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スタア誕生 1970-1979 (♪32) 【メリー・クリスマス】

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 メリークリスマス


 蘭子さんの「サマルカンド・ブルー」は、レコード売上げを伸ばし続け、既に120万枚を記録し、この十二月の年末でさえ、勢いはまだ止まることを知らなかった。
 
 🎵 月の落とした影、映すのは砂の波 シルクロードの風よ抱いて
   あなたの砂漠に落ちてゆく  私は女
 
 美しい鳥や唐蔦、柘榴などの刺繍がされた絹の布をベールに、蘭子さんはくるくると回ってなびかせ、サマルカンドの碧い宮殿から舞い上がる鳥を想起させる。

 おりから、世間ではシルクロードブームが起きていた。
 THK・帝国放送協会は、放送開始50周年を記念して、シルクロードを目玉企画に据えた。毛沢東主席の死から文化革命が終わり、日中平和友好条約の締結された昨年。中国政府から、撮影の許可が降りたことをきっかけに始まった、このブーム。

 謎のベールに包まれてきたシルクロードは、世界的にも注目されている。そのなかで、ウズベキスタンにあるサマルカンドは、ブルーのタイルでモザイク装飾された巨大な宮殿が聳え立つ。青の都と呼ばれ栄えた古都。 

 THKでは取材に四年をかけたドキュメンタリーを用意していることも知られ、期待は高まっていた。同時に、シルクロードシリーズの絵画人気も拍車をかけ、ブームは投機の対象にまで広がっていった。

 広告代理店は、便乗するように関連するヒット商品を連発させていった。その一環である、化粧品メーカー資先堂の春の新作・「サマルカンド・ブルー シリーズ」は、かつてない規模の大ヒット。サマルカンドの巨大市場が出来上がった。


 今年も残り一週間となった、まさにクリスマス・イブの今夜。
 12月24日『夜のミュージック・スタジアム』はクリスマス特番として放送された。

「はーい、お待たせしました! カマーバンド間に合いました」

 新しい衣装が間に合わず、ぎりぎりまで直しにかかっていたパーツを、本番直前の楽屋に水無月がもってきた。

「遅い、遅いよ!」

「いやー、すいません。町中忘年会で車は激混みです。赤坂の街の中なんて、へんな女装した親父とか、酔っ払って道の真ん中なかなかどかないし。ほんとやばかったっすね」

「ああ、それかぁ。今年の忘年会の余興は、サマルカンドの真似が流行って、カーテンをベールにみたて、女装したおじさんがハメを外してるって聞いたわ」衣装さんが俺のタキシードに、届いたばかりのカマーバンドを着付けながら話す。

「ついこの間まで、みんなミルク・シェイクの振り付け一辺倒だったのに。時の移ろいとは早いものですね」年寄りくさい水無月の言葉にみな笑ってしまう。

「俺の、”ちっくたっく”も忘年会では結構盛り上がってるって聞くよ」
というと、そうなんですよ、と水無月も振りつきで口づさんだ。
 景気さながら、陽気な年末は日本中どこも盛り上がっていた。

「最近の好景気でみんなどうかしちゃってるよね。なんでも売れるじゃんね」

「サマルカンドのアイシャドウも爆売れしてるみたいで、新色とかなかなか買えないらしいですよ。私はメーカーさんがくれるから持ってるけど」といって、メイクさんは道具入れの中のアイシャドウを見せた。

 景気は上向き、明日は今日よりきっとよくなると誰もが信じられた。人々は新しいことに好奇心を持ち、開放的に楽しむことにお金を使う時代の到来だった。


 柔らかく揺れるキャンドルを手に、司会者がツリーの影から現れて「みなさま、メリークリスマスです」と視聴者に語りかけ番組は始まった。

 テレビの向こうに暖かい居間が透けて見えるようで、この時ばかりは気持ちも和む。
 15メートルもある大きなクリスマスツリーのセットに小さな電球が沢山瞬き、薄闇に雪の積もる丘のセットで、関東混声合唱団がホワイト・クリスマスを厳かに歌う。

「蘭子さん、いつもステキだけど、今日は特別に美しいですね。煌びやかで品がある。クリスマスの女神だ」
 袖で、出番を待ちながら蘭子さんに話しかけた。俺たち二人はトップバッター。
「どうもありがとう。うふふ、お上手ね。嵐君こそ、クラッシクなブラック・タキシードが日本で一番似合ってるわよ」

