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スタア誕生 1970-1979 (♪20) 【『スター登竜門』】

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『スター登竜門』


「最近は”スター登竜門”の勢いは凄いなあ」

 午後から始まるレコーディングのため事務所に立ち寄ると、日曜のお昼にすっかりお茶の間の定番となった、『スター登竜門・開け夢の扉』の決勝大会の様子を社長が見守っていた。

 一般公募で応募してきた素人が、スターを目指すオーディション番組。予選会を勝ち抜いたアイドル希望者たちが、公開放送で歌を歌う。

 後に国民的スターとなる、津谷桜子・河辺百合・福岡桃子の三人は、この番組でスカウトが決まった。偶然名前に”花”が入っていることから、「フラワーシスターズ」と呼ばれ、番組ぐるみで彼女たちの活躍を援助し育成した。

 生放送で見せつけられるリアルなスターの誕生物語に、視聴者は感情移入し、時に共に泣き、共に歓喜した。
 今では番組視聴率は40%超える事もしばしば。ホンダプロに対抗して作った番組は、目標通りその勢力図をすっかり書き換えた。

 今ではホンダのライバルだった、虹プロや、数々のプロダクションが人気アイドルの卵を引き当て、無名だったプロダクションがどんどん大きくなっている。
 我が社のホープ、山野雪衣も、この番組出身だった。

 富良沢先生始め、五人の音楽家により審査が行われ、合格者は月に一度行われる最終選考会に出場できる。
 そこで、事務所、もしくはレコード会社にスカウトされて初めてデビューが来まる。

 希望する会社が複数あったら、家族を交えてどの事務所に行くか決める権利が出場者にはある。どこの会社からも希望がなければ、せっかくここまで勝ち抜いたとしても、残念ながらデビューはできない。

 未成年相手に、公開生放送で残酷な人買いショーを行なっている、と非難されるのも頷けるほど、時に後味の悪さが残ることも少なからずある。

 社長が見守っていたのは、今から行われる最終決戦、大沢園子争奪戦だった。彼女はうちだけではなく、参加企業のほぼ全部が狙っていた。

 「さぁ、大沢園子ちゃんを希望する会社は、ボタンをどうぞ!」という、声とともに、一斉に数え切れない数の会社名の電光表示が点灯した。

 身を乗り出して電光表示を確認する、入札者たちの顔がテレビに映し出された。

「すごいライバルの数だな。まさに奴隷市場の様相だ」
 社長が白熱した会場の様子に、今更ながら驚嘆していた。

「うちは強いですよ。嵐に会わせてあげるというと、だいたいの子がうちを選びますからね。長崎かよ子も、西浦江梨も、親まで、それで簡単に説得できましたから。大沢園子も、うちがとったようなもんだ。嵐様様だな」
 専務は暢気に余裕をかましていた。

 松岡さんはテレビを無視して、ヘッドフォンでテープを聴きながら、改めて今日録音する富良沢先生の三作品をチェックしていた。


 事務所に設置されたばかりのファクシミリに、富良沢先生から三曲の歌詞とメッセージが送られてきたのは2ヶ月前。
「エロチシズ、情熱、誇り。この3つのテーマで、きみの成長ストーリーを綴りました。これは、嵐くんが一番魅力的に映る”映画”です」との、先生からのメッセージが添えられていた。そこには一曲ずつ丁寧な解説が添えてあった。

Thema 1 エロティシズム
『無人島で愛し合おう』 
”大人の男らしさ”とは、その人の放つ”オーラ”なのだと思う。子供のあどけなさが目を引くのとは異なり、大人のオーラには色気がまとわれている。大人の女性が惹かれる男として、行間を嵐くんなりに埋めて欲しい。

  
Thema2 情熱 
「愛のかけら」
 女は強い男に憧れる。しかしその強さとは、力の強さだけではない。本当の「強い男」とは、弱さもみせることができる。その二面性の対比を「情熱的に」演じる嵐くんが見たい。


Thema 3 誇り
『ダモクレスの剣(つるぎ)』 
 男には、時にすべてを捨てても、守らなくてはいけないものがある。
剣は常に自らも傷つける危険を孕んでいる。”断ち切ることが未来なら 別れを選ぼうとも前へ進もう”後ろを振り返らず、誇り高き剣を高く振りかざせ

