「失踪」は「緊急避難」であるーー技能実習生の地獄

▼2018年12月2日付朝日新聞1面に、〈中絶か帰国か 迫られた実習生〉という見出しの衝撃的な記事が載った。平山亜理記者。

外国人の技能実習生が妊娠し、強制帰国や中絶を迫られる例が相次いでいる。受け入れ機関側から「恋愛禁止」や「妊娠したら罰金」と宣告されるケースもあり、専門家は「人権上問題だ」と指摘している。

▼具体例はぜひ当該記事を読んでほしい。西日本の研修施設の元担当者いわく、「妊娠したら生産能力が落ちる」そうだ。〈日本で亡くなったベトナム人実習生や留学生らを弔っている東京都港区の寺院「日新窟」には、2012年~今年7月末で101件分の死亡記録があるが24件分は中絶や死産による赤ちゃんのものだ。尼僧ティック・タム・チーさん(40)は「悩んだ末に中絶して、精神的に病んでしまう女性も多い」と話す。〉

▼今年の10月には、入管(入国管理局)の素晴らしさを宣伝するテレビ番組が放映され、その内容に対する批判が起こった。番組名はフジテレビの「密着24時! タイキョの瞬間」。2018年10月23日付毎日新聞夕刊が特集していた。井田純記者。

〈多くの実習生の労働環境は劣悪だ。厚生労働省が昨年行った調査では、実習生を受け入れている事業所(調査対象・5966事業所)の約7割で違法残業や賃金未払いなどの法令違反が見つかり、違反事業所数は4年連続で過去最多を更新した。

〈駒井知絵弁護士は、視察した英国の制度と比較して「日本では、被収容者や家族の不安を増幅させる制度運用になっている」と指摘する。/なぜか? 日本では、被収容者が仮放免を申請した場合、審査過程は本人にも弁護士にも分からず、不許可の場合も具体的理由は一切示されない。「英国では収容施設から本人がファクスで保釈を裁判所に申請でき、数日中に公開の法廷で審理がある。この場で、国側が収容を続ける必要性を裁判官に示さなければなりません」〉

この、彼我の落差に目が眩(くら)む。

▼2018年11月10日付東京新聞の「こちら特報部」〈技能実習生 悲惨な実態〉では、技能実習生によく使われる「失踪」は、むしろ「緊急避難」と呼んだほうがふさわしいという声が紹介されていた(全統一労働組合の佐々木史朗書記長)。これまでに7000人を超える実習生が「失踪」しているが、「よく使われる『失踪』という言葉より、パワハラや人権侵害からの『緊急避難』の方が実態に即している」

その具体例。〈九日に同労組が団体交渉した20代のモンゴル人男性の場合、勤務先となった千葉県の建設会社で拷問のような仕打ちを受けていた。/日本の左官技術を学ぼうと、昨年4月に実習生として来日。同年11月、モンゴル人の同僚や友人と車に乗って移動中、警察官の職務質問を受けた。運転手が無免許で、一人はオーバーステイだったが、男性は何も法に触れていなかった。/しかし、後日、そのことを知った経営者が激怒。同僚2人とともに事務所に呼ばれ、灰皿や靴べら、ゴルフクラブで体を殴られて出血。膝に鉄パイプを挟んだ状態で正座させられ、上に重さ10キロのコンクリートブロックを載せられた。/上司が病院に連れて行ってくれたが、医師には「本人同士でけんかをした」と説明。左腕を打撲するなどのけがを負ったが、治療費は自腹で払わせられた。佐々木さんは「あり得ないようなひどいことが日常茶飯事で起きている。私が把握しているのは氷山の一角にすぎない」と語る。〉

こうした当事者の声を聴かないまま、入管法は改正される予定だ。これは「政治の経済化」の象徴といえる。

▼ここしばらくの移民問題をめぐる報道を散見していて、去年、フランス大統領選を振り返った一橋大学准教授・森千香子氏の分析を思い出した。2017年5月10日付朝日新聞夕刊から。

〈アルジェリア移民2世の社会学者ナシラ・ゲニフスイラマは、移民集住地区の住民が棄権するのは政治意識が低いからではなく、その反対だと述べる。「子供の時から自分を排除してきた社会に対し信頼感がなく、投票しても何も変わらない、それどころか利用されるだけだと考える。あえて投票箱に背を向け『自分は騙されない』と示すことで尊厳を保っている」。彼らは「反ルペン」の呼びかけを複雑な思いで見つめていた。「移民差別は国民戦線だけではなく、社会全体に根を下ろし、私たちの日常の一部です。大政党の政治家たちも差別を煽ってきた。そのくせ、今になって『ルペンを止めるために投票しろ』なんてふざけている、と思う人は多い」/昨今、グローバリゼーションの敗者が排外主義に走るという分析が散見されるが、その一方で社会の最底辺に滞留する有権者の中には沈黙し、政治から事実上排除された状態にある人が実に多い。民主主義が直面する最大の問題は「ポピュリズムの台頭」ではなく、ポピュリズムにさえも背を向け、既存の制度内では自らを政治から排除してしまうしかない人々の増大ではないか。この「沈黙の声」に耳を傾け、そこから言葉を掬(すく)い取る技法を創造できるかどうかに、民主主義の未来はかかっている。これは日本社会とも地続きの課題である。

▼「技法」という言葉が印象的だ。

フランスの問題が日本と地続きであることは、知り合いに当事者がいない場合でも、少し想像すれば理解できる、と筆者は考える。少なくとも去年より今年のほうが想像しやすいだろう。しかし、この「民主主義が直面する最大の問題」が国会で議論されるようになるのは、少なくとも平成の時代ではなさそうだ。ただし、「今、すぐそばで起きている問題」が公共の課題にならない、という現実は、その問題を考え続ける努力の妨げにはならない。

「移民」の問題について考えることは、民主主義という擬制を擬制たらしめている「何か」について考えることに、深く結びついている。

(2018年12月2日)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?