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にがうりの人 #47 (鈍重な刃)

 それでも私は復讐の為に様々な手段を試みた。しかし到底私などのような弱者に出来る事は限られており、全てなしのつぶてに終わった。
 男の言うとおり、どうやら蒲田はその大きさすらわからない権力を背景に私の手の届かない場所にいるようだった。マスコミはおろか、警察及び行政機関までもが私の告発を受け入れようとしない。八方を塞がれた私は理性を失い、錯乱した。

✴︎

 その日、蒲田が自ら経営する六本木のクラブで夜通し遊んでいるという情報を掴んだ。私は物陰からクラブの入り口を見張っていた。地下からポッカリと口を開けているその入り口は地獄へ通じるトンネルに思えた。

 蒲田を殺す。

 私にとっての動力はその一点だけであった。それ以外は何も見えない。いや、ありとあらゆる現実から逃避し、蒲田を殺すという非現実的な目的だけを現実としていた。懐にはサバイバルナイフがずっしりとその存在を主張している。
 金曜日ということもあって、会社帰りのサラリーマンや学生が街を賑わせていた。楽しげにカップルが脇を通り抜ける。そうして場違いな殺意を私は抱きながら、都会の祭りの中をひたすらに待った。

✴︎

 何時間そこに居たのだろうか。やがて喧騒が去り空が白んでくると、カラスの声が虚しく目立ってきた。卑猥な色を投げていたクラブの看板照明が太陽の光を待っていたかのように消えると、大声が地下からの階段を上がってきた。
 まず大男が二人。私はその二人を見つけると、なにか得体の知れないものが背中に宿る気がした。武者震いなのだろうか。
 私の視線の先には大男がいる。蒲田のボディガードであり、彼らの居るところに蒲田が居るのだ。私は息を殺して凝視する。

 そして二人の後に、蒲田が続いた。

 蒲田は大男の後ろを肩で風を切るように歩いていく。そして彼の後ろに数人、続く。彼らは一様に目つきが虚ろで、挙動が怪しい。蒲田は彼らに蔑んだ視線を送るとケラケラと笑った。

 悪魔の笑い声だった。

 私は彼らが歩き出すと背後から忍び寄った。
時間を確認するわけでもなく、腕時計に目をやる。それは就職祝いにと高峰がくれたものだった。
 私の胸は締め付けられ、目頭が熱くなるのをこらえると、懐を触ってサバイバルナイフを確かめた。

 何が悪いのか。誰が悪いのか。

 私の頭の中で疑問が渦巻いていた。何度も何度も繰り返しては自問自答してきた。
 それでも答えは出ない。本物の正義はない。

 蒲田まで五メートル。私は歩みを速める。サバイバルナイフをギュッと掴み、朝の空気にきらめかせた。
 大男が私に気づき私を制止する。
 誰かが悲鳴をあげ、誰かがよろめいて倒れる。
 刃がまるで意思を持ったかのように先へと進んだ。その先には蒲田の皮膚があり、それを突き破れば、心臓をえぐる。

 すべての音がなくなり、まるで映画のワンシーンのようなスローモーションを感じた。

続く

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