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追いかけあう手


この記事はnoハン会2nd小冊子企画に寄稿したものです。


ふーっと息を吹きかけ、手をこすり合わせる。
しばらく歩いていると、はらはらと雪が降ってきた。今年は例年より少し早い降雪。
折りたたんでいた傘をさし、コートのボタンをキュッと閉める。
バーか何かの曲がりくねったストローのようなネオンにはまだ明りはなく、CLOSEDの看板が傾いている。店の前の交差点で、赤いライトを無心で見つめる。

そんな、昼と夜の隙間、灰色が覆う空の下、道の向こう側の公園にはいくつかのテントが建てられていた。どうやらフリーマーケットが行われているらしい。帰ってもすることがないので、私はふらふらと公園に向って歩き出した。


・・・


『婦人服 ¥1000~』

『古本 ¥100~』

『出張カフェ!コーヒー嫌いが飲めるコーヒー』

『似顔絵1000円』

フリーマーケットにはいろんなお店が展開されているが、こんな天候だ。当然人の姿は少ない。
そんな中に、そのお店があった。

自分の描いた絵を売っているらしい。何とも言えない不思議な絵が並んでいる。
美しい絵、不気味な絵、何となくテーマがわかりそうな絵、私には理解できそうにない絵。どれも不思議と引き込まれる。

その中で、一つの絵が私の目に留まる。


二本の手。一本は数百年積み重なった地層を思わせる模様で、もう一本は地層に眠る鉱石を思わせる模様。
様々な色が目に鮮やかなそれらの手は重なることなく、まるでお互いを捕まえんとして追いかけあうように、円を形作っている。


『その絵、どう思う?』

ふと自分に飛んできた質問を聞いて初めて、店主が女性だということに気が付いた。上着のフードを目深にかぶり、フードについたファーで顔はよく見えない。急に質問を受けて驚いたが、再び絵に視線を落とし、静かに自分の感想を話した。

『ああ、なるほど・・・そんな風に見えるんだ。追いかけあう二本の手、ね・・・。

その絵ね、見る人によって解釈が全然違うの。ある人は大事な何かを包み込む腕だと言った。ある人は手を繋ぐ直前、つまり平和を望んで歩み寄る様を表していると言ったし、ある人は・・・なんて言うんだっけ、お互いがお互いの尻尾を噛んで円になる蛇みたいだと言った。

人によって解釈が変わって面白いから、その絵だけは売らずに店に飾って、立ち止まった人に感想を聞いているのよ。』

私はその後もしっとりと店主の話を聞いていた。様々な解釈があり、表情を自在に変える絵。左の腕の地層の数だけ、あるいは右の腕の宝石の数だけ、たくさんの表情があり、たくさんの人を魅了してきたのかもしれない。
店主に話のお礼を言い、立ち去ろうとした。

『お姉さんの感想、面白かったよ。追いかけあうっていうの、あなたの中で何か思い当たる節があるのかな?』

私はドキッとして立ち止まった。

『なんてね。よかったら、また来てね。』

振り返ると、店主と目が合った。フードの中に、とても優しい笑顔が浮かんでいる。店主に軽く会釈し、その場を立ち去った。


・・・


❝あなたの中で何か思い当たる節があるのかな?❞

歩きながら、店主の言葉を思い出す。
思い当たる節は、ある。
喧嘩別れした恋人のことだ。

きっかけは些細なことだった。だけどその日の私はどうしても我慢ができず、彼に文句と共に日々の不満もぶつけてしまった。彼の方も、普段からは考えられない形相になり、心無い言葉をぶつけ合った。
気づいたときには、私は家を飛び出していた。
終わりだと思った。
自分の家に帰る道中、SNSを全てブロックし、彼の姿が私の目に入らないようにした。
周りの人に別れたことを話すと、全員が目を見開いて驚いたが、優しい言葉をかけてくれた。彼がいなくても私は大丈夫だ。そう信じていた。

あれから半年。彼とは一度も連絡をとっていない。
今では、なぜあんな態度しかとれなかったのかと後悔している。あれだけ好きだったのに、積み重ねたものは、簡単に崩れた。
月日が経つにつれ、自分の中で彼がどれだけ大きい存在だったかを実感した。
あの時ああ言っていれば。
普段から本音を隠さず言えていたら。
何度も何度も後悔し、夜の数だけ枕を濡らした。だけど、メッセージを送ることも、電話をかけることもできなかった。再び拒絶されるのが怖かった。

彼のことは諦めていた。のに。


❝追いかけあう手❞

私は、彼のことが好きなんだ。そして、彼もまだ私のことを好きでいてくれている。

追いかけあう手は、私の甘い妄想。
追いかけているのは私だけ。
手が重なることは、きっともう無いだろう。

それでも
このまま、諦めていいのだろうか。
もう一度、彼の手を握りたい。
色白で少し小さめな、だけど力強く私の手を握ってくれる、彼の手。
私の左手にはまだ、彼の温度が積み重なっている。

甘い妄想を信じてみよう。
立ち止まってスマホを取り出し、彼のSNSのブロックを溶かした。
発信ボタンを押そうとする指が震えているのは、外の寒さのせいだろうか。

雪はまだ、私に向って降り続いている。



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