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にがうりの人 #80 (地獄での邂逅)

 まるで赤い照明を点けたと錯覚する程、それは凄まじく、地獄絵図だった。
 リビングテーブルの上で仰向けで倒れている母親と思しき女性は正面から数十カ所刺されたのか、腹からは内蔵が飛び出している。小学生と思われる男の子はちょうど切腹した後の武士のように正座から前のめりで息絶えた上、背中もメッタ刺しにされていた。
 そして最後まで抵抗したのか、父親と思われる男性はソファでゴルフクラブを握りしめたまま頸動脈から血液を噴き出して死んでいた。客人をもてなそうとしたのか傍らにはコーヒーメーカー転がり、淹れたばかりのコーヒーがぶちまけられ、芳醇な香りを放っている。それが逆に異様でGは胃袋から酸っぱいものが上がってくるの感じ、その場に吐瀉してしまった。
「なんだこれは」
 Gは動転したが、なんとか内ポケットから携帯電話を取り出した。手の震えは止まらない。だが、早く警察に連絡しなければならない。
 その時、突然手に持った携帯が勢いよく鳴りだした。ディスプレイには非通知と表示されている。
「もしもし」
 Gは恐る恐る受話器の向こうに話しかけた。
「Gさんですか?」
 聞き慣れた声が耳に飛び込んでくる。
「Tか?これはどういうことだ?一体何が起こっているんだ?」
 受話器のむこうでしばらく無言が続く。
「おい、聞いているのか?」
 Gはいても立ってもいられなくなり、語気を荒げた。辺りはペンキをぶちまけた様に血液で染められている。その中に事切れた人間が投げ出されている光景は恐ろしさを超越し、見とれてしまう危うさがあった。なによりもそれが恐怖である。

「私がやったんですよ」

 受話器からの冷たい口調にGの背筋は凍り、絶句した。
「なぜあなたの奥さんが自殺したのかお分かりですか」
 ただでさえ非現実的な状況に卒倒してしまいそうなところへ、唐突に妻の死を突き付けられたGは戸惑った。
「私が彼女を犯し、その結果妊娠したからですよ。そしてあなたが飛び跳ねて喜んだ第二子は私と奥さんとの子供というわけです」
 走馬灯のように思い出される。妻が懐妊し、喜ぶ自分。だが、そんな時もどこか物うげな妻。Tの淡々とした口調はまるで子守唄の様で気を失ってしまいそうだった。
「あなたから投資のために受け取った金を私が騙し取ったと思ったみたいでね、私に苦言を呈して来たんですよ。腹が立って襲ったらご丁寧に妊娠までしてくれまして」
Tは残虐な事を感情を一欠片も乗せずに話す。
「だけど彼女は勝手に死んでくれた。正直ラッキーと思いましたよ。なにかと邪魔な奥さんがいなければ、私に従順なあなたの財産も自由になりますしね」
Gは感情を抑えきれず壁に拳を打ちつけた。
「お前、自分で言っている事が分かっているのか」
 怒鳴った声は微かに震えていた。

続く

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