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スタア誕生 1970-1979 (♪26) 【ザ・ベストヒット・ランキング放送開始】


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ザ・ベストヒット・ランキング放送開始


 一月、歌謡界に新しい時代が始まった。
 日本のテレビ史に残る音楽番組、「ザ・ベストヒット・ランキング」が、EBSテレビで毎週放送が始まる。

 全国から寄せられた投票、レコードの売り上げ総数、ラジオ・有線のリクエスト総数の合計によってきめられる生放送のランキング番組。
 司会に抜擢された白川聡子さんは、日本が世界に誇る城山監督の作品でアカデミー賞・主演女優賞にノミネートされ、海外でも名前の通った女優さんだ。

 公平であることにこだわる彼女は、クリーンなイメージが強く、生放送のランキング番組には最適な人選と判断された。実際に彼女が出演の条件に出したものは、「ランキングは一切裏でいじらない」という約束だけだったそうだ。

 その約束を遵守するため、番組の立ち上げは難航した。
 詳しい台本もないガチの番組。全曲、毎週変わる豪華なセット、全て生歌、生放送。
 出演者が当日、出るか出ないかわからないなんて絶対にダメだと、大揉めの制作会議をなんとか説得して、ようやくプレスリリースまでにこぎつけたという。

「説得っていうか、強行突破?」

 ディレクターから上がって、初めて企画が通った番組がこれだという、プロデューサーは疲弊した顔に笑みを浮かべた。

「まだ、誰も見たことのない新しい音楽番組なんだから、説明しても通じないんだ」
 パイロット版をつくるため、行われたリハーサル。本番の行われるのと同じGスタジオで、プロデューサーは直接そのシステムの斬新さや、セットの素晴らしさを説明してみせた。

「順位が発表されたら、この回転扉を通ってスタジオに登場します。この扉はねぇ、NASAが開発したリフェクス・フィルムっていう、うすーーーいアルミフィルムを、木枠に張った特注品なんだよ。ガラスより反射率が高いから被写体を実物より美しく映せます」

 実物より美しくは絶対ならないだろうと、内心突っ込みながら、中が空洞の鏡は軽く、プロデューサーが自慢げにくるくる回すのを、俺も面白がって回した。
 新しい時代の幕開けを象徴するのに、相応しい扉だった。

「おい。誰にも言うなよ。マコちゃん、返事くれたんだよ。それで、さっきも廊下でちょっと話したんだけど、なんかね、下宿からマンションで、それぞれ一人部屋になったらしいよ」

 セットの説明を聞きながら、正宗がこっそり俺に耳打ちした。盲腸事件をきっかけに、おばさんの二人に対するひどい扱いが事務所にばれて、彼女達はようやく立派なマンションでそれぞれの部屋を持てたと、俺も知っていた。
 しらじらしく「へー」なんて、気のない返事をかえす。正宗は、早口で話しを続けた。

「番号書いた紙をマコちゃんに渡したら電話をくれたんだよ。入院中に花を贈ったお礼。それをきっかけに結構話すようになってさ」自然と顔がほころびニヤついている。
「おまえには気をつけろって、業界では評判みたいよ」
「嘘付け」
「ほんと、ほんと。気をつけないと週刊誌にやられちゃうよ」
「やめてよ」

 プロデューサーはオケピットに進み、バンド編成の豪華さを強調している。他局は減らしつつあるのに、ここは36人の豪華編成のままだと力説する。どんな曲がきても、時間尺に合わせて、早くも遅くも演奏してくれると、褒めてた。

「聞けよ正宗。だってすごいよ、彼女達。この間『歌う、ウキウキスタジオ』だったとおもうな。新曲の振り付け、その場で覚えさせられてそのまま本番だったよ。あんなの初めて観たよ。あんなに忙しいんじゃ、ちょっと、男と付き合ってる暇なんてないと思うなー。うん」

