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にがうりの人 #89 (輪廻の収斂)

「ああ、こいつな。俺も読んだわ。あんたの事やないか。どっから漏れたんやろな。やっぱり怖いんか?」
「怖い?馬鹿な事言うな。なんの証拠も無いし、表向きは事件自体が解決済みなんだ。俺は無関係なんだよ。まさかお前がどこかで口走ったんじゃないだろうな?」
 そう言って京介をぎらりと睨みつけた。
「へへへ。あんたらしくないねんな」
 京介はポケットからタバコを取り出し、火をつけた。
「安心せえや。だいたい俺があんたの事を他人に晒して何のメリットがある言うねん。それに、あんたからはまだまだ援助してもらわなあかんからな」
 眉を下げ、京介はその恵まれた体格を大きく揺らした。
「マスコミにも圧力をかけとけ。映画化なんかされたらかなわないからな」
 京介は黙って頷き、神崎の差し出したプラチナカードをひったくって部屋を後にした。


 神崎は極力自分の忌まわしい過去には近づかないようにしていた。不用意に近づこうとするからぼろが出て、足がつく。
 だからこそ邪魔者を消すことにしても自らの手を汚す事はせず、京介やその手の裏稼業に依頼するのだ。彼によって業界から世間からあるいはこの世から抹殺された人間は枚挙に暇がない。
 だが神崎に罪悪感など欠片ほども無かった。
 今この瞬間の満足の為に生きる。自分が成功する為なら他人などどうなってもいい。
 それが命であってもだ。
 そうやって生きてきたし、これからもそのつもりだ。ひねりつぶしてきた人間など結局それまでの人生だったんだろう。自分の知った事ではない。
 だが今の神崎には嫌な予感を拭えなかった。得体の知れない何かが眠りから覚め、自分を襲ってくるような感覚。自分が負ける事は無い。全戦全勝で終わるのだ。振り切るようにそう心の中で呟いた。
 と同時にデスクの上の固定電話がなりだした。ふうと息を吐き、受話器を取って耳へやる。相手は受付からだった。
「社長に昔からの知人とおっしゃられる方から外線が入っておりますが、如何致しましょう」
 神崎は急に寒気がした。冷たい金属が背筋に伝うように身震いする。何かが通り過ぎたのかと後ろを振り返るが、なにもない。
「つないでくれ」
 微かに声が震えた。

「もしもし、神崎さんですか」

 低いトーンの声が受話器全体に響いていた。
「どなたですか」
 神崎はそう言って息をのんだ。ゆらゆらと視界が歪む。

「あなたは自分の行いを覚えていますか。快楽と引き換えにいくつもの人生を踏みにじってきた。それがどういう事か理解しているでしょうか」

 神崎は天を仰ぎ、舌打ちする。
「ははあ、お前か?俺に嫌がらせしている野郎は。どうせお前も自分勝手な逆恨みを押し付けている貧乏人なんだろう?いい加減にしねえとお前も消してやるぞ」
 神崎は強気に出た。不安要素であったものが現実に声となって現れ、耳に届いているのだ。それを怖がる必要はない。俺は勝ち続けるのだ。邪魔するものは排除する。ただそれだけだ。

続く

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