 髪を直し終わったメイクさんに『ありがとうございます』と、丁寧に手鏡を渡す蘭子さんは、誰に対しても裏表がなかった。

 今夜、蘭子さんは、”サマルカンド・ブルー”をスペシャルバージョンとして、英語・中国語・日本語で歌う。

「僕、リハーサル見をてたけど、中国語バージョンが可愛らしく聞こえて一番好きだな」

「本当?」

「うん、何故か蘭子さんの中国語は可愛く聞こえる。他に何語をしゃべれるの?」

「私、父の仕事の都合でずっと海外だったでしょ。行った先々で言葉を覚えたから、結構しゃべれるわよ。でもやっぱり中国語は好きよ」

 そして、蘭子さんはなにか早口でいった。聞き取れずに戸惑っている俺にもう一度ゆっくり「有缘千里来相会,无缘对面不相识(ゆうえん せんり きたりて あい す、むえん たいめん あい せず)」といい、その意味を教えてくれた。

「中国の古いことわざ。”縁ある人 万里の土地を越えてやってくる。縁無き人 顔を合わせても通りすぎる”。
 いろんな場所でいろんな人と出会って、いろんな縁があったりなかったりしてきたけど。嵐くんとここでこうしているのも不思議な縁よね。ヴァイナル・ディスク大賞頑張りましょうね」

 俺は知っていた。蘭子さんがハリウッド映画で日系アメリカ人のヒロイン役を、オーディションで勝ち取ったのに、盛田さんは、歌と両方は不可能だからと、映画から降板させた。

 芸能人の人生で一度あるかないかという大きなチャンスが、皮肉なことに二つも重なった時、盛田さんは、かならず大賞を獲らせると蘭子さんに約束して映画を諦めさせたのだ。盛田さんのプレッシャーも並大抵ではないのは理解できた。

「運命って不思議よね。自分で望むことが成功するとは限らないわね」

 瞳をきらきらと輝かせた蘭子さんは、スタジオのもみの木を見上げ突然そんなことをいった。
 女優として成功すること、それとも歌手として成功すること。蘭子さんの本当の望みとはどちらなんだろう、と俺は考えていた。

「さ、いきましょう」

 ADの合図で、蘭子さんと手を取り、足を踏み出そうとしたその瞬間、なんとなく視線に気がついてスタジオの奥を見ると、苦虫潰したような顔でこちらを見ている盛田さんに気がついた。彼は絶対諦めないだろう。

 中継回線のチェックをしているモニターには、今年開業したばかりの日本一高いビル、池袋サンシャイン60ビルの窓明かりでつくった「メリークリスマス」の文字が映し出されていた。 

 

*


「ちっきしょう、通達だ」

 ヴァイナル・ディスク大賞事務局から電話を受けた松岡さんが会議室にもどり、怒りを隠しきれず椅子を蹴り飛ばした。

「チック・タックは外国人の作曲だから、作品を競う”大賞”には相応しくないとエントリーから除外された」

「なんで今更? その年一番売れたレコードが競うんじゃないの?」

 物言いがついたのか。たしかに日本作曲家協会が運営するのだからそういう理屈もなりたつ。だけど、昨年、フランスの曲をカバーして、羽鳥さんが編曲賞をとってたことはどう説明するのか。矛盾してる。しかも、大晦日までもう一週間じゃないか。

「バイナルディスク大賞は一回でも取れば、歌手としての人生が変わってきますからね。みんな必死であらゆる手を使うよな」

「もう、何か急ごしらえで特別賞を作ってもらうようにして、それに照準合わせる、ってしたほうが賢くないですか?」
 そんな弱気な声さえ上がり始めた。

 いいものは必ず受け入れられる、そんなことを信じていた俺はあまりにもちっぽけだ。プロのやりかたを見せつけられ、「お疲れさん」と、かるく笑い飛ばされたような気がした。

「馬鹿野郎!正面から勝負しないでどうするんだよ。天下の藤原嵐がそんなセコい事で満足するか!」
 俺の代わりに、松岡さんの一喝が皆を黙らせた。 

 “無冠の帝王”。それは俺に貼られたレッテル。今年こそはその冠を返上する勢いがあったはずだった。
 だけど、結局、俺たちは、エントリー曲を「恋のチック・タック」から、最新シングル「それが愛とわかるから」でヴァイナル・ディスク大賞に変更するしかなかった。

 新しい作家陣で臨んだアルバムから、第一弾のシングルカット。発売したばかりの曲では、蘭子さんの売上げの1/4にも満たない30万枚程度。

「恋のチック・タック」でなければノミネートさえ怪しものを、なんとかねじ込ませた事務所は、ぎりぎりのところで踏ん張ってくれていた。

 無理に外すのも誰かの力なら、無理矢理残るのも誰かの力。
 毎年、誰かの都合でルールが変わるのは承知の上だ。いい事とか、正しい事とかは存在しない。全てが仕組まれたショー。売れたものこそ正義なんだ。




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「スタア誕生 1970-1979」サントラ  準備中


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