見出し画像

コバルトブルー・リフレクション📷第十一章 逮捕

第十一話 逮捕

「こんにちは。またお呼びだてしてすみません。……捜査の方に進展がありまして、ご報告をと思って……。」
 と、私は切り出した。あの……彼女が彼とよく行ったと言う喫茶店だ。
 ――コトッ……。
 また、彼女の横で音がした。彼が来ている。
「……珈琲でも頼みましょうか……。」
 私は呼び鈴を鳴らして、注文を聞いてきたウェイターに珈琲を四杯頼んだ。ウェイターは不思議がって、
「後でお一人いらっしゃるようでしたら、その時にまたお伺いしますが?」
 と、聞いた。
「いや、四杯で。沢山飲む人がいるから、それでお願いします。」
 と、言って彼女を見て微笑むと、彼女は隣の空席を見て微笑んだ。
「有難う御座います。彼の分まで……。」
 と、彼女は丁寧に礼をする。
「どうせ、経費ですからお気になさらず。」
 と、ちゃっかり葵は言って笑った。彼女もふふっと笑った。以前よりも、自然に良く笑うようになった。彼が……見えるのだろうか……。
「……で、進展って?」
 と、彼女が聞いてきた。……そう、勿論聞きたいのは分かる。
「彼……自殺ではありませんでしたが、不運な事故死をされたようです。」
 と、私は徐に話し始めた。
「……事故?」
 彼女はあからさまに不服そうな顔をした。
「……事故だなんて……。まだ自殺の方が良かった。」
 と、彼女はそんな事を言う。
「そうですか?死にたかったと思っていたよりかは、まだそう思っていないだけ良かったのでは?」
 と、私は何故自殺の方が良かったのか聴く。
「だって……事故だったら、きっと怖い想いをしたに違いありません。」
 と、彼女は答えた。
「その事故が……もし、誰かの所為で起きたなら、貴方は許せますか?」
 と、私は率直に聴く。
「……それは……許せませんよ、誰だってそうでしょう?」
 と、彼女は私だけじゃないと、無難に答える。
「五階で亡くなった柳田 弘さんって言うのですが、その柳田さんが彼を亡き者にしようと部屋で追い回し、彼がバルコニーに出て、遠くの距離を見誤り落ちたようです。亡くなる前に、彼……視界や目、頭痛について貴方には話していた筈です。貴方は気付いたのでしょう?彼が不思議の国のアリス症候群だって。」
 と、私は彼女に聴き、何処まで知っていたかを伺う。
「ええ、あの人……困ってもちゃんと言えるタイプじゃなくて……急に遠近両用のルーペが届いて、どんな感じなのか聞いてネットで調べたんですよ。……もしかしてと思って。……だからお医者様にもよくよく言う様に言ったのですが、次の病院の予約にはもう……。」
 と、彼女は四人分の珈琲が来ると、二杯取り、一杯にポーションと粗目の珈琲用砂糖を今日も入れて、
「はい、今日もお疲れ様です。」
 と横にずらして、微笑んだ。
「もう……話して貰えませんか。彼の遺作を取り戻す為に……柳田さんに会いに行きましたよね?」
「…………。」
「以前お会いした時に、実は安藤 愛来の指紋……採取させて頂きました。何れにせよ、結果が出れば分かる事です。」
 と、黙ってしまった彼女に私は言った。彼女は悲しそうな顔で、見えない彼のいる筈の場所を見詰め、少しだけ座り直し体を寄せる様に、そっとその空席の方にズレた。私から見える彼は、彼女の手の上に優しく手を重ね、彼女の顔を今にも泣き出しそうな瞳で見詰めている。けれど……きっと彼女からは彼が見えないのだ。彼が見ようとしているのに、違う方へ顔を背けてしまっている。
