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第335号『任天堂への手紙』

先日、ある部下が私にこんなことを言ってきました。

「任天堂さんって、凄いです、もう感謝の気持ちしかありません」

実に端的な言葉ですが赤面しながら言ってきたので内容が気になって「うん、どうしたの?詳しく聞かせて」と伝えて話を聞きました。

その部下は女性社員で現在は各プラットフォームメーカーの窓口業務をやっていて、日々のゲームソフトの売上の確認や報告をしています。

感覚的というか一般的な会社のポジションに当てはめて説明すると『営業』と言ってしまった方がわかりやすいかもしれません。

弊社の営業担当として任天堂やマイクロソフトなどの各プラットフォームメーカーの業務部と呼ばれる担当者とやり取りをしています。

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現在のゲームビジネスは昔と違って非常に複雑化しています。

ほんの10年くらい前までは作ったゲームソフトを売るのは、割とおもちゃの販売に近くて製造・流通・販売といったシンプルな流れでした。

しかし現在はそれとは別にダウンロード販売がありますし、ダウンロード専売のゲームソフトにも『通常版』とは別に『デラックスエディション』と呼ばれる特別なバージョンも発売されることが多いですし、それも『同梱版』と『DLC単体販売』と販売方法がわかれていたりします。

そしてそれらがそれぞれのプラットフォームごとに用意されて販売されます。

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こちらの画像を見れば一目瞭然ですが、『戦場のフーガ』という1本のゲームソフトだけでも販売する商品が3形態あってそれが6つのプラットフォームで販売されますので、実に18種類の商品ラインナップとなるわけです。

こうした各商品をそれぞれのプラットフォームで正しく販売するために各プラットフォームメーカーに申請して手続きを行い承認をもらってからようやくの発売となるわけです。

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全ての商品がそれぞれのプラットフォームのストアページに陳列され販売がスタートしても終わりではありません。

それぞれのプラットフォームで販売された実績報告と請求書の処理を行うための照らし合わせをやる必要があります。

というのも、ひと月で販売されたゲームソフトの実績報告書と請求書を見比べると誤差があったりするのです。

人によっては「そんなバカな」と思われるかもしれませんが事実です。

ゲームソフトは日本国内だけではなく世界中の数百か国で同時に販売されています。

そして実績報告書に『○月末の実績』と書かれていても、厳密に言うとそれぞれの国の時差によって締め時間が異なることで数字が少しずつ違うのです。また(困ったことに)実績報告書と請求書の締め時間も違っていたりする上に各プラットフォームメーカーごとにルールも異なっているのです。

その誤差の確認や照らし合わせや問い合わせを行うのが、冒頭で紹介した女性社員の仕事なのです。

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少し前置きが長くなりましたが、要するに『現在のゲームビジネスは売る物がバージョンによってたくさんある上に各プラットフォームメーカーごとの手続きやルールがバラバラで非常に難解でややこしくて面倒くさい!』ということです。

正直、初めてこの実態を知った時には「他のゲームメーカーも同じことをやってるの?なんで誰もこんなに面倒くさいことを文句も言わずに黙ってるの?」と思ったものですが、他のメーカーに聞いてみたら全く同じ気持ちで同じように各プラットフォームメーカーのシステムに対して改善要望を出されているとのことだったので、もう受け入れるしかありませんでした。

そしてその都度わからないことがあったら「○○ってどこで確認できますか?」と直接聞くしかありません。しかしやはりその返答や対応も各プラットフォームメーカーごとに見事なまでにバラバラの返答が返ってきます。

「日本側に窓口が無いので北米に直接問い合わせてください」

「こちらではなく別の部署に改めてメールを送ってください」

「メールは日本語では対応不可なので英語で送ってください」

「マニュアルに記載されているのでもう一度ご確認ください」

「北米に問い合わせを送ったけど2週間も返事が無い?現在担当者がバカンスに行っているようなので週明けまでお待ちください」

もう、本当にうちの女性担当者に同情したくなるほどに各プラットフォームメーカーの窓口の対応はバラバラでルールが難解で、彼女自身がメンタルをやられてしまわないか心配になるほどでした。

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ここに書いてあります、と言わない会社

女性担当者のことを心配しながら話を聞くと、1社だけ他とはまるで対応が異なるという会社があることを知りました。

任天堂でした。

彼女いわく、任天堂の担当窓口はどんな問い合わせにもひとつひとつ丁寧に返答をしてくれて細かく説明を返してくれている、とのことでした。

ある時、その問い合わせに対する返答を細かくもらった後に、弊社の別の担当者から「あの、その問い合わせ内容ってここを見れば全部わかるようになっていますよ」と指摘されて、女性担当者は顔が赤くなったと言います。

もちろんその時のそれは彼女自身の不注意です。「見ればわかる」という内容をメールでわざわざ問い合わせを出してしまったことを恥ずかしく思うのと同時に、そんな質問にすら丁寧に答えてくれた任天堂の担当者に対して申し訳ない気持ちと感謝の気持ちでいっぱいになったのでしょう。

彼女は顔を上げて私にこう告げました。

「社長がもし任天堂さんの窓口の方に会う……なんて機会は無いかもしれません、けどもし任天堂さんのもっと上の人や業務部の上司の方にお会いする機会があったら謝罪と感謝の気持ちをぜひお伝えください」

「任天堂って凄いです!『ここに書いてますよ?』って言わないんです」

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もちろんこの話を聞いてすぐにウチの副社長(営業担当)に伝えて、任天堂の業務部にはお礼を伝えました。

人は誰だって「わからないことがわからない」という瞬間はあると思います。また同時にちょっとしたパニック状態になると簡単に見つけられる情報すらも見落としてしまうなんてこともあるでしょう。

もちろんそんな時は優しく手を差し伸べたいと思いますが、他社の担当者にまでその手を差し伸べることができる任天堂という会社の懐の深さと、社会的に見えない部分ですらの温情ある行動と姿勢に改めて感謝の念を送りたいと思い、本記事を作成しました。

ありがとう、任天堂。

これからもよろしくお願い致します。

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