見出し画像

「黒影紳士」season2-10幕〜秋だって云うから〜 🎩第六章 苦手だって云うのに

――第六章 苦手だって云うのに――

「先輩、奴等警戒を強めたんですかね?下の階で彼方此方に一斉に散り散りになって動き始めました」
 サダノブが人の動きが変わった事を報告したので、黒影は見に行く。
「後三人とは言え、彼方は拳銃を持っている。此方が拳銃を持って無い事を知っていて狼狽えるとは思えん。僕の影にでも警戒しているのか?然し僕から見えなければ何も出来ない事ぐらい、ダミーのシナリオには僕の影の弱点も書かれていた筈だ」
 黒影は立ち上がり、涼子のいる階段へ向かった。
「涼子さん、もう此処は警戒されている。僕が変わります」
 黒影は階段から下の階の音を探る。……ただ、歩いている。外からの応援でも待っているのか?涼子は黒影に変わり、タブレットをサダノブと確認する。
「本当だ、妙な動きだねぇ」
 と、涼子は敵の動きを見て言った。
「あの……さっき、先輩が珍しく挙動不審になって、俺の能力の使い方が如何たら急に言い出したんですよ。何か、妙に言い辛そうに。涼子さん、古い仲なんですよね?先輩、如何しちゃったんだか分かります?」
 サダノブは涼子に先程の気になる黒影の言動について聞いた。
「そりゃあ、アレだよ。……あの旦那が一番言いたくない言葉さ。あたいには酒代奢るだったよ。言い回しが違うだけ」
 涼子はさも簡単な事の様にそう答える。
「ちょいと、此の動きやっぱり変だ。部屋の半分だけ四角に囲って階段付近を念入りに行き来している!」
 と、涼子は何かに気付いた様子だ。だが、サダノブは未だ気に掛かる様で、
「だから、変だって言ってるじゃないですか」
 と、黒影の様子の事を言っている。
「何、呑気な事を言ってんだいっ!「助けてくれ」って、旦那は言いたかったんだよ!……其れより黒影の旦那っ、下の階は火の海だよ!」
 涼子はサダノブに怒鳴ると、黒影に慌てて叫んだ。
「えっ……?」
 黒影が、二人を振り返って見た瞬間だった。黒影の足元の爆風で崩れ掛けた階段が、階段裏からの業火で崩れ落ち、黒影の姿は五階から一瞬にして消え、四階に呑み込まれた。
「くっ……!」
 落下して直ぐ、黒影は口元をコートの裾で覆い辺りを見渡した。火に完全に囲まれている。
「良い景色だ。……そう思いませんか?貴方が此の景色を好かない理由が私には全く分からない」
 そう言ったのは、あの長窪 惇だった。
「やっぱり……お前か」
 黒影は咽せり乍ら長窪 惇を睨んで言う。
「黒影さん、貴方が弁護士事務所に来た時、直ぐバレるって分っていました。だから気にしていませんよ。然もダミーの他のシナリオまで持って来て貰えるなんて。一生働かずに、一生此の美しい火を見て暮らせると思うと嬉しくて……」
 長窪 惇はにやけ乍ら言った。
「残念だが、シナリオは此処には無いぞ」
 黒影は煙で掠れて来た声で言う。
「おいおい、嘘を吐いても火は消えないよ。上の階のお仲間が持っているって分かってるのだから。何れ君が焼き尽くされた後、ボトボト落ちてくるのを待たせて貰うよ」
 長窪 惇はそう言ったが、黒影は薄れそうな意識の中でさえも、目を激らせニヒルな笑みを浮かべ、
「無いものは無いんだよ」
 と、言う。長窪 惇は其れに憤慨し、
「打てっ!あの小賢しい影をもっと強い炎の中へ追い詰めろ!油断するな、彼奴は黒影だ!完璧に始末するんだっ!」
 銃を構えていた二人に命令をした。
「ちっ、タダ働きでもやろうってのか……」
 黒影は帽子の裏底から小さな銀色の瓶を手に持ち、走った。火が明るく影が少ない……。炎の揺らぐ微かな影を捉えては移動し、瓶の中の気付け薬を飲んで瓶を捨てた。
「おや……毒薬で一層死んでしまった方が楽じゃなかったのか?何時迄其の無様な舞をするのか拝ませて貰うよ」
 と、長窪 惇は笑った。
 ――――――
「黒影、黒影――っ!」
 白雪が、崩れた階段の上で、今にも飛び込みそうな勢いで手を伸ばしている。
「落ち着いて下さい!黒影さんならそんな簡単にやられはしません!」
 穂が必死で白雪を抱き締めて止めている。
「……でも!黒影は火がっ!」
 白雪は黒影がトラウマの火の中にいると思うだけで、胸が痛くて居てもたってもいられない。
「涼子さん……何か策は?」
 サダノブは涼子に聞いた。
「階段のからでは無く、犯人の真上から行くしかない。……でも、爆風じゃ平らな床にはあまり効果が無いね。そうだ、サダノブさっきあんた……旦那に何か言われたって。他でも無いサダノブに助けてなんて言うような人じゃないのに、何か其処に切り札があるんだよ!」
 と、涼子は言うのでサダノブは思い出していた。
