぼくたちはまだ出逢っていない』が刊行となりました。
著者は、児童文学作家の八束澄子先生。
陸と美雨、2人の中学生が主人公のこの物語は、八束先生が漆芸修復師・清川廣樹先生の工房「平安堂 京都」を訪れたそのときから、動きはじめました。作中では、漆を使って陶磁器などを修復する伝統技法の「金継ぎ」が重要な役割を担っています。作品を上梓した今、あらためて京都の清川先生の工房を訪ねた八束先生。
おふたりの「出逢い」と、「金継ぎ」×「児童文学」の素敵な関係についてお話を伺いました。

『ぼくたちはまだ出逢っていない』のあらすじ

イギリス人の父親と日本人の母親を持つ中3の陸は、バスケ部の豪大から何かと絡まれ、暴力を受けている。
一方、母親の再婚を機に岡山から京都に引っ越してきた中2の美雨は、学校にも、家にも、居場所がなく、京都の町をさまよい歩いては時間をつぶす毎日。いつものようにさまよい歩いていたとき、ショーウインドウに飾られた器が月明かりに一瞬きらめくのを見た美雨は、その美しさに心奪われる。そのときの胸の高鳴りが、美雨を思わぬところに誘っていく……。
それぞれに自分のアイデンティティを探すなかで辿り着く、「漆」がつなぐ陸と美雨、ふたりの出逢い。
京都を舞台に、伝統工芸の「漆」「金継ぎ」を扱いながら、子どもたちを取り巻く社会問題をも描いた青春小説。

偶然の出逢い

八束 清川先生の工房をたずねたのは、本当に偶然だったんです。息子夫婦と訪れた骨董屋さんの隣が「あ! テレビで観た……!」と(笑)。金継ぎが大好きなイタリア人女性が京都の清川先生の工房を訪問する番組で。すっごくよかったんですよ。もともと器が好きなものですから、興味をひかれて印象に残っていたんです。
 
清川 世界! ニッポン行きたい人応援団』という番組だったかな。

清川先生の工房「平安堂 京都」。
千利休ゆかりの古刹として知られる大徳寺の目の前にある。
金継ぎ教室を行うアトリエが併設され、美しい金継ぎの器たちの販売もされている。

八束 突然訪れましたのに、清川先生が快く迎え入れてくださって。あれこれお話を伺わせていただいたら、すっかり魅了されてしまいました。その場でお教室の申し込みをさせていただいたんです。初対面ですぐ教室に入るなんて、厚かましいですよね(笑)。どのくらい通いましたっけ?
 
清川 遠方だから、頻繁にはね、通えなかったけれども、月1回だったかな?
※編集部注:八束先生は岡山県在住。
 
八束 毎月だったか、2か月にいっぺんか……。
 
清川 あ、今日は八束先生来るんだー、なんて感じでねぇ(笑)。
 
八束 清川先生の懐が深いでしょう。決まったときに通うとか、全然そんな感じじゃなくて。私はいい加減な人間だから(笑)、すごく肌に合って。楽しかったですね。お教室に行くと、清川先生がいろんな方と引き合わせてくださって、わいわいと楽しい時間を過ごさせていただきました。
 
清川 最初は漆にかぶれながらね。
 
八束 そうそう、私、めっちゃかぶれたんですよ。私よりひどいのが私の夫で、飲み会参加したくってお教室が終わるころにやってくるのに、なぜかかぶれているんですよ(笑)。

「平安堂 京都」清川先生の作業スペースにて。
日用品から骨董まで、さまざまなものがここで金継ぎされる。

懐の深さと射程の長さは、まさに児童文学

清川 お会いして、初っ端のころから作品を書きたいんですって、お話してくださいましたよね。
 
八束 そうなんです、初対面のときに、「私、児童文学書いている者なんですけれど、書かせていただいてよろしいですか?」って。迷惑なやっちゃと思いませんでした?(笑)
 
