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スタア誕生 1970-1979 (♪28) 【「Only the Two of Us」】

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「Only the Two of Us」


 その日、俺は正宗の部屋にいた。アメリカンコンテンポラリーの落ちついたインテリアにモダンアートの額。男のくせにルームフレグランスまで置かれ、正宗の部屋はお洒落すぎる。俺は女の形跡がないか、ベッド回りやら洗面所を探る。

「よし、あやしくないな」
「やめてよ、嵐。そんなことあるわけないじゃない。僕、アイドルよ」
「白々しいぜ。どうなの、最近」
「なにが」
「それがしらじらしというんだ」
「ま、いいからさ。それより、ほら。これなんてどう?」

 正宗はソファに腰かけ、アメリカ製のギブソンのフルアコ「ES-175」を持ち上げ差し出した。俺は今回のアルバム「デパーチャー・君と僕の未来」で自作の作品を収録することになり、いいギターが必要となって正宗に相談したところ、手持ちの物から適当なものを見繕ってくれるという。

「嵐が曲、作るの?」
「そうよ。時代はソングライターだからね。なんて、言っても時間的に全曲は無理だよね。龍一さんに手伝って貰って最終的に形にしてもうらうんだけど。正宗も1曲書いちゃったら?」

 正宗の出たばかりのアルバム『P.S. ロサンゼルス』は、全て現地で録音からミックスダウンまで行い、グラミー賞に名を連ねる豪華なプレイヤーを迎え制作された。
 玄人好みする、クロスオーバーアルバムの最高傑作と評価され、アイドルが本格的なミュージシャン・スタイルに変貌したと大きな話題を集めていた。

「俺は人には書かないの知ってるでしょ。書かないよ。絶対」
「はい、はい」
 手にしたギブソンのギターを爪弾くと、とても抜けが良くクリアな伸びを聞かせ、高音も低音もバランスよく音がでる。
「お、これいいね。音域のバランスいいじゃない」
「嵐、ほんとに分かってるの?」
「失礼だな、君。俺をなんだと思っているんだ」

 作曲中のバラードを軽く弾いて腕前を披露する。簡単につま弾いただけでも、相当いい楽器と分かる。ネックの太さも丁度、俺の握りにピッタリだ。

「いいでしょ? 曲がいいと音もよく聞こえるなー」
 俺のことは無視して、正宗は突然世間話を始める。

「今年は、桃子ちゃんの『ラブレター』すごかったね。ビッグキャンペーンだもんな」

 事故や事件、テロやハイジャック。70年代は受難だった日本航空が、安全管理体制の再構築をかけたイメージの刷新を、国あげて行うことになった。そのキャンペーンソングとしてCMに選ばれたのが、福岡桃子の『ラブレター』だった。
 旅した場所から100人100様のラブレターが送られるストーリ。それを元にたくさんの、ご当地もののショートフィルムが作られる、大きな規模のキャンペーンだ。

「ああ、俺も思ってた。やっぱりプロデューサーの盛田さんは凄いよ。とにかくやることがでかいんだもん」

「盛田さんって、あれだろ、十年以上も前になる? 
 ベストセラー小説を歌にしてヒット曲を作ろうと思ったのに、いっそ、曲の宣伝として映画もつくちゃったら最終的に両方とも大ヒット、ってやつ。映画に合わせて曲、作るどころか、曲に合わせて映画作っちゃうなんて、スケールが違うわー」

 業界では伝説として誰もが知るエピソード。正宗も知らないはずはなかった。

「あれだってすごいよ。コーラのCMなんて、今まで誰もやりたくなかったじゃん。コカ・コーラのスポンサーじゃない番組には使ってもらえなくなっちゃうんだもん。なのに、大ヒットさせてしまって。売れれば逆に、出演依頼が来るってビジネスモデル作ったよね。すごい柔軟な発想の転換。時代は変わったんだよな」

「去年、ミックさんとの一騎打ちで桃子ちゃんが敗れたから、今年はラブレターで戦うつもりだったんだろうね。ところが、今年はミルクがすごい強いだろ。普通なら十分勝てる内容なのに、桃子ちゃん運が悪いよな。盛田さんでも太刀打ちできないかもしれないな」

「いや、まずは自分のこと心配しよう」
 自戒を込めて俺がいうと、正宗は突然思い詰めた顔で言い出した。
「俺、ギター演奏するのが好きなんだよね。たまたま歌が上手く歌えて歌手になっちゃったけど、自分で作曲した曲が思いのほか売れてさ、気がついちゃったんだ。歌うことよりも、作ることとか、演奏することの方が好きなんだって」