「防弾チョッキを着けるか如何か話していた時に、以前……影から氷を出すのが失敗したのは、近くを見たからで遠くを見ろって言ったんです」
 涼子はサダノブの其の言葉に驚き乍ら、
「サダノブ、氷が影から出せるのかい?……成る程、だから黒影の旦那はただの犬じゃないって。……氷で床を割ったり出来ないのかい?」
 と、サダノブを如何使うべきか考え乍ら言った。
「影が無いと……然も誰かの」
 と、サダノブも考え乍ら答えた。白雪は穂を振り解き今にも落ちそうだ。
「そうだ!」
 サダノブは走って穂と一緒に白雪を一気に引き上げ、
「白雪さん!先輩を助けたいんです!影を貸して下さい!」
 そう言うなり頭を下げた。
「えっ?影を?」
 白雪は一瞬我に戻る。其の隙に、
「先輩、すみません!」
 と、言いつつサダノブは、白雪を担ぎ走って犯人のいる丁度真上辺りに立たせる。
「其の儘!其の儘床に影を伸ばして貰えませんか?ちょっと冷たいですけど、後でケーキ奢りますからっ!」
 と、拝み倒して、サダノブは階段の方へ向かう。
「白雪さん、お願いします!皆で落ちますよー!」
 サダノブは元気に手を上げた。涼子と穂は直ぐ受け身が取れる様、床に片膝を付ける。
 白雪はサダノブの方に向かって影を伸ばした。
 サダノブは手を床に付き、白雪の影を見る。バキバキ……バリバリ……と、白雪の影の頭の方から氷が床を這って行く。
 サダノブは床を割る為に、もう片方の手も床に付き力を込めた。
 物凄い冷風でサダノブの髪が揺れ、間から金色の目がギラついているのが分かる。
「落ちます!」
 そう言った瞬間に野犬の様に走り、白雪をザッと抱え崩れた床と共に四階へ落ちた。穂と涼子は身軽に着地する。
「サダ……」
 黒影はサダノブや皆んなの姿を確認したが、未だ火の中で銃弾を浴び乍ら必死で逃げ回っていた。
 床の崩落に驚き、銃を構えていた二人が一瞬振り返る。
「あたいの旦那に、何してくれてんのさーっ!」
 涼子がキレて拳銃も気にせず、一人に飛び蹴りをかました。
「放っておけ!黒影が先だっ!」
 そう長窪 惇が叫ぶと、もう一人の拳銃持ちが三人の足元に銃を打った。
「止めろっ!」
 黒影は思わず叫んだ。
 けれど、サダノブは其の一瞬……自分の下に伸びて来た一筋の細い影を見付けた。
 ……此れだっ!……
 白雪も其れに気付き黒影の影の上に飛んだ。
 黒影は白雪の影を捕まえると火の中で抱き締めた。
 サダノブは黒影の細い影を伝い、白雪の影に狙いを定めて氷を放つ。
 黒影の細い影からは氷柱が逆立ち、白雪の影はまるで氷像の様に固まり宙を浮いている。
 黒影は白雪の氷像から手を離し、帽子を押さえるとコートを翻し受け身を取る。
 全てを焼き尽くす程の凍て付く突風から身を守る為だ。
 黒影がゆっくり目を開けると、まるで硝子の様にキラキラと月に照らされる氷の世界がビル中を覆っていた。
 銃は凍って役に立たなくなり、黒影を襲った二人と長窪 惇も上がって来た風柳達に逮捕される。
 長窪 惇は凍った世界を見て絶望に打ちひしがれ、髪が一瞬にして真っ白になってしまった。
 ――――――――
「サダノブさん、綺麗ですねー!」
 穂が呼んだ。
「……怖がらないの?」
 サダノブは不安そうに聞く。
「凍傷になった時は怖かったですよ。でも、其れはサダノブさんがいなくなったらと思うから怖かっただけです。こうやっていてくれるだけで何も怖くありません」
 と、穂は微笑む。
「……あ、えっと……有難う」
 黒影は気まずそうに言った。
「先輩、分かり辛いから、これからは素直に”助けて”って言って下さいよ」
 サダノブは溜め息交りに言う。
「……嫌だ」
 黒影は無表情で即答する。
「じゃあ、俺はこれからちゃんと言いますよ。此れで一緒だから良いじゃないですか」
 言い易くなるなら……と、サダノブは提案したのだが、其れにも関わらず黒影は、
「…………だから、嫌なんだ」
 と、言うだけだ。
「もうっ!本当に頑固ですねっ!何でそう変なところで意地っぱりなんですか」
 サダノブは流石の黒影相手でも今回ばかりはと言った。
「意地なんか張ってない。頑固でも無い。……苦手なんだよ。そう言う……言葉を言うのが」
 黒影は何の悪ぶれも無く、自分でも何で苦手か分からないのか……頬を軽く掻いて考えたまま車へ向かって歩いて行った。
「黒影の旦那は恥ずかしいんだよ。ただ、旦那の辞書の中に羞恥心と言うもんが元から存在してないだけ。其れで良いんだよ、あの人は。頼り頼られるだけで十分だろう?」
 涼子はサダノブの肩をトントンと叩いてバイクに乗る様だ。
「サダノブー!ケーキ買ってから帰って来てねー!」
 白雪は手を振り黒影の車の助手席に座る。

