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にがうりの人 #53 (諦観の臍)

 なにかと口を挟むキャバクラ嬢に私は辟易していた。しかしながら何もかもを見透かしたような態度に苛立ちを感じながらも、ある種の興味がある事も否めなかった。
 この仕事を始めてからというもの地位や名誉を背景にしたお世辞にも品があるとは言えない人間の相手ばかりをしてきた。もちろんそういった質の人間が存在するからこそ私の仕事が成り立つという事も分かっている。だからこそなのだろうか。
 しかし女の言葉にいちいち反応してしまうのは本意ではない。それどころか目的遂行には邪魔なのだ。

✴︎

 月日は無情に流れ、それとともに私は削り取られていく。そして糸を掴めないままその日はあっという間に訪れた。

 所詮私の人生などそれほどのものなのだ、などと愚痴りそうになるが、覚悟を決めなければならない。いや、覚悟などとうに固めていたはずなのにそんな心境にさせたのはまだ先にある暗い未来に恐れ戦いているからなのだろうか。
 ともかく私はいつも通り待ち合わせ場所へと向かう。一つ違うのは通い慣れたファミリーレストランをやめ、新しいカフェに変えたことだった。

✴︎

 コーヒーを注文し、それとなく周りを見回した。あの女はいない。胸をなで下ろし、私は目をつむった。取引相手が現れる前に内容を確認するためだ。
 だが、今日の話は私にとっていささか重い。私の中をその過去が駆け巡ると脳が悲鳴を上げた。身体が拒絶しているのだ。いつの間にか息が上がり、額に汗が伝うのを感じるといても立ってもいられなくなり目を開けた。
 空になる自分とあと残りわずかの過去が私を追いつめているのだ。

 本当の最後が迫っている。それも覚悟出来ているはずだった。

 だが、私の魂は必死になって私の行いを制止するのだ。たまらず私は外を眺めた。
 そしてその刹那、再び恐怖が襲った。ガラスに写った自分の顔だ。それは自分の頭の中にあるイメージをかけ離れ、まるで人間とは思えない形相だった。頬はこけ、青白く、そしてなにより驚いた事はその表情が無いという事であった。いうなればのっぺらぼう。私は思わず叫びそうになり口に手を当てる。

「だ、大丈夫ですか?」

 我に返り顔を上げ、キャップのつば越しに見えたのは気の弱そうな男だった。よれよれの背広にスラックス、脂っぽい長髪に洒落っ気の無いメガネをかけている。
「な、な、なんだか気分が悪そうで、ですね」
 男は私を気遣うように覗き込んだ。私は我に帰りハンカチで額を拭う。
「ああ、ご心配なく。早速ですが、お取り引きの話を致しましょう」

続く

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