 時折見せる、どことなく気の入らない表情は、こういうことだったのか。

「もちろん、デビューしたての頃に比べれば、今は幸せだよ」正宗は続けた。
「まだ15にもなってないガキの頃から、中州でキャバレー回りやらされてさ。おねぇちゃん口説くので、頭がいっぱいの酔っ払いの前で歌ったって、誰も聞いてないし。それどころか、柄の悪いオヤジにはガキは早く帰れとかいって、ビール頭からかけられたこともあったな。
 白い衣装が黄色くなっちゃって。酒って臭いしさぁ。惨めだった。
 あの頃に比べたら、幸せだよな。今なんて一目で俺だって、みんな判ってくれるし、歌を聴いてもらえる。それだけで幸せだなぁって、思うんだけどさ」

 判ってる。俺だって同じだ。火の付いたタバコを投げつけられたり、別の人の曲を歌えとしつこく絡まれたり。
 喧嘩にならないように必死で考えることを止め、帰った部屋で蘇るあの敗北感。思い出して朝まで眠れない夜が何度もあった。

「だけど、やっぱりこのままでいいとは思えないんだ」
 と、言って正宗は、腕に抱えたジェフ・ベックモデルのストラト・キャスターで、『愛しのレイラ』のイントロをつま弾く。

 俺は「うん」と、しか言えなかった。うん、わかってる。

「このギターがいいよ。これに決めた。半額ぐらいで売って」
 俺はさっきのギターが一瞬で気に入った。
「どうしようかなぁ、売るのもなんだから貸すよ」
「やだよ売れよ」

 気がつけば俺たちは、いつからか本当の意味で心許し合える友人になっていた。
 同じ喧噪、同じ静寂、同じ不文律に泣き、笑い、見えない敵と共に戦っている戦友。口に出さずともすべてわかり合える友だ。

 正宗は、来月発売シングル「嵐が丘」を作曲し、自らギターを弾きながら歌う。前回のアルバムからすでに本格的に海外録音をするようになって、アメリカ人ミュージシャンとも、対等な活動をするようになっていた。自分にとっての音楽とは何なのか、彼なりのやり方でその答えを探している。

「もうアイドルなんて時代じゃないよ。GoGo3は今や過去。ベクトルズ、神楽坂さとる、Skip、それから渋谷太刀魚、この”ロック四天王”が今すごい人気だろ?」
 正宗は講談の合いの手のように、強くじゃじゃじゃん、とギターを鳴らした。

「正宗、知ってた? 東西対抗歌合戦なんて五月の段階で、もうそいつらに内定出してたんだってよ。俺たちに対するのと、まるで態度が違うじゃない」

「それで頭にきちゃったのか。ミルクが東西対抗歌合戦を蹴るって噂は、嵐 聞いた?」
 年末近くなりミルク・シェイクと大和テレビの思惑が大きく取りざたされ、いろんな噂が乱れ飛んでいた。

「『ボランティアでチャリティーコンサートを大和テレビの方でやるから、東西対抗歌合戦にでられない』って一方的に公表しちゃって、THKが烈火のごとく怒ったって話?」

 まさかTHKに刃向かうなんて、今まで考えた者は居なかったのではないだろうか。だからこそ、一泡吹かせてやりたいとおもう気持ちはよくわかった。

「THKったら、絶対ミルクにヴァイナル・ディスク大賞とらせないって、圧力かけてるるらしいね」
「結局黒幕は大和テレビなんだよ。「スター登竜門」が、押しも押されぬ人気番組になったから強気なんだろ。その勢いで毎年一強のTHKをひっくり返したかったんじゃない? そうなるとミルク・シェイクは利用されただけともいえるけどね」

 ジミーさんも大きく出たな。上手く行けば話題作りにもなる。みんなで寄ってたかって彼女達を利用している。今回ばかりはTHKテレビだって思い通りには行かないかもしれない。

 譲り受けたギブソンのフルアコ『ES-175』を大切にケースにしまっていると、突然正宗は告白した。

「彼女さ、アメリカで活動をするんだ。ラスベガスで試しにやった公演の評判がすごくよくて、エージェントが決まったらしい」
「へー、すごいじゃない」
 はじめて聞いたフリをしておこう。まさか俺が知っているとは思ってないだろうし、この流れでは俺も告白しづらい。

「でも、一度アメリカで契約しちゃったら、なかなか会えなくなるだろ」
 正宗は、俺に聞く。
「そうだね。実際契約にもよるけど数年はまとめて仕事しないといけなくなるだろうからしばらく帰れないよな。おまえなんてちょくちょくレコーディングにいってんだからその時会えば? むしろ日本より堂々と会えるんじゃない?」
「何言ってんだよ。たとえ僅かな時間でもたくさん会いたいと思うのが恋だろ。数分の為にふらふらになりながら来てくれるいじらしさ。あーぁ、数年。やっぱりそうだよな」