「何か……不思議な人達だなぁ……」
 と、サダノブは苦笑した。
「え?サダノブさんも十分不思議な人ですけど」
 と、穂が言った。
 サダノブは其の言葉にキョトンとして、思い出した。
 ……出会った頃には自分なんて普通じゃないかって思っていたし、能力者は凄くて体質だけの自分なんて役立たずだと思っていた。
 だけど、何時の間にか変な力が付いて……其れは能力と言われても可怪しく無くなっていた。
 ……異質で狙われ続ける黒影の人生に、俺も何時の間にか乗っかってしまっている。
 なのに、何故……こんなにも恐れが無いのだろう。

 其れはお互いに分かっているんだ。
 たった一人でも理解者がいる事は、既に異質と呼ばないからだ。
 だから俺等はこの力を能力ではなく、友情と呼ぶ。

 今日も黒影先輩は意気揚々と、大好きな仔を傍らにワイルドに真っ黒なスポーツカーを飛ばし、真っ赤なバイクと競り合い、楽しそうに笑っている。

――――――――
「本当に全部集めちまったんだな」
 ダミーが、シナリオを見て言った。
「ああ、約束だからな。サダノブが隠すのに、一冊だけこんな姿になってしまってすまんな」
 と、黒影は言う。
「はははっ……何だい此れは。久々に笑ったよ」
 ダミーは「落書き帳」と化したシナリオを見て、楽しそうに笑った。
「……もう、笑えるんだな」
 サダノブは言った。
「ああ。……至って順調に戻って来ている。だから人間として最後を迎えられる。……良かった、出逢えて」
 と、ダミーはサダノブに言う。きっと、サダノブの心が痛んでしまわない様に。
「……。……そうだ、何か僕に聞きたい事があると言っていたな」
 黒影は暫しの沈黙を破りダミーに聞いた。
「あの「真実の丘」の話しさ。何時か俺はあの景色を見に行けるだろうか……」
 ダミーは黒影に問う。
「ああ、静かな安らぎを求めるなら」
 と、黒影は答える。
「お前達とはまた会えるのか?」
 ダミーが聞くと黒影はゆっくり目を閉じ頭を横に振った。
「僕達は生きている。だから例えダミーから見えたとしても、其れは時空の違う抜け殻だ」
 と、黒影は答えた。
「そうか、其れだけ分かれば十分だ。黒影……不思議とお前がこんな所で、そんな真っ黒な服を着ているからか、俺にはお前が不思議と牧師か何かに見えるんだよ。……知ってるか?宮沢賢治の「眼にて云う」って言う作品。あれに出てくる医者らしき人物は黒い服を着ているんだよ。結局、最後迄其奴が葬儀屋か牧師か死神かすら分からないんだ。黒影……お前はそんな存在に似ている」
 ダミーは黒影にそんな事を言う。
「何だ、其れは?まあ、今度暇潰しに読んでみるよ。……で、聞きたい事は本当に……其れだけで良いんだな?」
 きっともう、二度と此処には来ないし会う事も無い。だから黒影は念を押して聞く。
「ああ、十分だ。……シナリオ……集めてくれて有難う。元気でな」
 そう言うとダミーは席を立ち、手を軽く振って部屋を出た。