清川 全然、全然! 有難いと思いましたよ。ほんとに。これも、やっぱりご縁ですよね。ぼくひとりの力って知れてるんでね。いろんな知恵のある方が来てくだされば、それだけ広く金継ぎのことを知ってもらえると思っているから、もうウェルカム、ウェルカム。
 
八束 清川先生のところには、不思議と人が集まってくるんです。若い方もたくさん。「ああ、これはなんかあるぞ!」って思って。
 
清川 八束先生もご覧になった番組を観て、北海道からやってきた子もいたね。
東京のSくんは、3年ほど学校に行けてなかったけど、たまたまあの番組を観て、「この人(清川先生)に会いたい」と思ってくれて、お父さんとお母さんが彼を連れてきてくれたんです。あの番組で、「ぼくでも何かできる」と、ぽっと明かりが見えたって言うんですよ。うちに来だしたのが14歳くらいだったかな。彼は、中学校も半分くらいしか行けてないって、いろいろあきらめていたんだけど、彼は、外国のコインの収集家で、コインのことについては分厚い本の内容が全部頭に入ってるの! すごいんですよ。だから、ぼくは「とにかく外国に行け!」って話したりしてね。(話を脇で聞いていた)金継ぎのお教室に通っている方も、「ここへしょっちゅう来とけ。食っていく方法、教えたる」って(笑)。今は通信の高校に入って、がんばってくれてます。
何年かかってもいい、失敗はなんべんもしたらええ、そう思うんですよ。
 
八束 そういう清川先生の子どもさんへのまなざし、そしてまた、子どもさんたちも惹きつけられるように清川さんのもとへやってくるっていうのが、私は「児童文学」だと思ったんです。清川先生のまなざしがすごく優しいし、射程長いし、あたたかいし。それって、私、すごく共感する部分で。私も子どもたちに射程長く伝えたいってものがあって、だからこれだわ!って。
 
清川 番組の出演でそこまで発信できると思っていなかったんだけど。その後も、いろんな方が、いろんな方法で、ここを見つけてやってきてくださって。去年は、FM京都の……パーソナリティ、言うの? レギュラーで月1回だけ30分の番組を生放送でやらせてもらうことになってね。漆って樹液でね……なんてことから話していたんですが、若い人でも聴いてくれたみたいで。やっぱり反響がすごくありました。

「平安堂 京都」内に置かれていた、樹液採取後の漆の木。
『ぼくたちはまだ出逢っていない』の主人公・陸くんは、滋賀の山で漆の木と出逢う。

八束 お忙しくて! 講師として、いろいろなところでお話をされていらっしゃいますよね。
 
清川 伝統技術のことというだけでなく、「100年先を見たいんだったら、100年昔のことを見なさい、そこにヒントがありますよ」って話をよくします。この100年間で何を失くして、何を手に入れたか、もう一度ここでそこをふりかえらなきゃって。こういう話をすると、みなさん共感してくださいます。

言葉の力 伝えていくこと

八束 清川先生が稀な存在であるのは、「言葉を持っている」いうことだと思うんですよね。職人さんって無口であまり語らない方が多いじゃないですか。
 
清川 余計なこと、話ししないね。
 
八束 だから、伝わらないこともあると思うんです。でも、清川さんはとても雄弁に伝えられますから!
 