「いや、その忙しい中、必死で会いに来てくれるのが燃えるんだよ」

 こいつ・・・俺に劣らず負けず嫌いなやつだ。

「お前なんて、レギュラー番組の楽屋に、いろいろ引っ張り込んでるって噂になってるよ」

「誰から聞いた! 誰だ!」

「”誰から”っておまえ、分かりやすいね。本当にそうなんだ?」

 内緒話をしている俺等をよそに、飛行場の時刻表を摸したという、ランキングボードを回しながら、プロデューサーはリクエストの重要性を説いていた。

「これがこの番組の心臓です! 10位から順番に1位まで、その日の生放送のランキングを発表していくボード。自分の好きな歌手がでるかな、でるかな、何位かなぁ、なんて祈っちゃったりしてね。視聴者の期待を煽っちゃう狙いなわけなんです。

 順位と、タイトル・得票数、そして先週何位だったか、同じ順位なら何週目か、推移を表す数字が表示されます」

 人気歌手なら何位だろうが出てほしいのが歌番組。しかし、ランキングで出演者が決まるのだから、毎度そう、うまくいくとは限らない。
 たまたま、新曲発表の時期が悪くて、前の曲はランキングが落ちたところ、新しい曲はランキングイン前、という絶妙なタイミングに当たってしまうこともある。

 そして、初回放送。今人気絶頂の桃子がそれにあたり出演がなかったことで、心配していたことが的中した形になった。

 「『そんなもん、ランキングを操作したって、どうせ来週には新曲がランキングするんだからいっしょだ! テレビには出ないっていってるニューミュージックを、ランキングから外して順位を入れかえろ』っていわれまして」

 初回放送の日、ドス黒い目の下をしたプロデューサーが、放送前にいった。

「初回からそういうことですので、すぐ打ち切るといわれましたが、今日のところは放送しますので、みなさん、よろしくお願いします」

「まぁ、私のせいで」
 誤魔化し一切なし、を条件にした張本人、白川さんが申し訳なさそうにいう。

「そこは、聡子さんとのお約束ですから。すぐ打ち切られようともちゃんと通します」
 みなが覚悟を決めた瞬間だった。

 初回放送、この公正性を裏付けた放送が、視聴者の好感をかった。ファン達はこの真剣勝負に夢中になり、人気投票は目に見えて加熱した。そして視聴率は瞬く間にぐんぐんと上がり続けた。

 俺は「ピアスを外して、瞳(め)を閉じて」が初登場7位。
 翌週には得票数を一気に1500近くも増やし2位へランクアップ。 1位はミルク・シェイク、3位はホンダプロの看板で、解散コンサート直前「フランボワーズ」。強い相手に挟まれての2位だからずいぶん健闘しているといえた。

「お前、良い曲もらいやがって」
 番組で顔を合わせたミックさんに怒られた。

「すいません御陰様ですごく気に入ってます」

「俺。坂本さんに『よくもこんな良い曲、嵐にやったな』って言ったんだ。だがな、嵐。お前はまだ勝ってないぞ。『マスカレイド』って新曲を楽しみにしておけ。驚くなよ」

 その予告通り、翌週のベストヒットには、発売されてすぐのミックさんの新曲「マスカレイド」がランクインした。それも初登場三位に。

「マスカレイド」は、恋を仮面舞踏会に見立て男女の駆け引きを楽しむ男女のストーリー。
 絢爛豪華という言葉がぴったりな衣装は、中世貴族服をモデルにしたゴシックコート。インナーには、まるで宝石の入れ墨のように縫い付けられた豪華なビジュー。こんな美しい入れ墨があるだろうか。
 ステンドグラスやシャンデリアが煌びやかな輝きを放つ中、抜いた拳銃を頭上に掲げ、サビのロングトーンを伸びやかに歌い上げる姿は、全身から光放つようだった。

 テレビで歌うのが初めてだというその曲を、生放送で初めて見せた夜。
 全ての人が、3分間のストーリーに引きづり込まれて胸をときめかせた。みな来週が待ち遠しかった。これがミックさんの答えだ。ファンが、今見たい世界を具現化している。

 俺は今週、順位を落とした。
 ミルクシェイクも明日新曲が出る。来週は新曲もランクインするだろう。
 
 再来週には、俺はもしかしたらもうランキングに残れないかもしれない。


 

Room number 4001


 大体どこのホテルもそうだが、最上階はvip用にできている。人目を避けて出入りする為、専用エレベーターがプライバシーを守ってくれる。
 彼女の部屋のベルをならし、ドアに近づいて「オレ」っと小く声をかけた。中から鍵の開く音がして、彼女が白いバスロープのままドアを開けた。
 洋式の白い家具で統一された、東京で一番高い眺めのいい部屋は、今のミルク・シェイクに相応しかった。