 其れから数日後、ダミーの刑は執行された。あまりにも爽やかな風の吹く秋晴れの青い空が美しい日だった。
 ――――――――

「また、来たのか……」
 黒影は珍しく汗を掻き乍ら柩を今日もズルズル引き摺っていた。
「……流石にダミーの残した物は多過ぎる。手伝いましょうか?」
 サダノブは丘に座り、黒影に聞く。
「要らない。……此れは僕が決めた僕の仕事だ」
 黒影はそう言うと、真実の墓に沢山の罪と悲しみや憎しみ、真実の出した答えすら埋めて行く。
 一つ埋める度に、小さな花の苗が増えていった。
「此処、何時か柩が入らなくなるんじゃないんですか?」
 サダノブは今日の柩の多さに呆れて聞く。
「此処は何処迄も広がっていく。僕が守っているのは柩では無い。此処の景色だ」
 と、黒影は答えた。
「……景色……か」
 サダノブが立ち上がると、優しい風がふわっと吹き、花弁が舞い上がる。    一周眺めても、何処迄も果てしなく光に満ち溢れ美しい。
 全ての想いが等しく眠るまで、サダノブは黒影を転寝でもして待っていようと寝転がった時だった。
 バサバサッと何かが飛んで来て、サダノブの横っ腹に引っ掛かる。其れを見たサダノブは慌てて黒影の元へ走った。
「先輩、此れっ!」
 黒影はゆっくり柩を下ろし、
「何だ、忙しい時に……」
 と、最初は不機嫌そうな顔をしたが、サダノブが手に持っていた数枚の閉じられた紙を見て微笑んだ。
「……彼奴……此処に来れたんだな」
 そう言って、「この景色を護る、親愛なる影殿へ」と書かれた頁を捲る。  其処にはダミーが何時か言っていた、「死の無いシナリオで謎解きをお前としたかった」と言う言葉通りのシナリオがあった。
 ……其れは此の真実の丘が舞台の、謎を解けば美し過ぎる真実が描かれたシナリオだった。
「……もっと早く出会いたかった……」
 黒影は其のシナリオを解くと、一粒の涙を落とした。ずっと倒せなかった宿敵でもある黒影を、誰よりも見てきた彼。
 だからこそ理解していた事も、他の誰にも捕まらず生きていく覚悟をして挑んでいた事も、今更……。

 ……逃げなくて良い。お前は正しかった……。

 その最後の言葉に悔しくも、黒影はダミーに救われた気がした。
「先輩……大丈夫ですか?」
 心配そうにサダノブは聞いた。
「ただの落書き帳だよ」
 涙を拭い、黒影はそう言って小さく笑う。
「俺も解いてみたいなぁー」
 サダノブは黒影の手にあるシナリオを見て言う。
「お前には未だ無理だと思うよ。……僕を理解する程難解なシナリオだ」
 と、黒影は言ったが、サダノブにシナリオを渡してやった。
「だったら出来ますよっ!」
 サダノブはムキになってまた寝転ぶと眉間に皺を寄せ乍らシナリオを読み始めた。
「無理だと言うのに……」
 そう、黒影は小声で言ってまた柩を引き摺る。
 ……否、然し……
 黒影は自分の思う「無理」をこれだけ壊して来た奴もいないと、ふと思った。

 ……ダミー、きっとあの謎を彼奴は解いてしまうよ。うちの事務員がまたすまんな……。

 真実の墓に祈り乍ら思うと微笑んだ。
 ……如何か……安寧の眠りを……。
――――――――――――――

 其の場所は影でも夢でも無い。
 彼のただ一節の儚い願いで出来ていると言う。
 善悪も罪も罰も、悲しみも苦しみも憎しみも、そして真実さえも……
 此の世の総てを等しい安寧の地に眠らす。
 夢を司り、影にて姿を現す者
 ――其の者、人は「黒影」と云う――



 ――黒影紳士 season2-10幕は取り敢えず完――
だが、勿論黒影紳士は未だ未だ続く。

ーー此処で3-1幕へ向かう前に黒影紳士名物「世界連鎖」発動‼️ーー

【別れ道】season3-1幕前に、何方の道を選ぶかは読者様自身が自由に決められます。
また連鎖先に行っても、戻れる様にリンク🔗を貼ってありますのでご安心下さい。
連鎖は前後挟むとより楽しめる仕組みになっております。
何よりも読者様が自由に歩けるのが「黒影紳士」なので御座います。

🔸次の↓season3-1 第一章へ↓


🔸連鎖発動‼️🔗世界名「prodigyー神童ー」戦闘系ファンタジー⚔️
次の黒影紳士season 3-1幕前後に挟んで読んで頂くとより一層黒影紳士を楽しめる仕様になっています。
season3-1幕手前で読んでおきたい方は此方から、マガジンの黒影紳士世界「prodigy」をお選び頂けます。
何方へ向かうかは、読者様の自由で御座います。

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。