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「ベストセラーを産み出す」

春眠暁を覚えずとは、よく言ったもので、うとうととしちゃう。

今日も宗一郎は、眠い眼を擦りながら、昼夜問わず創作に勤しんでいた。

文筆家としては、まだまだ駆け出しだが、つらつらと書く文章には、

定評があり出版社から編集に手間があまり掛からないと言われていた。

刑事が犯人を追い詰めて捕らえるまでの、はちゃめちゃな世界観や、

FBIやスパイ、マフィアとの闘いを描いた世界なんかも大好きだった。

今日も、P Cをカチカチと操作して文字を打ち込んでいた。


「ピンポーン」 「はい」 「◯◯便です」


宅配業者が、ちょうど乗っている時に来て、作業を中断させられた。

届けられた荷物は、箱の大きさの割には、何故だか妙に軽過ぎる。

宗一郎は、振ってみることにした。

中からは、カサカサと何かが動く音が聞こえてきた。

振る動作をやめてみると、音は止んだので気のせいだと思い、

そのまま部屋に放置して作業を進めていった。


今は、大好きな格闘シーンを黙々と書いている。

左手の拳で、相手の眉間を捕らえて、ぶん殴るシーン。

反対の右手を肩口まで、思いっきり引いて左の拳を突き出す。

人を殴ると、己の拳が腫れて赤くなり、ジーンとほのかに熱くなる。

その熱くなった拳をわなわなと震えさせながら、追い詰めていく。

犯人を逮捕する瞬間は、いつになく興奮するもので、

映画とか漫画の世界のエンディングへと繋がっていく大切な部分。


ちょうど書き終えた時に、先ほど受け取った荷物の中から、

アラーム音が鳴り響いて聞こえてきた。

「ブーン、ブッブーン」「ブーン、ブーン、ブッブーン」

慌てて中を開けようとする宗一郎。

中から出てきたのは、とても小さな携帯電話のような機械。

その液晶画面上には、〝早く逃げろ〟と警告サインが表示されていた。

で、で、犯人逮捕まで書いた宗一郎は、最後まで書きたかったが、

そのメッセージを信じて、家を出ることにした。


宗一郎は、着の身着の儘、サンダルを履いて家を出た。

その後、物凄い爆発音と共に部屋が丸ごと、吹っ飛んだのだった。

幸いにも、近隣住民は留守で被害は宗一郎の家のみ。


犯人逮捕を書き終えた瞬間、爆発音が聞こえてきたという、

復讐劇のような現実を目の当たりにして、何を思ったのか犯人を、

取り逃す物語に修正して出版社に提出することにした。


その1週間後にまた、宅配業者から荷物が届いた。

また、アラーム音が鳴り響き中からは、

とても小さな携帯電話のような機械。

その液晶画面上には、〝逃がしてくれて、ありがとう〟

と言うメッセージが表示されていて、

〝御礼にこれをどうぞ〟と、追記されていた。


その箱の奥の方には、拳を冷やして治療するために使う治療薬が、

説明書とともに入っていた。


犯人を逃した小説のタイトルは、「何時も、為て遣ったりとはいかない」

売れに売れて、ベストセラーになったのは言うまでもない。



「家?!」 「壊れたままだよ」 「世の中そんなに甘くない」

※作者談


※この物語は、フィクションです。



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