 シャワーを浴びたばかりだからなのか、部屋には桃のような香が充満して、柔らかいバスローブの合わせ目から、彼女の見慣れた長い足が伸びていた。こうして彼女と会うのは何週間ぶりだろう。
「ねぇ、聞いて、聞いて」
  なぜか赤いハイヒールを履いている彼女は、抱き寄せようとする俺を引き離しながら、興奮気味に、帰って来たばかりのラスベガスの話しをし始めた。
「あのね、アン・マーグレット ショーを観てきたの。分かるでしょ?アン・マーグレット」といって、彼女は赤いヒールでステップを踏んで見せた。
「もちろん、エルビス・プレスリーと『ラスベガス万才』で共演しているアン・マーグレットだろ。映画『Tommy』でお母さん役もやっていたけど、ラスベガスと言えばやっぱりエルビスとアン・マーグレットだな」
 ジミーさんも、いつもそう言っていた。
 日本のエルビスにお前をしてやる、それはジミーさんの口癖。そしてチーム・嵐は一丸となってそれを目指してた。
 しかしいつの間にか、ばらばらの道にすすみ、ジミーさんはエルビスではなくアン・マーグレットを彼女達に重ねるようになっていたのだ。
「もう凄い迫力で。引き込まれてしまったわ・・・。美しかった。観ている人達みんな大興奮で、会場全体が一つになるあの感じ。夢みたいよ。それでね、『お前達どう思う?』って社長が聞くから、もちろんやってみたいって答えたのよ。だってそうでしょ?ラスベガスで・・・本場のラスベガスであんなことやった日本人なんている?」
 彼女は夢中で喋り続ける。伝わる興奮から、ジミーさんに連れていってもらった時に観た豪華なステージを、俺にも思い出させた。
 「それでね、社長がね、それなら是非やろうって乗り気なの。準備を始めて、いろんなところと交渉したり、連絡を取ったりしてるわ。現地コーディネーターで良い人が見つかったって言ってる」
 アメリカ人はきっと、可愛い日本人の二人のショーに釘付けになるだろう。止まない拍手の中、何度もアンコールに応える姿を夢見るのは、いまは俺ではなく彼女達だった。
「よかった。君達ならきっと大成功するよ」
 彼女の無邪気な笑顔をみると、その夢を叶えてあげたくなる。実際に、今の彼女たちは十分にその実力も備わっている。
「でもまだ決まった訳じゃないのよ。だから、早く決まったらいいなぁと思って」
 そうだね、と俺は答えたけれど、もしかして本格的にアメリカ進出のことを言っているのなら、当然厳しい契約のはずだ。彼女たちはそれを了承しているのだろうか。
 少し心配だったが、今この期待と希望に満ち溢れた時に、そのようなことを言って水をさす気にもなれなかった。
 それより、今はこの快適な部屋で、ゆっくりと彼女とまどろみたかった。
 上気してる彼女を両腕で包みぎゅっと抱きしめる。ふんわりと柔らかく、しなやかに身をまかせる彼女を抱き上げベッドに運んだ。 
「あのね・・・」まだなにか喋ろうとする彼女に「黙って」といって、俺は口を塞いだ。

 彼女の静かな微笑みが好きだ。どんな状況にも弱音を吐かず、少し寂しげな微笑みをふと見せる彼女に、いつしか惹かれたた。
 きちんとしていて、賢く、自分が何をするべきかわかっていて、そして凄く可愛い。
 ブラウン管越しにキメで射抜く目も好きだ。そして君の声も好き。僕のためだけに歌って。ずっと君のそばにいたい。
 彼女を抱きしめ温もりを感じていると、日々のキツいことも嫌な記憶も全て溶けてなくなる気がする。
 一日中、一歩も外にでないで、ずっと二人だけでこうして過ごせたらどんなにいいだろう。全部やめてどこかへいっちゃおうか・・・そんなこと口にできるわけもなく、言われて答えられるわけもない。二人ともとっくにわかっている。






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「スタア誕生 1970-1979」サントラ  準備中


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