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にがうりの人 #40 (被写体の深淵に)

 取材は我が事務所で行われることとなった。さすがに取材を受けるとなっては部屋が雑然としている訳にも行かないと思い、私はいつもより早く出勤し掃除を始め、二時間ほどして高峰が出勤する頃には見違えるほどになっていた。高峰は事務所に入ると部屋の中を見渡し、目を丸くして表情を明るくした。
「すごいねえ。やはり普段から整理整頓はしておかなければいけないな」
「そうですよ。先生の欠点は仕事に夢中になりすぎることですからね」
 私達が談笑していると、事務所のドアが開いた。カメラを肩からぶら下げた大男と三十代半ばと思われる理知的な顔つきの男が立っていた。彼らと高峰は互いに名刺を交換し、それらしく写真に納めたいという記者の要望で本棚をバックに応接ソファを移動した。そうして記者と高峰は応接テーブルを挟んで対峙した。

「いやあ、お忙しいところ突然すみませんね。高峰先生のお噂はかねがね伺っております」
 記者は懐からICレコーダーを取り出すと、テーブルの上に乗せた。彼がボタンを押すと赤いランプが点滅し、やがて点灯した。
「それじゃあ早速ですが、始めてもよろしいでしょうか」
 記者は手帳を開くと、事務所を見回し何かを書き込んだ。カメラマンはしきりにカメラをいじっている。高峰は小さく首肯するとソファに腰掛けた。
「では、まずお名前をお聞かせ願います」記者の質問とともにカメラマンがまるで銃の照準わや合わせるかのようにカメラを構えた。
「東京第一弁護士会所属、高峰雄一と申します」
 幾分緊張しているのか、高峰の表情は強張っていた。私はそれを見てふきだしそうになるのを堪える。
 それから記者は高峰の仕事におけるポリシーだとか依頼内容だとかを聞き、いちいちふんふんと頷きながら時折高峰を見つめメモを取ったりしていた。カメラマンは事あるごとにシャッターを切り、そしてカメラをチェックする。そうやって取材は終始和やかなムードで進められた。
 私は高峰の変わらぬ笑顔を見て思った。これからもこの先もこの笑顔が存在する限り助かる人がいる。その傍らにこうして立てる喜びを感じていた。

 だが突如、記者はそれまで前のめりで聞いていた体をソファに預け、ふうっと大きな息を吐いた。その瞬間、事務所内の空気が変わるのを、それと同時にとてつもない嫌悪感に満たされる気がした。
 そして記者の言葉がそれを決定付けた。

「綺麗事はもう結構。で、おたくは弁護士の業務をどう思ってるの?」

 記者はそれまでの物腰柔らかな口調を急変させ、煙草に火をつけた。

続く

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