にゃんこがおる

 にゃんこがおる。道路のなかの安全地帯ににゃんこが生えていた。本物じゃない。エネルギーの噴出物がにゃんこの形をとっている。そんな感じに思えた。ちょっと亡霊チックである。ニャーンと平坦な鳴き声が聞こえるような気がする。もちろん気のせいだ。だって頭の中にダブった道路の中に生えたにゃんこだから。普通、にゃんこは生えない。道路だろうが草むらだろうが、生えたりしない。これは想像上の、ちょっとおかしなにゃんこである。

 車の助手席でぼんやりしていたら、路面の道路標示、安全地帯に誘導するためのペイントににゃんこが生えていた。おー。今日も元気に疲れてるな、私は。さっきも言った通り、これは唐突に浮かんできた想像、いや妄想でもいいかもしれない。他の車がその上を通ると、霧みたいにその輪郭が掻き消えて、車が過ぎ去るとまた煙がにゃんこの形になる。それが何度も繰り返された。にゃんこは生えるたびにニャーンと鳴いた。まぬけ面してかわいい奴め。電子音みたいな鳴き声しやがって。車は交差点を過ぎて右折する。すると、曲がった先の横断歩道の白線部分にまたにゃんこがおった。ここにも生えていたか。車の先端が差し掛かると輪郭が揺らいで姿が消える。ふと目をやると、黄色の中央線にもにゃんこがおった。ここもかよ。今度は黄色の線と同じ色だ。オレンジ色というべきか。ニャーンと鳴く声はちょっと割れ気味である。本当に電子音みたいだ。速度の数字をペイントしたところにもにゃんこが生えて、「五十キロ」と例の電子音みたいな鳴き声が聞こえた。そもそもそこれは鳴いていると表現してもよいのだろうか。通り過ぎて先のカーブに、イルミネーションのようににゃんこが出現し始めた。ウェーブのようにずらっと増えては、カーブしていく車の風圧に押されて溶け消え、また形を取り戻してこちらを向き、声を揃えてニャーンと鳴きやがった。なんかちょっと感動した。そこを通り過ぎて行ったら、また横断歩道が見えてきた。そこにもやっぱりにゃんこがおる。その前のひし形の道路標示にもにゃんこが生えた。まるで邪魔するみたいなタイミングだな、なんて思っていたら、横断歩道の手前にあった自転車横断帯にすっとにゃんこが生えてきた。ここにも、と思う間もなく、にゃんこの奴は滑るように横断帯をスライドしてニャーンと鳴きやがった。思わず笑ってしまって、運転席の親に変な顔をされてしまった。くそ、にゃんこの野郎め。信号待ちの間、にゃんこは幾度となく自転車横断帯を往復した。その交差点を進んでいったら、今度はちょっと大きい道路にぶつかる交差点になる。道路標示はにゃんこのオンパレードだ。黄色い中央線があって、右折左折用の矢印のペイントがあって、ひし形の標識、その先には横断歩道があって、問題の自転車横断帯もある。ここまで増えてくると、にゃんこは勝手に消えたり生えたりしていた。消えて新しい場所に生えるたびに、ニャーンとこちらを向いていた。その先の道路にも、道路標示さえあればにゃんこがおる。

 それなのに、何度首をひねっても、にゃんこがどんな顔をしていたのかが思い出せないのだ。まぬけ面だったことは覚えている。あほ面だったことも覚えている。ほとんどが白く、足はエネルギーが吹き上げるように生えていた。スライドもしたし、一度はしゃべった。しかし、猫のような顔はしていなかったし、イラストに書ける自信もない。書いてしまっては違うものとして記憶がすり替わってしまう気がする。

 それでもにゃんこは道路におった。もう二度と会うことはないだろう。それなら、もう一度会ってもいいような気さえする。


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