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ソムニウム~夢~

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夢をモチーフにした詩と短編小説です。
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#小説

ソムニウム(68)青い犬

ソムニウム(68)青い犬

青い犬になって走る
通っていた学校は建て替えられた
桜の木は伐られ 根は抜かれた
でもここだ 匂いがある
掘り返していく
スマホが出てくる 
バッテリーが生きてる 電話する
半地下の家の前に立つ
二十二歳の彼女が出てくる
十三歳の自分に戻る
来ました、先生
彼女が微笑む
もっと子供でいたかったから
もらった手紙を土に埋めた
犬はそれを覚えていて
放たれる時を待っていたんだ

(終わり)

ソムニウム(67)走れヤマザキ

ソムニウム(67)走れヤマザキ

走れヤマザキ
はい、と言って走り出す
体がどんどん老けていく
あっという間におじいさん
足が攣り筋が切れ動脈が詰まる
心臓が止まって脳が死ぬ
地面にダウン────と思いきや
ばりばり体を食い破って
新しくなり
走るヤマザキ

(終わり)

ソムニウム(66)微笑み

ソムニウム(66)微笑み

もうだめだ、と沈み込み
電車の座席でうなだれる
視線を感じて目を上げる
母親の背中で赤ちゃんが
にこにこ笑ってこっちを見てる

もうだめだ、と打ちひしがれて
広場の手すりに寄りかかる
野鳥が飛んできて肩にとまり
綺麗な声でさえずり出す

もうだめだ、と肩を落とし
神社への広い石段を上る
ふわふわしゅっ、と足首に
獣が体をこすりつける
白くて丸くて光るものが
湧き水の洞窟へ走って消える

もうだめだ

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ソムニウム(65)ホノオノタカラモノ

ソムニウム(65)ホノオノタカラモノ

別れた妻からメッセージ
実家の街が燃えてるよ
テレビをつける 燃えている
駅前から海岸のバイパスにかけて
黒煙が渦を巻いている
古い友人からメールが来る
大学の校舎が燃えてるぞ
動画を探す 燃えている
校舎の並んだ丘全体が
紅い炎を吹いている
同僚から電話がかかってくる
本社の社屋が燃えてるぞ
窓を開けて目を凝らす
炎と白煙が遠くに見える
消防車のサイレンが鳴り響く
ベランダへ出る 煤が舞う
裏の

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ソムニウム(63)ジェニーの角

ソムニウム(63)ジェニーの角

ジェニーの頭の左側に
羊の角が生えてきて
それが毎日大きくなって
一緒に寝てると頭に刺さる
痛くて目が醒め二人で笑う
ジェニーの角が俺は好きで
かっこいいな、と思ってた
ある日ジェニーが姿を消す
自転車で街中を探し回ると
近所の鉄工所のグラインダーで
角を削り落とそうとしている
慌てて止める
ばか 何してる?
このままどんどん大きくなると
血や肉を吸われて体が萎む
角がわたしになっちゃう
だから削

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ソムニウム(61)梟のうた

ソムニウム(61)梟のうた

江戸時代の髪型には
「魂は鳥の姿をしている
死んだらぱっと頭から離れ
空へ飛んで戻るんだ、
浮世ではちょっとの間だけ
羽休めしてるだけなんだよ」
っていう意味があるんだって
ほんとか?と訊くと
うそ、と笑う
雨がまっすぐ降っている
女の歌う声が聞こえる
クリーム色の梟が
街路樹の先にとまっている
目が合うと人の顔になる
彼女に会ったことがある
小首をかしげ
ぱっと飛び立つ
山へ向かわず 森へ向かわ

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ソムニウム(60)煙草

ソムニウム(60)煙草

おまえのせいやわ、
と昔の友人が電話で言う
はっとして正座する
俺、何した?
答えない
電話の向こうで女が叫ぶ
カミソリで胸を切り刻んでる!
銀のエッジがぎらりと光る
新聞記事がぼんやり浮かぶ
通夜の会場の前に立つ
電話がかかってきたんだよ
変だな、と友人の一人が言う
あのときお前はよくやった
四百億の契約取りつけて
へえ そうなんだ
覚えてない
砂丘を歩いて老人になる
海辺の自販機で煙草を買う