「嵐、この曲全部、1位にしたいな」
 松岡さんはあたらしい曲ができる度にいつもそういう。

「そうだね」
 俺も、いつも心からそう思う。

 新しい路線への挑戦。’藤原嵐’の歴史に、次のページが始まろうとしている。
 その気持ちで俺たちは奮い立っていた。


 何気なく見やった、入札の続くテレビ画面に偶然、年末に光栄プロを辞めたジミーさんが映し出されたのが目に止まる。他に誰も押す会社が無いなか、一人だけ女の子のフォークデュオにスカウトのボタンを押していた。

 「ジミーも頑張ってるな。アメリカを目指すといってたけど、よりによってこんな田舎くさい子達で大丈夫なのかなぁ」

 ダブダブのオーバーオール姿で垢抜けない子達をみて、社長は心配していた。

 俺たちはそんなことには気も留めず、レコーディングスタジオへと事務所をあとにした。




Mugen  


 富良沢先生の一曲目、「無人島で愛し合おう」で、俺はその日大絶賛を浴びた。 
 EBSテレビが主催で毎年行う「赤坂音楽祭」。世界中から集まる審査員・出演者の豪華さは、他の国のどの音楽祭にも負けないほど大規模なものだ。

 子供っぽく見られがちな日本男児だったが、海外からのノミネート歌手が集う中、俺は、ヤング・アダルト賞を受賞した。

 外国のミュージシャンたちが、俺の曲で、自然と体を揺らしているのをみるのは気持ちの良いことだった。
 邦楽だって、洋楽的なテイストを自分のものにして取り入れてやれば、背伸びして必死に洋楽を真似ている頃より、よほど洗練された音楽になる。この音楽祭は、そんな自信を持たせてくれた。

「今回、嵐さんをみたアメリカのプロモーターから、お話が数件来てます。取りあえず今日のところは挨拶だけちゃんとしといてください」

 終了後の楽屋で、うちのスタッフが、それだけ伝えてまた忙しく出て行った。晴れ舞台を観て欲しくて招待したねぇさんは、いきなりのスケールの大きな話に驚いていた。

「あっくん、アメリカにいくの?」

「うん、そう言う話はよくあるんだ。でもね、プロモーターが持ってくる話って、日本で思ってるスカウトみたいな単純な話じゃないんだよ。
 出演やプロモーションできる場所をプロモーターが提供してくれんだけど、費用等は全部こちらの持ち出しなんだ。契約期間や本数とか、レコードのリリース枚数とか、とても細かくて、しかも厳しい条件があるから大変なんだよ。
 まずは英語も、向こうの人と同じにしゃべれるように、勉強から始めないといけないだろう? そんなにいろいろ一度にできないよ。
 なんといっても日本に全然いられないの。契約期間が何年で何本の番組と何枚のレコードを出さなきゃいけないとか、1週間に何日だけ帰れる、なんて約束まで交わすんだから、ねぇさんとだって会えなくなっちゃうよ。日本のファンにだって忘れられてしまう。
 レコードの売り上げなんて、本当にすぐ結果がでるからね! つい、浮かれて甘く考えてしまいがちだけど気をつけなくてはいけないんだよ」

 最近治ってきたニキビも、洗顔の手を抜くとまたすぐ悪くなる。俺は丁寧にメイクを落としながら、裏の仕組みをじっくり、ねぇさんに説明した。

「あっくん、まだまだ頼りないと思ったけどしっかりしてきたわね。さっきだって、あんなに有名な人たちの中で堂々としてて、ねぇさん安心しちゃったわ」

 ねぇさんは美人で頭も良くて俺の自慢だ。いつだって俺が困った時に助けてくれる。洗い終わった顔を柔らかいタオルで優しく拭きとり、ドライヤーのスイッチをいれる。濡れた髪が、やがて乾いて軽やかになびく隙間から、俺はねぇさんの美しい横顔を覗き見たながら心に誓った。
 いつかねぇさんが困った時、俺も同じようにねぇさんを支え、守ってあげられる男になろう、と。


 今夜、打ち上げが行われる赤坂のディスコクラブ、”Mugen“には、すでに多くの音楽祭関係者で賑わっていた。
 ドアを開けると、色とりどりの奇妙なオブジェがゲストを出迎える。長い通路を抜けたダンスフロアは、”まだ誰もみたことがない”をコンセプトに、極彩色の照明の下、いつもたくさんの人が踊っていた。

