にがうりの人 #52 (寂寞の星空)
「適当に答えないでよ。キャバ嬢だよ、キャバ嬢」女は私の肩をはたきながらケラケラと軽薄な笑い声をあげた。
キャバクラ嬢といえばドレスを身にまとい綺麗にメイクをしている浮世離れした印象なのだが、目の前の女はジャージ姿である。首から上は確かにメイクが施されているが、接客業とはほど遠い気がする。そういう意味では浮世離れしているのか。
「こういう仕事しているといろんな人間と話す機会があるんだけど」
私と似ていると思う。客の好みを合わせて話を選ぶのは共通点かもしれない。ただ違うのは私は話役、女は聞き役といったところか。不思議なものだと苦笑する私を尻目に女は続ける。
「誰しもが悩みを抱えてる。ある国会議員は女房とうまくいかないって頭を抱えてるし、ある医者は自分は癌なんじゃないかって怯えてるし、ある経営者は誰かに監視されてるんじゃないかって疑心暗鬼になってる」
饒舌な女を等間隔の街灯が照らしては再び暗がりへと送る。女の口は止まらない。
「でもね、問題は悩みの内容じゃない。彼らは私にこう言ってもらいたいだけ」
女はそこで立ち止まり、柔らかい笑顔を見せた。
「大丈夫よ。だってあなたは素晴らしい人生を歩んでいるじゃない」
そして女は笑顔を消し、両手を広げて呆れた表情でため息をついた。
「結局今いる自分の位置を確認したいだけなのよね。だからあんたの客もその類よ」
女は私を指差すと眉を下げた。
「下を見ていかに自分が満ち足りているかの確認作業をしてるだけ」
夜の静寂に女の声がこだまするようで私はそれが気が気で無かった。ようやく駅前の明かりが見えてくると女は急に足を止めた。私はそれに気づき振り返る。
「じゃあ、ここで」
何も無い空き地のような場所である。
「ここ?駅はもうすぐだぞ」
私が駅を指差し、再び女を振り返ると既にその姿はなかった。その瞬間戦慄したが、冷静に考えれば私には女が何者であるかなど全く関係なく、何事も無かったかのように再び駅に向かって歩き出した。駅に向かう途中、女がそういった科学的根拠の無い不可解なものであったほうが都合がいいな、などとふと思った。
✴︎
取引を重ねれば重ねるほど、客も選ばなければならなくなる。それはこの商売が所謂「仕入れ」をしないからである。
もっとも、それは私が私の意志で行っていることだ。金を稼ぐことが目的ではない。とは言え、客が欲している商品が無いことには取引にはならない。したがって依頼を断る事も多くなってきた。
需要と供給のバランスが崩れ始めている。
分かっていたことだ。
パソコンを起動する。そしてファイルに保存している客のデータを開いた。情報を確認し、今度は私の過去を紐解く。殆ど空になった私のファイルを覗くと、言い知れぬ恐怖に襲われた。
こんなことは一度や二度ではない。だが、目に見えて底が見えるとそれは現実味を増す。私はこの期に及んでまだ、感覚が残っている自分を叱咤する。
夜の闇の中を行く。私の心の中も真っ黒になって、体との境目すら自分でも見えなくなっていた。
対照的に闇の中へ光を放つファミリーレストランはまるでメリーゴーランドのようだった。あと何回訪れる事が出来るのだろうか。ふとそんな事を思ってしまい、慌てて振り払う。
続く
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