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詩とか

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記事一覧

春に還る

もうすぐかえります。春に還ります。春はすべてが孵ります。

懐かしい声がしますね。誰の声でしょう。あなたの声でもありますね。

もうすぐかえります。春が孵ります。すべてが還るときです。

聞こえるでしょうか。あれが芽吹く音ですか。これがつぼみの開く音でしょう。

もうすぐかえります。春の還りです。すべてが変わる春です。

優しい音がしますね。水の音です。火の燃える音かもしれません。

もうすぐかえ

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二つの朝

 二人の男が話している。

「今年もこれで終わりか」

「まだ夏だろ。もう年明け気分なの?」

「違うよ、花火。もうすぐ終わっちまうなと思って」

「いいじゃん、フィナーレ。豪華で」

「終わりが華々しくてもな。後が虚しいだろ」

 ロングのビール缶を足元に置く。

 二人の男が話している。

「お前最近、ちょっと世の中嫌いだよな」

「なんだそれ」

「厭世的っていうのかな。虚無主義的な」

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仙人の発狂

 ずいぶんと冷静に発狂するようになった、と思う。以前は怒るにも、悲しむにも、思い出し笑いすら、脊髄反射だった。理屈も自意識も差し挟む余地なく、感情は己のうちから湧いて出るものだったはずだ。近頃ではそうした理屈抜きの感情を、ほとんど感じなくなってしまった。いや、感じてはいるのかもしれない、とわたしは鶏の骨を舐めながら考える。ふと我に返ったようにしか、認識できないのだ。たとえば、今、わたしはうんざりし

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黒い足

 夕方だった。日はいつの間に暮れたのか、それともまだ山あいのどこかにいるのか、その姿は見えない。夜明け前にも似た薄藍の空に、かすかな朱の溶けた雲が残っている。それすらも徐々に生気を失い、今はまるで老衰を待つ猫のような色だけが満ちていた。光も影も存在をひそめた時間に、かれはただ座っている。風が吹き込んでくるのに合わせて、くすんだレースカーテンが開け放った窓に流れる。時おり体を撫でていく感触は、かれの

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南国でおやすみ

扇風機が回った

ぬるい風が回って

ここは南国の陽気

昼下がりの窓とカーテン越しの光

まだ少し眠い

まどろむ前に少し息をする

息を吐く

脳裏に青空が浮かぶ

じんわりと眼球が痛む

涙は出ない

おやすみもなく

境もなく

真空に吸われるように温度のない夢へ

滲む汗に鼓動が上がる

背中が温かい

湿った部屋着に扇風機の風が当たる

濡れた肌をこする

涼しくはない

ここは南国の

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まだ

ノスタルジーを誘う看板

ネオンの切れた出入口

あせた光が射す朝の繁華街

乾いた砂が風に巻き上げられて

渋柿をかじった口の中みたいな

痺れる瞼に安い色が躍る

駄菓子の味を覚えていますか

色違いのガム

香りばかり違って

実は全部同じ味

いま食べたってコーラの味がするのに

空の色を覚えていますか

集めたカードやゲーム

楽しいことがいっぱいで

見上げる余裕もなかった

いまは空

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笑う

流れゆく心を

嘘泣きみたいな笑顔に封じて

笑う

いつまでも

届かない

素敵な思いを

笑う

広がる涙が笑う

ついたため息をさらって

笑う

何度でも

吐き出される心を

笑う

震えた心と響いた声と

幸せな思いを

笑う

なにもかも失う日の夜に

笑う

何もない昼下がりに

笑う

それでしかありえないような

笑顔

涙の裏付けのように

贖罪のように

底意地の悪さを見

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海綿

花も、帽子も、手首も

夢も、寒空も、歌声も

あらゆる全部をたくわえて、

たくわえて、

潤んでいくのです。したたるほどに。

嬉しさと、楽しさと

そわそわ、うきうき

歓声を上げたいような、思いきり笑いたいような

そういう全部を吸いこんで、

吸いこんで、

膨れていくのです。したたるほどに。

塩辛い水を含み、海綿は揺れます。

揺れては揺れるうちに、

水をいっぱいたくわえて

触れ

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腐った水

亀の逃げた水槽

墓前の水挿し

片付け忘れたペットボトル

屋根裏を叩く雨

唇を濡らした雫

枯れ草の粘り水

腐った水は忘れた心

献身

あなたに花を贈りましょう

火星のうらに咲いた花を混ぜて

あなたはどんなにか笑って僕の手に触れることでしょう

そのとき僕はあなたになれるのです

あなたに花を贈りましょう

腐った水から伸びた茎を添えて

あなたはどんなにか喜んで僕の足に触れることでしょう

そのとき僕はあなたになれるのです

あなたに花を贈りましょう

沈んだ片目の宇宙に生えた葉を挿して

あなたはどんなにか嬉しがって僕の心

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炭酸を飲んで 一息つく
しゅわっとして ぱちぱちして目が覚める
ちょっと休むために飲んだのに
それでも買っちゃうんだから しょうがない

見てほしいというなら
そのまなざしがこちらを向くとき
にゃんこは脱いでもいいじゃないの

コップに水を張ってあんず味のキャンディを落としたら、こんな色が見えるのじゃなかろうか。
そんなことを考えた夕陽だった。
甘くて重たい、春の始まりが見えた。

お互い

「お互い、幸せになろうぜ」

そう言って笑い合った瞬間、彼は二度と幸せが手に入らなくなったことを確信した。