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「黒影紳士」season3-1幕〜夢に現れし〜 🎩第一章 現れし者

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第一章 現れし者

――――プレリュード――――――
「自分が何者かだなんて理解し、歩む者など何処にもいないよ……」
 私は彼にそう言って笑った。
「随分と楽しそうですね」
 青い小さなステンドグラスの灯りの後ろに彼は立っていた。
「君がね……人間らしい人間になったからだよ。君が良く笑う様になったから私もよく笑う。自分と他人の間には見えない鏡があるのだよ。……其れに、君は酒を一緒に飲める程、大人になった」
 そう言うと彼は隣りの席に座り、同じウィスキーを頼んだ。
「君の歳ならもっと洒落た物を飲めば良いのに」
 と、私が言うと、
「いいえ、何時か貴方と飲もうと思っていましたから」
 と、彼は微笑んだ。
「変わらないね……黒影」
「……変わりたくないものもあるのですよ」
 黒影はそう答えた。私は少し思い出して……。
「遊び疲れたのか?」
 と、したり顔で笑い乍ら言うと、
「ええ、本当に貴方には振り回されてばっかりだ」
 と、言葉とは裏腹に見た事もない優しい笑みをこぼす。
「……嘘ばっかり。未だ走り足りないと、顔に書いてある」
 私はウィスキーの氷をカラカラ指で回して頬杖を付いた。
「お前達は……永遠であれ。……其れが私の願いだ」
「……」
 黒影は暫く黙って、私のグラスに目を向けている。
「……行こうか……」
 私は酔いに惑わされる前に、そう言って立ち上がると黒い着物を一枚、袖も通さず羽織り店を出る。
 黒影は慌てて帽子とコートを手に持つと後を追う。
「何処に行くんですか?……葬式にでも?」
 と、帽子とコートを着乍ら黒影は聞いた。
「夢鳥が出た。……急げ」
 私はそう言って笑い、煉瓦の夜道に靴音を響かせ走る。
 黒影の靴音が背後から聞こえた。其れだけで私は幸せだと感じる。だから……今度はもっとