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にがうりの人 #49 (不可逆の末路)

「あの人が命を呈して守ったあなたが死んでしまったら、意味が無いでしょう」
 そう呟くと彼女はうつむき、そして大粒の涙をはらはらとこぼした。
 悔しいはずだった。私の命を守ったとしたら、高峰は犬死に同然である。私のような人間に関わったばかりに人生を、そして家族は高峰を失った。
 理不尽すぎる。しかしそれが現実だった。
 人間は自身で答えの出ない現象や体験をあたかも運命という二文字を用いて答えが出たような顔をするが、これを運命で片付けられるほど私は穏やかではない。

「これは生前、あの人が愛読していた本です」

 彼女は唐突に数冊の書籍を私に手渡した。その書籍の程度を見れば、高峰が愛読し、何度も何度も繰り返し本を開いた事が分かる。著者は最近メディアに頻繁に顔を出す実業家だった。

「あの人がよく言っていたんです。あなたが、この人の本をいつか読むときがくるって」

 私にはもうどうでも良かった。とにかく、現実を直視する体力は残っていなかった。本を手にし、高峰聡子が呼び止めるのも聞かずその場を後にした。

 駅前のオーロラビジョンには蒲田が映っていた。新しいクラブを開店するらしく、インタビューを受けている。その傲慢な態度や顔に、私はもはや何も感じなくなっていた。

 私はどこへ向かうのか。その時はただただ高峰の笑顔が思い出されるだけであった。ころころと声を上げて笑い、時として厳しく私に向かい合ってくれた。
 その高峰はもう居ない。どうしたって戻っては来ない。思えば彼を失った喪失感を復讐という業火で感情を昂らせていただけなのかもしれない。

 彼はもう、居ないのだ。

 私はこうして精神的な唯一の支えを失う事となった。

続く

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