清川 そうですか⁉(笑) でも、ぼくも文化財の修復の現場にいたころは、ほとんどしゃべらなかった。現場に入ると、言葉はほとんど飛び交わないんですよ。「おい!」って言われたら、次のことができている……というような。「あれ、あれ」と言われても、「どれどれ?」って若いころは思っていましたけどね(笑)。
人の動きだとか、誰が何をしているかとか、全部見とかな、あかんのですよ。そんななかで鍛えられて、ずいぶん、いろんな現場でつかってもらって、いろんな仕事を覚えられた。どれだけの職人さんがどうやっているのか絶えず見てきたから、物事を広く見られるようになれたと思いますね。
 
八束 その目線があったというのが稀有な存在で、清川先生の伝統芸術の世界での存在意義はすごく大きいと思います。
 
清川 修復の仕事に携わって、こんな素晴らしい技術があるのに、職人さんが高齢化するなか、予算が削られて、どうやって若い人にこの技術を伝えていけるんだろうと感じて。金継ぎの教室で、いろんな人にこの現実を伝えようと思ったんです。そうすることで、みなさんに意識してもらって、どうしたらいいんだろうって投げかけるところまでは、僕の仕事かな、と思っています。
 
八束 ご著書からも広がりがありますよね。(「平安堂 京都」スタッフの)渡邉さんの書かれた「清川先生と歩く」という章、私、好きなんです。そこに書かれている、清川先生が話してくださったことというのが、清川先生の実像をすごく伝えてくれていて、「あぁ、素敵な文章だなぁ」って思ったんです。清川先生のまわりは、物語の宝庫!

清川先生の近刊。「金継ぎ」の歴史や修復の工程のほか、
職人文化、繕いの精神まで、幅広い視点から「金継ぎ」の魅力を伝えてくれる1冊。
清川先生のまわりで起こる奇跡のようなエピソードには思わず涙腺が刺激される。

清川 そうですか(笑)。この本の中で紹介している高野教会のマリアさんの修復は、次の時代を子どもたちに託しましょうって、子どもさんを交えて修復するっていうことから始まったの。このマリアさんの修復だけでも、ちっちゃな物語がいっぱいあるんだよね。
 
八束 あぁ、また清川先生のところに通わなきゃいけない!(笑)


清川先生が語られるエピソードからどんどん話は転がって、ふたりの楽しいトークは尽きることがありません。好奇心旺盛で、キラキラ瞳を輝かせている八束先生。いつもそこには、素敵な出逢いと、児童文学作家としての子どもたちへの優しいまなざしがありました。
清川先生との運命的な出逢いから生まれた『ぼくたちはまだ出逢っていない』は、そんな八束先生のみずみずしい感性が凝縮されて、思春期を不安に過ごす読者に向けて、あたたかなエールを送ってくれます。清川先生がモデルとなった漆芸修復師「衣川さん」の登場シーンも必見です! ぜひ手に取ってみてください。

(文・井出香代)

八束澄子
広島県因島生まれ。『青春航路ふぇにっくす丸』(文溪堂)で日本児童文学者協会賞、『わたしの、好きな人』(講談社)で野間児童文芸賞受賞。『明日のひこうき雲』『団地のコトリ』(ともにポプラ社)は国際推薦児童図書目録「ホワイト・レイブンズ」に選出。そのほかの作品に、『明日につづくリズム』『オレたちの明日に向かって』(ともにポプラ社)『いのちのパレード』(講談社)『ぼくらの山の学校』(PHP研究所)など多数。ノンフィクションの作品に『ちいさなちいさなベビー服』(新日本出版社)などがある。日本児童文学者協会会員。「季節風」「松ぼっくり」同人。

清川廣樹
1957年大阪府生まれ。幼少より絵を描くことが大好きで美術大学を目指していたが、父親が早くに他界したため、高校卒業後、蒔絵師に弟子入りして職人としてのキャリアをスタートさせる。その後、文化財、神社仏閣、調度品などの修復の一線で活躍する複数の職人のもとで研鑽を積み、28歳で独立。45年間、江戸時代に確立された伝統技法の継承者として、漆を用いた「漆芸」修復に携わる。その対象は、建築、仏像、陶磁器、漆器、アンティーク家具、古美術品など多岐にわたり、学術関係者との交流も持つ。

この記事でご紹介した本はこちら↓

『ぼくたちはまだ出逢っていない』

 『継 金継ぎの美と心』

 
 

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