「……あの、貴方が柳田 弘の家を尋ねた時、殺意はなかったと分かっています。柳田から包丁を突きつけられ、揉み合った末の事だと言う事も。ただ、自己防衛には過剰過ぎます。分かっていただけますね?」
 と、私は言うと、彼女はこんな事を話した。
「私だけ……彼が……彼が見えないんです。きっと、罪人になってしまったから。あの人の書く物語の探偵は、決して罪を許しはしない。柳田さんが飛ぶ前に、反対側の四階をギョッとした目で見て、怯えて避けるように、反対側の五階へ飛んだんです。私の罪を許さまいと、彼は見ていたのかも知れません。こんな時……彼ならどんな終わりを書いてくれるのか私には分かりません。」
 と、彼女が話す途中……隣の彼は必死で頭を横に振って彼女の両肩を持ち、何かを叫んでいた。きっと、違うと言いたくて……。
「それは……違います。彼は……貴方が心配で偶然、あの下の階から見上げていた。……少なくとも、立証にはなりませんが、私達は現場で彼から聞きました。刑事がこんな事をと思うかも知れませんが、今も……貴方の横にいらっしゃいます。」
 私は信じて貰えなくてもいい……少しでも彼の想いを伝えたくて、言った。
「刑事さん達にも?……何で私だけ……。やっぱり罪人には彼は現れてはくれないのですね。……不思議と彼の温かさは感じるのに……だから、余計に……切なくなる……。」
 彼女はそう言って、自分の珈琲にも粗目の珈琲用砂糖を入れた。砂糖壺の木製の蓋で、手元があまり見えない。
「この間は砂糖なんか入れなかったですよね?」
 葵がふと思い出して言った。私はハッとした。
「少し疲れてしまって……。」
 私が止めようとした時には彼女はカップをもう唇まで運んでいた。
 ――バリン……!
 何故か、彼女の持っていたカップが床にその時、吹き飛んだ。良く見ると……彼が立ち上がり、彼女のカップを飛ばした手が差し出されている。そして彼は彼女を抱きしめて、顔を隠して小さく震えていた。きっと……泣いていたのだろう。
「……彼、貴方に……生きていて欲しいんです。……それだけは……どうか忘れないで下さい。」
 私は、彼の想いを考えると、堪えられなくなってしまった涙を静かに一筋だけ流しながら、言った。
「彼なら……古典的なミステリーが好きだから、カンタレラ……鈴蘭の毒を選んだと思ったのに……。気に入ってくれなかったみたいですね。」
 と、彼女は目を潤わせ言う。
「……おっ、お願いします。……自首、しましょうよ。……彼の為にも……っ!」
 と、隣を見ると葵が大号泣しながら言っている。
「だから、泣きすぎっ!」
 私がそう言った時だった。
「じゃあ……彼も一緒なら、連れて行ってはくれませんか。……私、もう彼以外、誰も愛する気はないんです。見えなくても……彼がいると思えれば、それで幸せですから。」
 と、彼女は言うのだ。私は思わず彼に聞いた。
「同行で宜しいですか?」
 ……と。すると、彼はこう言った。
「元からそのつもりでいました。……刑務所でも執筆は出来ますからね。」
 と、彼は言うのだ。その会話に彼女が空き席を振り返った。彼の目を見ている。……まさか……彼が見えて……。
「……見える……見えるわっ!」
 彼女は確かにそう言った。彼は少し驚いた表情をして、彼女を見詰めた。
「……そうかっ!罪を認めたからだ!」
 と、葵の言う事が正しいかどうかは分からないが、そう考えた方が、実に彼の物語らしい。仲睦まじく……二人は自首しに行った。
 自首扱いなので、葵に上げるはずの手柄も、チャラになってしまった。あれから時々、彼の名前で……その物語は更新され続けた。私は今も……それを少しずつ読むのが楽しみである。

