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にがうりの人 #41 (疑念の発条)
「弁護士は依頼人の為に職務を誠実に全うしなければならないのはもちろんご存知ですよね?おたくの価値観だけで困っている人の依頼を断るって言うのはどうなんですかねえ」
高峰に笑顔が消えた。私も急な展開に頬が引き攣っていくのを感じる。記者が発した「依頼を断る」という言葉は明らかに会話の中から得た情報では無かった。
そこで私は察した。これは好意的な取材ではない。
「色々調べさせてもらったけどね、おたく以前にも人格を疑うような事してるみたいじゃない。法に触れていないとしても、倫理的にどうなんでしょう」
記者にも私にも、そして高峰にも取材当初の笑顔は無かった。記者は煙草を灰皿に押しつけると、炯々とした目をよりいっそう開いて慇懃に言った。
「うちらは司法が裁かない悪でも世間という裁判官に裁いてもらうのが仕事なもんでしてね。これからも調べさせて頂きますよ」
記者達は帰り支度を始めた。私はたまらず席を立とうとする彼らの前に立ちはだかった。
「ちょっと待ってください。一方的に何なんですか」
「君は何?パラリーガル?」
ショルダーバッグを肩にかけた記者が横目で私を睨んだ。
「君も気をつけたほうがいいよ。弁護士の中には恣意的に動く連中もそりゃ多いが、この男は度が過ぎている」
そう言い放ち入り口に向かった。そしてドアに手をかけると再び彼らは振り返った。
「今日は挨拶のつもりでやってきましたが、追って記事にさせてもらいますよ」
感情の無い声でそう言うと、訪問時とは真逆の態度で事務所を後にした。
事務所には重い沈黙が流れる。高峰は窓の外を眺めていた。本格的に夏が到来し、陽炎が揺れている。室内の冷えすぎた空気が皮肉に感じられた。
「責められるような事は、何もしていない」
消え入りそうな声だった。
「安心していなさい」
いつもの高峰の様子とは違った。表情がにわかに曇っているのも気になる。私の中に小さな影ができていた。
その小さな影の中に私は沈んでいく。そして更に私を疑心暗鬼の沼に引きずり込んでいった。
人間は一度疑念を抱くとなかなか払拭することは出来ない。それが私と高峰の礎となっていた信頼を揺るがせるようになった。
私は高峰を疑っている。
彼の過去に一体何があるのか。
私は高峰の目を盗み、事務所に存在する昔の資料を引っ張り出しては目を皿にして調べた。だが、彼の仕事ぶりは現在と変わらず、むしろ一人でこれだけの案件をさばいていたと思うとかえって感心したものであった。
続く
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