ぺの

小説かきます。絵も趣味程度でちょこっとかきます。小説中心。お題のリクも受け付けます

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マガジン

最近の記事

亀裂

あの時、俺はどうすればよかったのだろうか。ふとそんなことを考え出しても答えの出るものではない。でも、間違えてしまったことは確かなのだ。あの時確かに生じた亀裂があった。その苦い思いは遠く過去のものになり、乗り越えたといってよいと思う。しかし、たまに思う。どうすればよかったのだろうか、と。あの時生じたままの亀裂を、俺は踏み越えられないでいる。  久々に会った幼馴染は、髪を首筋までで切りそろえていた。俺の知る彼女はずっと背中まで髪の毛を伸ばしていたから、一瞬誰だか見当がつかなかっ

    • クラゲとヒトデとてんとう虫

       広い海を漂っていくのは、思いのほか簡単なことではない。海に生きる魚や、えびやその他多くのよくわからない生き物も、おおむねクラゲのことを楽して生きているものと思い込んでいるようだった。実際には、周りのものが考えるほど楽な暮らしはしていない。クラゲが楽そうに生きているように見えるのは、クラゲ自身がそのように語っているからだ。楽に暮らしていると語り、楽に暮らしているのだという顔さえ崩さなければ、だれもクラゲが努力していることに気づいたりしない。その努力は誰にも知られなくていい。努

      • 春に還る

        もうすぐかえります。春に還ります。春はすべてが孵ります。 懐かしい声がしますね。誰の声でしょう。あなたの声でもありますね。 もうすぐかえります。春が孵ります。すべてが還るときです。 聞こえるでしょうか。あれが芽吹く音ですか。これがつぼみの開く音でしょう。 もうすぐかえります。春の還りです。すべてが変わる春です。 優しい音がしますね。水の音です。火の燃える音かもしれません。 もうすぐかえります。春で孵ります。あなたのすべてが還ります。 音がしませんか。静かですね。

        • 空想スケッチ

           音はしない。 いつも見る夢だ、と彼女は言う。 果てしない遠くのほうまで、水面が広がっている。見渡す限り、水面が続いている。ところどころ群生する木はさして背が高いわけではない。何かにしがみつくようにまとまって生えていて、それがまるで水田のなかにぽつんと残った祠を守っているような唐突さがあるのだという。 彼女はいつもそこに立って、ただ立って周りを見渡している。 木になったような気分になるというのだ。まるで取り残されたような気分が。 夢には彼女のほかに、もう一人登場する。彼女と同

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        • 小説
          17本
        • 詩とか
          16本

        記事

          二つの朝

           二人の男が話している。 「今年もこれで終わりか」 「まだ夏だろ。もう年明け気分なの?」 「違うよ、花火。もうすぐ終わっちまうなと思って」 「いいじゃん、フィナーレ。豪華で」 「終わりが華々しくてもな。後が虚しいだろ」  ロングのビール缶を足元に置く。  二人の男が話している。 「お前最近、ちょっと世の中嫌いだよな」 「なんだそれ」 「厭世的っていうのかな。虚無主義的な」 「虚無主義? 意味分かって使ってるか」 「分からんけど」  笑い合う声が階段に

          二つの朝

          仙人の発狂

           ずいぶんと冷静に発狂するようになった、と思う。以前は怒るにも、悲しむにも、思い出し笑いすら、脊髄反射だった。理屈も自意識も差し挟む余地なく、感情は己のうちから湧いて出るものだったはずだ。近頃ではそうした理屈抜きの感情を、ほとんど感じなくなってしまった。いや、感じてはいるのかもしれない、とわたしは鶏の骨を舐めながら考える。ふと我に返ったようにしか、認識できないのだ。たとえば、今、わたしはうんざりしているのか、というふうに。 「いい加減、何とか言ったらどう」  彼女は苛つい

          仙人の発狂

          黒い足

           夕方だった。日はいつの間に暮れたのか、それともまだ山あいのどこかにいるのか、その姿は見えない。夜明け前にも似た薄藍の空に、かすかな朱の溶けた雲が残っている。それすらも徐々に生気を失い、今はまるで老衰を待つ猫のような色だけが満ちていた。光も影も存在をひそめた時間に、かれはただ座っている。風が吹き込んでくるのに合わせて、くすんだレースカーテンが開け放った窓に流れる。時おり体を撫でていく感触は、かれの意識を体から解き放つのには適していた。  なかば朦朧とした意識で、妹のマニキュ

          南国でおやすみ

          扇風機が回った ぬるい風が回って ここは南国の陽気 昼下がりの窓とカーテン越しの光 まだ少し眠い まどろむ前に少し息をする 息を吐く 脳裏に青空が浮かぶ じんわりと眼球が痛む 涙は出ない おやすみもなく 境もなく 真空に吸われるように温度のない夢へ 滲む汗に鼓動が上がる 背中が温かい 湿った部屋着に扇風機の風が当たる 濡れた肌をこする 涼しくはない ここは南国の夕方 こめかみの汗が風を湿らせる あのね 夢を見たんだ 喉が渇いて なん