 正宗はひどくガッカリしている。本気なんだな。

「もう、アイドルやめて、作曲家にでもなろうかなー」といって、正宗はソファーに大の字で寝そべった。



 部屋に帰って、譲り受けたギターで早速、今回のアルバム用に作った曲を爪弾いた。一人きりの静かな部屋に解放コードが広がり、うすれて消える。
 エバーグリーンなバラードにしたくて、しっかり作ったつもりだけれど我ながらいい。 
 今度はBm9。ナインスの響きがES-175の高級感ある音がピタリだった。

「一度アメリカで契約しちゃったら、なかなか会えなくなるだろ」といった、正宗の言葉が蘇り、どうしても彼女と話がしたくなってダイヤルを回した。

「もしもし、起きてた? 明日も早いんだろう。ごめんね。あのさ、大した話しじゃないんだけど、アメリカの『スター誕生』って映画を思い出しちゃって。あのスターを目指す歌手が君の姿と重なってさ」

 彼女は寝てたに違いないに、吐息のような相づちを一生懸命入れてくれている。俺は受話器を肩と顎に挟んで、抱えたギターのチューニングをしながら会話を続ける。

「落ちぶれたロックスターと、若く美しい無名の歌手が、やがてすれ違ってゆく哀しい運命の物語。本当のロック歌手だったクリス・クリストファースンとバーブラ・ストライサンドの映画なんだけど、実は54年のジュディー・ガーランドのリメイクなんだ。歌と同じだね。いいものは何度でもいろんな人が語り継いでゆく。俺、これ、君がやったら合うなと思って」

 そして、急に思いついた。

「今作ってるバラード、君とデュエットにしたらいいんじゃないかな。うん、したいな」

 寝息の聞こえる電話口に、俺はそっと囁くように歌った。そうだ、タイトルは「Two of Us」に決めた。

 いつか歳をとったら、俺が落ちぶれた元ロックスターの役で日本版でリメイクできたらいいな。疲れていた俺は、将来の自分の姿を頼りなくでも思い描くことで、日々に意味を見いだそうとしていたのかもしれない。

 
世間は右も左もミルク一辺倒。テレビから溢れる数々のCMはどれもミルク・シェイク一色。アイス、石鹸、インスタントラーメン、文房具・・・皮肉にも、俺はいつでも彼女に会える。

 年末の迫る事務所では、毎日の様にミルクに対する戦略会議が繰り広げられていた。

「ミルク・シェイクの事務所は、社長がずいぶん営業がんばってるんですよね。49人のヴァイナルディスク大賞審査員の名前で手帳が真っ黒だって、本人がいろいろな人に見せてたらしいですよ」
「買収の証拠見せまわってどうすんだよ。あの人、銀行員からいきなりこの業界に転職してきたんだって?」
 社長が、今更聞きかじった話を持ち出し、専務がうんざりした顔で説明する。

「そうですね。お金の計算はジミーはからっきしだから、すっかり社長任せみたいですよ。逆に芸能界の事は、ジミーに頼っているみたいだから、いいコンビなんだろうな」

 松岡さんは、アシスタントマネージャに言い渡した。

「ジミーのところと張り合って接待してもキリがないからな。ウチは家族落とすぞ。奥さんが何欲しがってるとか調べろよ」

「嵐のディナーショーを特別に開いてご招待したらどう? 嵐は、奥さん子供に評判良いから、それで充分釣れる」

「審査員のだれか、高額で次回の作曲お願いしたら? できるだけ影響力のある人いない?」

「グレープカンパニーは審査員をラスベガス公演にも招待してますからね」

「そもそもヴァイナル・ディスク大賞なんて毎回、受賞させたい人に併せて都合よくルール変更するんだから、対策なんてしてもあてにならねぇんだよな」

「虹プロはどう出てきた?」

「いやー、今年は盛田さんが福岡桃子の「ラブレター」で相当頑張ってますからね。桃子の所属する虹プロも、レコード会社のサニーも、まだ一度も賞を取ってないから、そうとう躍起になってましたよ」

「ホンダプロだってここで老舗の存在感示さなきゃだから、ミックのマスカレイドで勝負だよな」

 どこの会社も番狂わせを狙っていた。うちだってスタッフ達も諦めてはいない。みすみすヴァイナル・ディスク大賞を持っていかれるわけにはいかない。 

 オリコン年間シングルチャート一位はミルクシェイクという圧倒的な事実。だが、それで大賞受賞とは限らない。当日の審査員の投票で大賞がきまるのだ。ひっくり返すために、いったいなにができるのだろうか。

 雑に畳まれ机に投げ出されたスポーツ新聞の見出しには、「江川 空白の一日』とショッキングにかかれた隣に、「ヴァイナル・ディスク大賞・ミルクで決まりか!」という黄色い袋文字が踊っていた。




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「スタア誕生 1970-1979」サントラ  準備中


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