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スタア誕生 1970-1979 (♪27) 【スタジアム・コンサート・ツアー「WILD THING '78」】

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スタジアム・コンサート・ツアー「WILD THING   '78」


 毎年行ってきた夏のツアー。ファンの中ではすっかり定着して、最終日のスタジアムは即日で2万5千枚のチケットが売り切れた。ツアータイトル”WILD THING”。”ヤバいやつ”とでも訳してくれ。
 十九歳で初めて、大阪球場・日本人ソロ歌手初の冠を手にしてから4年。
 とうとう、国内最大級、東京スタジアムでのコンサートが実現する。
 よりによって俺の翌日には、ミルク・シェイクがこの東京スタジアムで、同じ演出家、同じ音楽監督でコンサートを行う。基本的な足場など、そのままつかえるものは使いまわして節約する。それだけ動く金も大きいのだから、お互い渡りに船、足を引っ張り合うより、実をとって協力しあった。
 彼女が言ってた。
「文京警察がね、社長を呼び出して、暴動になるからコンサートの日を追加してくれって迫ったんですって。それで急遽、翌日の24日も追加になって2日間になったのよ」
「暴動?!」
「そうよ。だけどそれってスタジアムとグルだったんじゃないかって。人をすぐに信じちゃううちの社長も、さすがに今回は疑ってるわ」
 この会場で、二日間もやるのか。俺はソールドアウトを出したといっても一日だ。彼女達のコンサートは、記録的な動員数になるだろう。
 日本の景気はどんどん上向き、国中が祭り前夜のようだった。
 収容できる会場もますます大きくなり、コンサートの規模も大きくなってゆく。タレント側が手にするCM契約料もうなぎ登りに上がり、日本の音楽を取り巻くビジネス全体が巨大な市場となろうとしている。
 少しでも気を抜けば取り残される。焦る気持ちが、心の奥底でいつも俺を支配していた。

 野外コンサートは、箱ではできないことをやる。たった一度のステージに、1300人の男達が何十時間もの時間と、お金をかけて命がけスレスレの事を本気で考える。
 事故のないよう、何度もクレーンテストが繰り返され、会議を重ね、リハーサルも本番と同じゲネプロを何度も行った。
 用意されたスピーカーの数100発。今回の目玉、蛍光カラーで赤く染められたゴンドラは火の鳥。1発70万円、花火をバンバンあげろ!
 
 楽屋で大きく深呼吸をする。
 いよいよ始まる。もう逃げられない。
 漏れ聞こえるスタンドの喧噪を聞くことが、どれほど恐ろしい事かわかるか?
 弱気な所をすこしでもみせたら、爆風のような観客のエネルギーに瞬時に呑み込まれる。白けたまま場が進み、一人暗いステージに取り残されて、俺は価値の無い人間なんだと思い知る。
 そんな恐怖と向き合ったことがあるか?
 期待で胸をいっぱいにしている2万5千人の人間が、ぎっしりとスタンドに詰まっている光景をみたことがあるか?
 足は震える。肩にばっかり力が入って、腹に全く力が入らない。
 逃げ帰りたい弱い心と、立ち向かおうとする猛々しさ。
 心臓の音が自分の耳に響いて、破裂寸前で、全身に血を送るポンプに変わる。
 力がみなぎり、自分が誰よりも強く感じられた瞬間
 俺は偶像(アイドル)になる。

 ばーん
 爆炎が轟き煙が上がった。
 大声援がスタジアムにコダマして、舞台は煙に包まれる。
 セリから登場した俺の姿が、ライトでスクリーンに投影されると、龍一バンドの演奏が始まる。ゴンドラに乗り込むのを手伝うため、スタッフ達は走り寄り、空へ俺を押し上げるのを手伝う。
 後ろの方の席にまで届くよう考えついたゴンドラ演出。彼らは地上から見守ってくれている。そうだ、いつもこうして俺は守られている。
 パワーアップした演奏。我を忘れて動き回る俺、暗闇に瞬く約束のペンライト。
「いくぜ!」
 一斉に悲鳴に似た歓声が沸き上がりm、会場をさらに盛り上げる。
 もうさっきまでの弱さはどこにもなかった。みんなが一つになり、俺を強くしてくれる。

 ノンストップで2時間半。
 観客とバンドと、俺を支えるスタッフと。一つになって作り上げた世界に浸り、俺たちはキャラバンをすすめる。繰り返すアンコール、全ての人が声を一つにして歌い続け、やがて、宴の終わりを告げる打ち上げ花火が、連発で夏の夜空に打ち上がる。
 キラキラと火の粉がスタンドに落ち続ける美しさ。
 俺の見たかった景色がそこにあった。