          南国でおやすみ

          まだ

          ノスタルジーを誘う看板 ネオンの切れた出入口 あせた光が射す朝の繁華街 乾いた砂が風に巻き上げられて 渋柿をかじった口の中みたいな 痺れる瞼に安い色が躍る 駄菓子の味を覚えていますか 色違いのガム 香りばかり違って 実は全部同じ味 いま食べたってコーラの味がするのに 空の色を覚えていますか 集めたカードやゲーム 楽しいことがいっぱいで 見上げる余裕もなかった いまは空ばかり見ているというのに 出会ったきっかけを覚えていますか おばあちゃんと出

          笑う

          流れゆく心を 嘘泣きみたいな笑顔に封じて 笑う いつまでも 届かない 素敵な思いを 笑う 広がる涙が笑う ついたため息をさらって 笑う 何度でも 吐き出される心を 笑う 震えた心と響いた声と 幸せな思いを 笑う なにもかも失う日の夜に 笑う 何もない昼下がりに 笑う それでしかありえないような 笑顔 涙の裏付けのように 贖罪のように 底意地の悪さを見せつけるように はみ出たすべてをまとめて とっさに一つにこね合わせて 「す

          海綿

          花も、帽子も、手首も 夢も、寒空も、歌声も あらゆる全部をたくわえて、 たくわえて、 潤んでいくのです。したたるほどに。 嬉しさと、楽しさと そわそわ、うきうき 歓声を上げたいような、思いきり笑いたいような そういう全部を吸いこんで、 吸いこんで、 膨れていくのです。したたるほどに。 塩辛い水を含み、海綿は揺れます。 揺れては揺れるうちに、 水をいっぱいたくわえて 触れたら今にも、 したたる。 こぼれ落ちる前に、ああ、待ってくれ。 乾くまで、

          腐った水

          亀の逃げた水槽 墓前の水挿し 片付け忘れたペットボトル 屋根裏を叩く雨 唇を濡らした雫 枯れ草の粘り水 腐った水は忘れた心

          腐った水

          沈む空に

           夢は終わった。もう長いこと、ずっと見ている夢だった。揺られ漂って、少女は青い水の中で息を吐いた。真正面に向かって泡が膨らんでいく。なら、今は仰向けになっているのだろう。ずっと遠くに輪郭のない太陽が見える。水の中にその色は蒼あおい。しゃがれた波の中に少女の吐いた息が切り揉まれて太陽を崩していく。少女はゆっくりと瞬いた。衣服を絡めた手足がどこまでも沈んでいく。髪が広がっては纏まといついていく。太陽に泡が絡む。どこまでも沈んでいく。いつまでも落ちていく。そのすべてに、音はなかった

          沈む空に

          昇り階段の青

           昇る階段の先に空がある。彼女は階段を昇るのが好きだった。拍を取る爪先。イヤホンのコードに映る空色。自分から顔いっぱいに風を受ける。上から吹き降ろす風に足を差し出して次の一歩を踏む。頭こうべを上げて首を伸ばす。昇り階段では、彼女は下を向かない。踊り場に向けて真っ直ぐ眼差しを向けていられる。手すりを掴んで踊り場を折り返し、次の十段へ。灰と白のミルフィーユの先にはまた空が彼女を見下ろす。空は青い。雲を刷いて、ガラス板に押し付けたようだ。立体的なのか平面的なのか判然としない。彼女だ

          昇り階段の青

          にゃんこがおる

           にゃんこがおる。道路のなかの安全地帯ににゃんこが生えていた。本物じゃない。エネルギーの噴出物がにゃんこの形をとっている。そんな感じに思えた。ちょっと亡霊チックである。ニャーンと平坦な鳴き声が聞こえるような気がする。もちろん気のせいだ。だって頭の中にダブった道路の中に生えたにゃんこだから。普通、にゃんこは生えない。道路だろうが草むらだろうが、生えたりしない。これは想像上の、ちょっとおかしなにゃんこである。  車の助手席でぼんやりしていたら、路面の道路標示、安全地帯に誘導する

          にゃんこがおる

          水たまりの入り口

          少年は傘をさして駅からの家路を歩いていた。雨はもう降っていなかったが、濡れた折り畳み傘をぶら下げるのも、鞄の中に突っ込むのも御免だ。くるくると傘を回して、雨水をはね散らかす。紺青の空にくっきりと淡い灰色の雲がたなびいていて、尾を引いたその輪郭は薄く滲んでいた。そう遅くはない時間だというのに、とうに月が昇っていた。月をはらんだ雲が、丸く虹を作って雲の濃淡を彩っている。おぼろ月というには隠れすぎていた。小さな月が群れを成して寄り添っている上から雲がかぶっているようだった。 ライ

          水たまりの入り口