「葵……。」
 私は事件解決後、こんな話をした。
「はい、何ですか?」
 葵は珈琲を作ってテーブルに置く。
「ねぇ……どうして、あのバルコニー用のテーブルだけ劣化していたか……私、分かったかも知れない。」
 と、私は推測ではあるが、ある可能性を考えた。
「本当ですかっ!……聞かせて下さいよっ!」
 そう言って葵は自分の分の珈琲もテーブルに置き、興味津々で聞いて来る。
「立証は不可能よ。……ただ、彼……あの四階のバルコニーで本当は何していたのかしら?彼女を見守るなら部屋に入れるのに。……私が思うには、彼女を今後も狙うだろう柳田を彼は消し去りたかった。しかも自分を殺した……同じような方法で。四階から見上げていたのは五階のバルコニーの簡易テーブルよ。椅子より随分と劣化していたじゃない。人知の成せる技では無いらしいのよ。鑑識も頭を捻っていたわ。……彼が劣化させたのだとしたら?……だから、彼は今……素直に彼女と刑務所で罪を償っているのだとしたら?あの余裕で珈琲を楽しみ飲んでいたのは、そういう事よ。「早く捕まえに来てくれ」って、私達に言いたかったのかもね。……態々四階のバルコニーに出現して、ヒントまでくれて……。何だかあの二人に、振り回された感じね。」
 と、私は気付いた事を言った。
「違いますよ。例えそうでも、解けない謎を現代に置いておきたかったんですよ。だって彼は……探偵物語の作者なんだから。だから、あれは……永遠に解けない僕らへのプレゼントだったんですよ。……そう思った方が……きっと彼も浮かばれる。」
 と、葵は言うのだ。
「葵は夢見がちで良いわねー。」
 私は頬杖を付いてぼんやり言った。……そうだ……これで葵とも……さよならなんだ。
「……葵……」
「紫先輩……」
 偶然、一緒に名前を呼んでしまった。
「……あっ、えーと……やっぱ、こういう時は先輩から……。」
 と葵が私から言えと言う。私は少し気不味くて言えずに、
「何よ、こういう時だけ先輩って。葵は男なんだから、泣いてばかりいないで、たまにははっきり言いなさいよ。」
 と、私は葵に振った。
「あ、あの……本当は、まだ「女帝」に戻らないで欲しいです。……遠くに行ってしまうみたいで、否……元々、遠い存在だったんですけど……。夢じゃないって思いたい。覚めたくないです。」
 と、葵は少し肩を落として、悲しそうに言う。
「私だって……戻りたくて戻る訳じゃないのよ。それは葵が一番知っているでしょう?」
 と、私は駄々っ子を落ち着かせる様に、そう言うしかなかった。
「だから、嫌なんですっ!紫先輩が辛いところに戻るなんて、耐えられないっ!」
 と、葵は言ってくれた。まるでそう言えなくなった、私の代わりに言ってくれているみたいに聞こえる。
「……有難う。……その言葉だけで、十分よ。」
 私はそう言って微笑んだ。
「紫先輩……。もし辛くなったら、コバルトブルーのリフレクションの写真、たまには観て下さいね。後、この白いくまのぬいぐるみが話、いっぱい聞くってさっき言っているの聞きましたから。あと、それから……それから……。僕、ダッシュで行くんで、ほんの少しだけ待っていて下さい。本当に一瞬なんで。……良いですか、それまでは僕より馬鹿に妥協して政略結婚しないで下さいよ!」
 と、葵は一気に吐き出す様に言った。
「そんなに言われても分からないわよー。だって政略結婚だったら時期とか選べないし……。勝手にお父様と誰かで決めるものじゃない。」
 と、私は呆れて言った。
「……じゃあ、分かりました……。僕も我儘……使います!」
 と、葵は確かにそう言ったと思う。
「我儘使うって何……えっ……。」
 私が、聞いていると言うのに、スマホで電話を掛けている。
「あの、葵です。……いつもお世話になっております。……急な話かも知れませんが、僕……紫さんの事、好きになりました。だから、結婚を前提にお付き合いさせていただきたい。……それから、新人研修何時までです?もう出来ないフリ飽きました。紫さんに似合う場所、紹介してもらえますか。……ええ、明日異動で。宜しくお願いします。……では失礼致します。」
 と、葵は私に聞こえるようはっきりと言った。
「えっ?今……何処に連絡したの?出来ないフリって?」
 と、私は混乱しながらも葵に聞いた。
「警視総監。……僕の実家は寺ですけど、祖父が前警視総監です。今は警察庁長官です。結婚相手に問題ありますか?」
 と、葵は言う。
「えっ?!そういう事は早く言いなさいよっ!じゃあなんでそんな庶民的な訳?!」
 私は信じられずに聞いた。
「母が寺でボランティアの子供食堂していたのを手伝っていたからです。……それに、紫先輩……初めにそれ言ったら、きっと仲良くしてくれなかったと思って。あの……我儘ついでで、言わせて下さい。……大丈夫です。……これからも、僕がいるから大丈夫になります!」
 ……葵……今、何て?

 私、まだ変な夢でも見ているのよね?

🔸次の↓コバルトブルー・リフレクション 第十二章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

この記事が参加している募集

#スキしてみて

527,222件

#読書感想文

190,781件

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。