二つの朝

 二人の男が話している。

「今年もこれで終わりか」

「まだ夏だろ。もう年明け気分なの?」

「違うよ、花火。もうすぐ終わっちまうなと思って」

「いいじゃん、フィナーレ。豪華で」

「終わりが華々しくてもな。後が虚しいだろ」

 ロングのビール缶を足元に置く。


 二人の男が話している。

「お前最近、ちょっと世の中嫌いだよな」

「なんだそれ」

「厭世的っていうのかな。虚無主義的な」

「虚無主義? 意味分かって使ってるか」

「分からんけど」

 笑い合う声が階段に響く。


 二人の男が話している。

「悲しいかな、世は喫煙者排除の時代だからな」

「まだ言ってたのか。やめたんだろ」

「そう簡単にやめられたら誰も苦労しない」

「意志の弱さが出てるぞ。ほら」

「どうも」

 二人が座った階段に煙が流れる。


 二人の男が話している。

「いつまで俺の夢に出てくるつもりなんだ」

「なんだよ。またその話か」

「だっておかしいだろ。毎日毎日」

「別に迷惑かけてないと思うけどなあ」

「迷惑じゃないけど、ただ」

「あ、見ろよ。花火終わった」

 鮮やかな夜空に、くすんだ煙が残っている。


 二人の男が話している。

「前に話したことに戻るけどさ、世の中が嫌いっていいよな」

「これはもしかして馬鹿にされてるか?」

「違う違う。本心から」

「なんて奴だ。本心から馬鹿にしてるのか」

「聞けよ」

 笑う合間にビールを飲む。


 二人の男が話している。

「嫌いでいられるって、生きてるからだろ」

「…………」

「戻れるもんなら、正直、戻りたい」

「……戻ったら何したいんだ?」

「あほか。生きるに決まってんだろ」

 ビール缶がきれいな汗をかいている。


 二人の男が話している。

「知ってるか。最近、夜明けが来るんだ」

「ポエムか」

「今日はやけに茶化すな」

「ごめん」

「俺にも多分、もうすぐ朝が来る」

「…………」

 缶を置いた階段に、丸い染みが滲んでいる。


 二人の男が話している。

「もうお前の夢にも出て来られなくなるなあ」

「……今度は俺が、お前の夢に行ってやろうか」

「やめとけやめとけ。夜は長いぞ」

「でも」

「そろそろ諦めろ。自分で死んだらもっと夜が長そうだし」

 外階段には切れ切れの蛍光灯がひとつ、虫を集めている。


 二人の男が話している。

「仕事のほうはどうなんだよ」

「ぼちぼちだな。可もなく不可もなく」

「相変わらずだな。せいぜい頑張れよ。昇進できねえぞ」

「うるさい」

「長いこと話せて楽しかった」

「……もう終わりなのか」

「夜が終わるんだ。それだけ」

 空は青を吹きさらしていく。


「あ、ほら見ろよ。朝だ」


 二人の上に、二つの朝が広がっている。


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