 紙テープや断幕がちらばるばかりの色のない客席で、俺は、日に焼けた肌を冷ますように、さっきまで確かにここに満ちていたはずの熱狂を思い出そうとしていた。 
 デビュー1周年のリサイタルの時、俺は高い熱を出していて最後の曲でとうとう倒れてしまった。ステージで松岡さんに抱き起こされている写真を、あとで週刊誌で見た。
 あれから7年目にして俺達はようやく、この東京スタジアムでのコンサートを実現することができたんだ。
 あの頃見た夢を俺たちは今、叶えたはずなのに。
 思い描いていた充実感や喜びとは、こんなものだったのだろうか。

 やがて静寂のスタンドには、重機が遠くから近づきガラガラとぶつかりながら資材をグランドへ投げ出す音が響く。同時に男達の粗っぽい声が響き、突貫で明日のミルク・シェイクのステージ設営が始まろうとしている。 
 その様子を見守りながら、ダッグアウトの片隅に簡易テーブルとデリバリーで今日の打ち上げが始まった。

 乾杯のコールは松岡さん。
「えー。ここ、東京スタジアムは、機材も、収容人数にしても、桁違いでですね。外国人タレントじゃないと集客できないと言われ続けてきたわけですが・・・」
 なんだか長くなりそうな予感を察知した誰かが「早くやれー」っと叫び、どっと笑いが起こる。
 まいったな、と頭をかきなら松岡さんは続けた。
「この度、藤原嵐、東京スタジアム『日本人ソロアーティスト・初』コンサートでまた、歴史を塗り替えました! みなさん、お疲れさま。乾杯!」
 一斉に「カンパーイ」と、300人近いスタッフや出演者、記者たちの、野太い声が叫びを上げる。
 一瞬の失敗も許されない緊張感から解き放たれた男たちは、思う存分奇声や歓声をあげた。

 片隅に、一人机を独り占めして、早々にギターの弦を張り替えている龍一さんを見つける。演奏のあとは、いつもそう。すぐにギターを布で拭いて、新しい弦に張り替える。
 ギタリストがみんなそうかというと、そうではなくて、彼のこのいつもの習慣はとても意外な気がした。
 俺は龍一さんのところに行き、空いている椅子に腰掛けて、手元をじっと眺めた。
「ねぇ、龍一さん。なんでそんなにギターがうまくて格好いいの?」
「何いってんだよ、嵐。俺がかっこいいのは、かっこ悪いことが嫌いだからだろ。それから、俺がうまいのはたくさん練習してるからだ。ここだけの話、スタジオミュージシャンの仕事は鍛えられるぞ」
 手際よく、古い弦をカットして次々外す音が、しゅるしゅるっと響く。
「”藤原嵐’が落ち目になっても、スタジオの仕事があれば食いつなげるね」
 つい、皮肉めいたことをいってしまう。
 初めてフェイセズ日本公演の前座で見たときから、龍一さんは何も変わっていない。
 あの時、嫌々始めたはずの”藤原嵐のバックバンド”は、これだけの大きな仕事を達成できるまでに成長した。今、龍一さんは何を考えているのだろう。
 
「『東京スタジアムのコンサート・ソロ初』なんていってるけどさ。ソロで初めてってだけで、日本人の初はノブレス・ブルーだろ。二ヶ月前にはすでに、フランボワーズがここで解散コンサートをやってるし。明日にはもう、ミルク・シェイクが2daysだよ。どんどん、新しい人たちがスタジアムで普通にコンサートをやるようになって、俺の記録なんて、あっというまに塗り替えられてまう。人の心に残るのなんて、ほんのわずかな間だけだよ」
 そう言い放って、俺はビールをグッと飲み干した。
 龍一さんは黙って、弦の抜けた穴に新らしい弦を次々差し込み、ぎゅっと伸ばしてペグに巻き付ける。
「龍一さん。俺のこと、ただのつまらないアイドルだと思ってるでしょ?。アイドルなんて格好悪いって。龍一さんだけじゃないよ。人がみな俺の事をそう思っているのを分かってて、俺はどう開き直ったらいいのさ」
 やたら絡みたい気分だ。多分コンサート直後の異常なドーパミンが好戦的にさせているにちがいない。俺は今、ずっと心に引っかかっていたことを、どうしても解放したかった。
「人よりたくさん洋楽を聞いて、人よりたくさんコピーして、龍一さんのような人たちとたくさん演奏をして。『俺は歌謡曲じゃない、本当のロックをやってるんだ』、なんていっても、誰も聞いてくれやしないよ。俺はアイドルという”商品”なんかじゃないんだ。いつになったら俺のこと、ちゃんとした歌手だってみてくれるんだよ。教えてよ」
 龍一さんは珍しく感情をぶつける俺に驚いたのか、少しだけ手をとめ、それからいつになく真剣な顔で話し始めた。
「俺さ、真面目な話しすると、嵐がデビューしたくらいの年の頃に、サンフランシスコに放浪の旅に出たのよ。そこでヒッピーに混ざって沢山ライブみてさ。その時に養ったセンスと経験のおかげなのかな、自分に自信をもっていられるのは。かっこ悪くても、みっともなくても、それが”自分”だと受け入れる姿勢こそが、ロックで格好いいんじゃない? なにが本物とか考えたことないね、俺は」
 フェイセズの時の龍一さんは、取り繕ったりせず、自分をさらけ出したプレイが格好良かったというわけか。ならばそれはアイドルとは全く対局にある。

