大体いつもドブに捨てるはじめてたち

初体験はもっと甘酸っぱいものだと思っていた。
男だけかはさておき、初めての夜というのは大変色濃く記憶に残るものである。
スマートフォンやパソコンの画面から流れてくる男と女の組んず解れつな死闘を見て随分興奮しながら1人興奮しながらプロレスをする。
そんなロンリロンリー切なくて壊れそうな夜ばかりを過ごしてきた中高生の日々が過ぎ、大学一年生にして初めてその日を迎えた時は随分興奮したものだった。
見よう見まねであっちゃこっちゃ触ったり、股に顔を埋めたりしたり…とにかくまぁよかれわるかれ克明に覚えている。
特に好奇心から顔を下半身に運び、とんでもない匂いがした際はその場で卒倒した。
今でもそれを思い出すと背筋が凍りそうになる。
ファンタジーと現実の違いを思い知らされたのもこの時だ。
よって、私の初めてはだいぶ刺激的なものとなったし、ここまで読んで薄々感じている人もいるかもしれないが、好きな人とその日を迎えたわけではない。
かと言って金を払ってどうこうというわけでもなく、いわゆる平成後期を代表するような出会い方で出会った人とその日を迎えたのである。
焦りや葛藤に負け「もうやったらぁぁあ」となっていた当時の私は、やってきた好機にあれよあれよと乗っかったまま、童貞をドブに捨てた。
「もっと大切にしておけばよかった」と後から思うことこそが、大人の階段をのぼるということなのだろう。
当時の私はまだシンデレラだった。

そんな初体験の私であるが、恥ずかしながら24年間の人生で未経験なことがある。
それは何か。
そう「理髪店デビュー」である。
実家が床屋な私はこの世に生を受けてから24年間、父親以外の人間に髪を切られたことがない。
思春期真っ只中の時は「従業員の人に切ってもらってっし」なんぞとよくわからない息巻きかたをしていたが、大体は父に切ってもらっていた。

先日もそのつもりだった。
仕事のストレスと、むさ苦しい髪にイライラしていた私は、キーボードを弾いている画面に映った「ノー残」の文字に意を決し、定時の10分過ぎに会社を出た。
職場から父の店まではおよそ30分ほど。
「もう〜短くする。さっぱりする、スッキリする、シャッキリするうううう」と内心で叫びながら闊歩し、店のドアを開けた。

満員だった。

「悪い、しゅうへい。また今度な」
金を払わない私には予約する権利などなく、かといって待つ権利もないので、差し入れの缶コーヒーをバックヤードにおいてからそそくさと店内を後にする。
けれども、どうしても髪は切りたかった。
サッパリ、スッキリ、シャッキリしたかった。
でないと、残業せずに残してきた仕事たちに示しがつかないではないか。

どうやら漢になる時が来たようだ。
その意思は住処の最寄駅に着いた頃には固まっていた。
普段通っている商店街の角にある理髪店へ、震えながらも足を向け、緊張しながら重い重い扉を開けると、EXILE風の若い方が出迎えてくれた。
「予約してないんですけど」
95kgから放たれる0.1kgにも満たない声でそう告げると、「大丈夫ですよ〜」とそのまま席に案内される。
髪の毛などを洗い終えた後、「今日どんな感じですか〜?」と髪をいじられた私は「まっまぁ、その、とっ整える感じで…」などといった具合で答えました。
鏡に映る自分の顔はひょっとこのようだったことは認めざるを得ません。
「ここはどうします?横子は何ミリにしましょうか?」
矢継ぎ早にくる質問に耐えきれず、さらにひょっとこ化する私はついに諦めて「わたし初めてなんです、実家以外で髪を切るの」と頬を赤く染めながら告げました。
「だから…やさしくしてね」とふざける余裕はありませんでしたが、そこからは肩の力を抜いてゆっくり髪を切っていただきました。
「せっかくですし少しだけいつもと変えてみます?」
お兄さんの言葉にそそのかされた私は「もう、お任せします」と身を預けることにしました。
最後まで切り終えお会計を済ませ店を出た後、どっと疲れを感じた私はなんだかやるせない気持ちになったことは言うまでもありません。
人生で2度も初めてをドブに捨てたわけですから。
最後に私の初めてを奪ったお兄さんに一言残しておきます。

拝啓、EXILE風のお兄さん
私にはあなたが仰り、そして施してくれた「刈り上げ部分を3mm~6mmにしてグラデーション出しておきますねぇ〜」の違いがわかりません。
グラデーションがわかる頃にまた会いましょう。
あなたの事は忘れません。
敬具


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