見出し画像

にがうりの人 #81 (儚む終末)

「ところがあなたの奥さんはね、死ぬ直前に私との事をしたためた手紙を何者かに送っていたんですよ。その何者かが今あなたの目の前で絶命している連中です」
 Tはまるで指をさすように状況を説明する。その事務的な口調にGは胸焼けを覚える。そしてあろうことかTは鼻を鳴らして言った。

「そいつらが私を呼び出して偉そうに説教してきたものですから、カッとなって刺しちゃいました」

 A夫妻はTの犯罪を警察に告発しようとしたようだった。そして逆上したTに殺され目の前で無惨な姿をさらしている。おそらく妻の手紙も既に奪われているのだろう。
 こんな事が許されてたまるか。Gは再び拳を握りしめ、壁に打ち付けた。
「ふざけたことを言うんじゃない。こんな事してただで済むと思っているのか」
「あなたこそふざけた口をきいていると後悔しますよ」
「どういう事だ」
 Tは気色ばんだGの声を聞き今度ははっきりと声をあげて笑った。そして再び感情の無い声で言った。
「これから警察がそこに行きます。そしてあなたは自分がやりましたと自白するんです」
 遠くでパトカーのサイレンが鳴っている。
「何を言っているんだ。お前が殺人を犯したんだろう。俺には関係のない事だ」
「あなたが自らA夫妻とその子供を殺しましたと自白すれば事は丸く済むんですよ。もし、私がやったなどと一言でも言えばどうなるか分かりますか?」
 Gは息を飲んだ。まるで自分が本当にこの家族を惨殺したような錯覚をしてしまう。
「どうなると言うんだ」
恐怖で開かない喉をなんとか鳴らす。間をおいてTは恐ろしい事を口にした。

「即刻あなたの息子さんを殺します」

 その時、ふと人の気配を感じ振り返ると、茫然自失の少年が佇んでいた。見覚えのある顔。紛れもなくGとTの学習塾に通うAだ。目を丸くし、肩がわなわなと震えている。

「これは違う。違うんだ」

 Gがその少年に近寄ろうとすると同時に雪崩のように警官が踏み込んできた。身体を拘束され、冷たい手錠をかけられると聴覚が麻痺したようになにも聞こえなくなった。連行されながらGは再び少年を見るとそれは無邪気さなど微塵もない、言うなれば鬼がそこにいた。震えながらGを睨んでいる。

「違う」

 再び言いかけたところでTの言葉が頭を過り、Gは口に手をやった。スローモーションのように過去が頭を駆け巡る。その光景の中には屈託のない笑顔の息子が投影されていた。
 Gは葛藤を打ち消した。もう逃げ場は無い。そして嵌められた事に初めて気づき、しかしそれを受け入れるしか無かった。

続く

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?