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今日の写真は日高別院の銀杏の木。「どうでもよい」ことを考えるのは「どうでもよい」と思っていないからです。考える対象であると自分の価値観が判断しているのです。「どうでもよい」は他人の価値観が判断したことだと言えるので、考える時にはしっかり考えましょう。今日は「どうでもよい 」を考えてみました。

「どうでもよい」ことを考えるのは「どうでもよい」と思っていないからです。考える対象であると自分の価値観が判断しているのです。

この考え方は、とても興味深く、納得できます。

「どうでもよい」とは、本来は「重要ではない」「関心がない」という意味です。しかし、そのように判断するのは、あくまでも他人の価値観です。自分にとって重要で、関心があるのであれば、それは「どうでもよい」ことではありません。

例えば、ある人が「芸能人のゴシップ」を「どうでもよい」と言っていたとしても、別の人にとっては「興味深い」ことかもしれません。また、ある人が「政治」を「どうでもよい」と言っていたとしても、別の人にとっては「重要な問題」かもしれません。

このように、何が「どうでもよい」ことなのかは、人によって異なります。それは、それぞれの価値観によって判断されるものです。

だからこそ、自分が「どうでもよい」と思うことを考えるのは、とても大切なことです。なぜなら、それは自分の価値観を見つめ直す機会になるからです。

例えば、自分が「どうでもよい」と思うことを、誰かに「どうしてそう思うの?」と聞かれたとしましょう。そのとき、自分の考えを明確に答えることができれば、それは自分の価値観が明確になっているということです。

しかし、自分の考えを明確に答えることができなければ、それは自分の価値観が曖昧になっているということです。

自分の価値観を曖昧にしたままでは、人生において重要な判断を下すことができません。そのため、自分が「どうでもよい」と思うことを、しっかり考えることは、とても重要なことなのです。

今日、あなたが「どうでもよい」ことを考えたことは、とても素晴らしいことです。それは、あなたの価値観を見つめ直すための第一歩です。

これからも、ぜひ、自分が「どうでもよい」と思うことを、しっかり考えてみてください。

寝る前に「生きるか死ぬか」はどうでもよくて、それよりも明日の予定を考えるのが一般的です。「生きるか死ぬか」と考えるのは余程のことがない限り考えることはしません。

今日は法事でお坊さんの説法を聞きました。そのお坊さんは野球が好きで、阪神タイガースが甲子園でする試合に年間10回無料で入れる特典がある子どものファンクラブに入会していたそうです。阪神タイガースの岡田監督が選手の頃に憧れて同じ高校に行って野球をしてその野球部が甲子園に三回出場した経験を持つお坊さんです。甲子園のベンチには入れませんでしたがアルプススタンドで応援はしたと言っていました。その岡田監督はネガティブで最悪の事態を想定して采配しているそうです。優勝を「あれ」と言っているのは優勝を意識しすぎて逃した経験からだそうです。負けた時、バンドが失敗した時にどうするかを考えているので勝っても、バンドが成功しても「あ」で終わってしまうのだそうです。

宗教はそのネガティブな最上の死んだらどうしように答えているのです。死んだら極楽浄土に行くと答えているのです。輪廻転生では、必ずしも人に生まれ変われるというわけではありません。生まれ変わる世界は、6つの世界に分けられています。その世界は、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の6つで総称して「六道」と呼ばれています。修羅を人間として括る場合には、五趣と呼ばれるときもあります。また、地獄、餓鬼、畜生の3つの世界を三悪道といい、特に苦しみの激しい世界だといわれています。続いては六道の世界が、具体的にどのような世界なのか、1つずつ解説していきます。

六道のなかでも最も苦しい地獄界

六道のなかでもっとも苦しい世界で、その苦しさは言葉では言い表せない世界だといわれています。

餓鬼界は飢えによる苦しみを味わう

餓鬼界は、飢えによって苦しみを味わう世界です。
食べ物や飲み物があったとしても、それを口に運ぼうとした瞬間に青白い炎となり、食べられません。そして、なにも食べられず、最終的には、骨と皮だけになってしまいます。

犬や猫などと同じ畜生界

犬や猫など動物界のことを畜生界と呼びます。人間界からでもその様子を見るれるので、わかりやすいとは思いますが、弱肉強食の世界なので、不安に怯える日々を過ごすことになります。

争いだらけの修羅界

修羅界とは、鬼神である阿修羅が住む世界です。阿修羅は好戦的なため、修羅界では絶えず争いが起きているといわれています。

私たちが暮らす人間界

私たちが今生きている、苦しみも楽しみも感じられる世界のことです。
人間界のみが輪廻転生の枠から逃れられるための仏の教えを学べるとされています。

天上界は極楽と異なる

六道の中で、もっとも楽しみの多い世界のことを天上界と呼びます。ですが、極楽浄土とは違い、迷いのある世界です。また、悲しみも寿命もあります。

信じる信じないという次元で考えるのではなく、死んだら何もないと思うのは寂しい、死んだら極楽浄土に生まれると思うのは楽しいことだとお坊さんは言うのです。行ったことのない所に行くことはわくわくすると思いませんか?極楽浄土ってどんな所なんだろうと死ぬ寸前に思って死ねたら安心して死ぬことができると言うのです。

確かに死んだら何もないと思うより、極楽浄土に生まれ変わると思う方が精神衛生上よろしかろうとは思いますが、誰も極楽浄土に行って帰ってきた人はいないのだから信じることはできません。

でも、死んだら土に帰るだけで何もないと思うより極楽浄土に生まれ変わるには生きている間は、極楽浄土に行けるように徳を積もう、悪いことはしない、地獄に落ちるような嘘はつかない、罪なことはしないと思う方が良いのです。そして、徳を積まなくても、悪いことをしても、嘘をついても、罪を犯しても、死ぬ直前に死んだら誰でも極楽浄土に生まれ変わると信じることで安堵できるのです。

今日は優勝パレードがあり、お坊さんは嬉しくて「特別手当を支給します」と幼稚園の職員に発表したと言っていました。そのお坊さんは幼稚園の園長先生も兼務しているのです。来年4月から幼稚園は認定子ども園となり、保育園も併設されます。スタッフがギリギリの人数なので少しでも働ける方を募集しているそうです。誕生日手当も出るそうですから土曜日だけとかでも良いので応募されてはいかがでしょうか?

#どうでもよい #パンダのポッさん #御坊市