 サイケファッションに身を包み、毎夜華やかな面子が出入りする非日常の妖しい世界。海外ミュージシャンのライブもおこなわれ、海外でも有名だった。DJススムのダンスチューンは、間違いなくコンサートでも盛り上がるから、俺は選曲の参考にもしていた。

「ミツコさん、今日もすてきだね」
 今回も衣装デザインをしてくれたミツコさんが、俺の到着を迎えてくれた。さすが一流デザイナー。いつも最先端のおしゃれだけれど、今日は特別に前衛的で、変わった形の帽子と宇宙服のような服装だ。

「ありがとう。あなたの衣装も似合ってたわね。嵐に着こなしてもらえて嬉しい」
と、ミツコさんは豪快に笑いながら褒めてくれた。

「それにしても赤坂音楽祭はすごいね。今回もすごい顔ぶれが集まっててびっくりしたよ。ルーファス&チャカ・カーンって観た? チャカって可愛くてすごい歌がうまいね。俺、クインシー・ジョーンズに是非アメリカでやるべきだって誘われちゃった。リップサービスだろうけどね!」

 大きなBGMにも負けずに喋りまくる俺を遮ぎり、ミツコさんはフロアの薄暗い中を指さして言った。

「みて。ジミーさんとこの新しい子達きてるわよ」

  音楽に合わせて規則正しく回転するパトライトが、蛍光塗料で光る闇を照らす。
 革のブルゾンに濃い色付きサングラス、エルビスみたいな長いもみあげの男に、二人の女の子がひっそり寄り添い、ボニー・Mの”Sunny” で盛り上がるフロアを見詰めていた。

 男性の方は、振り付けの滝沢翔だとすぐに分かった。
 おどおどしてまだ垢抜けない女の子二人に、フロアの人を指差しながら滝沢先生がなにか教えている。モデルや外国人、飛び抜けてお洒落な人たちが踊るなか、彼女達ときたらまるで裏方の研修でもしているかのようで、場の雰囲気からは完全に浮いていて逆に目立っていた。

 あの子たちか。俺のレコーディングに、様子を見にきた富良沢先生が言ってた。
「僕ね、ジミーさんのところの新人やることになったよ。お宅の園子ちゃんと同じ日に”登竜門”に出ていた、2人組の女の子達でね。おもしろいことになりそうだよ」

 あの日、ダボダボのオーバーオールでフォークソングを歌っていた二人組。あんなに垢抜けない子達を、富良沢先生が手がける。

 MUGENにまるで場違いな、鈍臭いこの二人を、いったいどうできるというのだろう。俺にはビジョンが全く見えなかった。

「私、あの子たちの衣装任されたの。嵐、挨拶に行く?」
「え?ミツコさんも?」

 富良沢さんだけでなく、ミツコさんも。ジミーさん、一体どういうつもりなんだ。
 
 近づく俺たちに全く気がつかないほど、彼らはフロアで踊る人達を真剣に見ていた。
「滝沢先生。おげんきで・す・か?」と、ミツコさんは鼻にかかった声で、リズムをとりながら声をかける。

 「おー、こないだはどうもありがとね。最近どうよ」
と、笑いながら先生は立ち上がって、ミツコさんとハグする。
 そこで女の子二人も初めて、俺達に気がついて慌てて立ち上がる。先生の影に隠れるようにしていたので分からなかったが、こうして近くで見ると二人とも意外に大きい。アイドルというよりもどちらかといえば女子プロレスラー、といったほうが納得いく感じだった。 

「お久しぶりです。先生」
 今回の受賞を労ってくれる先生に、握手しながらお礼を言って、続いて彼女達二人にも手を差し出す。ほんの軽い握手のつもりだったのに、二人とも力強く握り返し、ミラーボールを反射させた瞳はギラギラと輝いていた。

 「まだ芸名も決まってないし、デビューも決まってないんだけどね。今日はこの子達にどういうものが恰好いいのか、教えてあげようと思って連れて来たんだ」
と、いって滝沢先生は彼女達をみた。

「よろしくお願いします」と、二人は双子のように頭を下げる。

 テレビで見たときに感じた野暮ったさは全くそのままで、この子たちが後に日本中に大旋風を巻き起こすことになるスターの原石だったとは、この時、ミツコさんも夢にも思わなかったに違いない。



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「スタア誕生 1970-1979」サントラ  準備中


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