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ソムニウム(59)新世界

ソムニウム(59)新世界

街灯の光の輪から輪へと夜の道を歩いていく
ピーラーで自分の皮を剥く
しゅら しゅらら しゅぱしゅぱ しゃ
脂肪と筋肉が剥き出しになる
いくら自分の皮を剥いても世界は新しくならないよ
うるさいなあ ピーラーを使う
脂肪と筋肉を削り落とす
みじゅ に ぎゅる りにに
骨だけになって歩いていく
いくら肉を削ぎ落としても世界は新しくならないよ
声を無視して ピーラーを使う
がぎ ぎ ごりりり がり
いくら

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ソムニウム(58)阿修羅像

ソムニウム(58)阿修羅像

整形外科で診察を受ける
たっぽり太った女性の医師で
切れ長の目が美しい
両手と右腿が痺れるんです
医師がパソコンでカルテを作る
机の棚に阿修羅像の小さなフィギュアが置いてある
作り込みと塗りが美しい
いい阿修羅ですね
無視される
レントゲンを撮影する
末端神経障害です 生活に運動を取り入れて
薬は出ない 家へ戻る
部屋の真ん中に阿修羅がいる
虚しいのか、と阿修羅が言う
虚しいです 涙がこぼれる

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ソムニウム(57)ソリトン

ソムニウム(57)ソリトン

書かれなかった 書かれるはずだった
作品の原稿が大量に出てくる
へーこんなにあったんだ、と驚きながら整理する
押入れに積み上げ 戸を閉め 忘れる
妻が子供と遊んでいる
子供の頭にオモチャを乗せる
きゃきゃきゃと笑う くちゃくちゃに可愛い
くちゃくちゃに構う うきゃーきゃふへへ
美形になるよ、と妻に言う
ぼーっとした顔だよ、と妻が笑う
子供の顔に三毛猫のように三色の毛が生えてくる
かっこいいぞ、と顎

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ソムニウム(56)鏡

ソムニウム(56)鏡

洗面所の鏡に自分が映る
柏手を打って自分を拝む
ぱん、
と音がし鏡が割れる
尾骶骨から頭へ向けて
体の中に木が生える
肉を 壁を 屋根を破って
楠になる
さわさわ揺れる

(終わり)

ソムニウム(55)カメラマンの反逆

ソムニウム(55)カメラマンの反逆

カット、の声を聞きカメラを止める
主演女優がエキストラの女性に
Gli hai dato qualche consiglio e ha funzionato. L'hai cambiato!
と言っている
シナリオライターとディレクターとプロデューサーのところへ行く
プロデューサーの口をつまんで音声をオフにする
ライターとディレクターに向かって話す
書かれたセリフを忠実に言わせる 言われたとおりの

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ソムニウム(54)蝉

ソムニウム(54)蝉

テレビで語る政治家の胸に手を突っ込んで子供を抜き出す
芸能人の作家の画家の作曲家の俳優の監督の投資家の経営者の官僚の教師の医師の科学者の胸に手を突っ込んで子供を抜き出す
社会で働くすべての人の胸に手を突っ込んで子供を抜き出す
祖父の祖母の父の母の胸に手を突っ込んで子供を抜き出す
自分の胸から子供を抜き出す
一億人の子供を並べる
どの子も泣いて怒っている
おかあさんおかあさんおかあさんおとうさんおと

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ソムニウム(53)サテュリコン

ソムニウム(53)サテュリコン

ツバメが飛び交うベランダに立ち
真夏の山を眺めている
雲から何かが現れる
腕を開き脚をそろえて
サテュリコンが飛んでくる
窓から入ってテーブルへ座る
ごくんごくんと麦茶を飲む
さあ行こう
空を飛ぶ
海へ飛び 草原へ飛び 都市へ飛ぶ
遊びまくり 飲みまくり 食べまくる
人はいない 
いるけどいない
突き抜け すり抜け またぎこす
火山の火口でひと休み
赤いマグマを見ながら寄り添う
世界がどれだけ崩れ

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