「それに嵐、全然格好悪くないよ。これだけのスタジアムをたった一人で満員にして、
あんな高いゴンドラに乗ってパフォーマンスとか、それって、スゲー ”ロック” だぜ? 俺なんかよりよほどロックだよ」
 ゴンドラに乗ることもロックなのかよ。なんなんだよ、ロックって。いい加減なことを口先でいう龍一さんに腹が立った。 
「そうやって、付かず離れず、距離感を保つたまま適当なこと言って。龍一さんは。卑怯だよ。俺が聞きたいのは、そんなことじゃないよ」
 音楽と共に生き、心から思いを吐き出すように演奏し、世界に反戦メッセージを送ったツェッペリン。ああいうのがロックてもんだろ。ロックな生き方ってのはそういうもんだ。
「嵐、今日の演奏はどうだったの?」
 すっかり弦を張り終わったギターを隆一んさんは膝に抱え、ペグをぐりぐり回してチューニングしながら聞いた。
「そりゃ、最高に気持ちよかった。ステージはいつもそうだよ」
「客は?」
「え、喜んでたでしょ? 十分楽しんでくれたよ」
「それでいいんじゃん?」
 設営している足場にテストライトがあたり、ギターのペグに眩しく反射した。
「それが一番じゃない。なんのためにやるの? 
 誰のための音楽よ、お前のなりたいロックミュージシャンて何?」
「そんなこと考えながらなんてやってないよ。俺はただ、観てくれている人が喜んでくれることだけをいつだって考えてるだけだ」
「頭で考えても仕方ないってことよ。
 バンドを信用して素直に感じれば、自然といい音も出てくる。
 そうして奏でる ”お前らしいもの” 。みんなは、それを見たいだけなんだよ」
 ミックさんもそうだ。カレンさんもそうだった。自分のスタイルがある人はすごく魅力的で、ずっと見ていたいと言う気持ちにさせる。
「そういうことなんじゃね?」
 といって、もう泡のなくなったビールを隆一さんは、一気に飲み干した。
 
 なんだよ、わかんねえよ、っと不貞腐れて返したけれど、俺はやっぱり信じてた。
 偶然によって生み出される心を揺さぶる何かがある。
 ウッドストックでみた、本物同士の真剣勝負が生み出した興奮は、確かに俺の心を沸き立たせた。本物じゃないとできない、何かがあると、今もずっと信じている。

 俺にはできなくて、ツェッペリンにはできること。
 良い演奏とか悪い演奏とか、洋楽だとか邦楽とか、そういうことに俺れはずっと囚われすぎていたのかもしれない。自分の持ってるものでぶつかればいい。

 自然と体が動き、俺が感じるすべてを、素直につたえるだけでいいのかもしれない。
 共に演奏をしてきた中で、龍一さんは俺に教えてくれていたんだ。
「歌い手次第で、曲は良くも悪くもなる」、先生がいつも言ってた。
 もう囚われるものは、いらないのかもしれない。

 空ぶかしの大きな音がしてグランドに目をやると、金と銀の2台のBMWのオープンカーがテスト走行を始めたところだった。明日、彼女達はこれでグランドを回るんだ。
 ステージはあっという間に俺のコンサートの何倍も長い花道が、グラウンド一杯に十字に設置され、職人達は、せーの、と声を合わせて鉄塔のように高い照明を立てていた。
 今頃、彼女はどこで何をしているのだろう。準備が進むグランドをみながら、明日このステージで歌い踊る彼女の姿を、俺は想像していた。





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「スタア誕生 1970-1979」サントラ  準備中


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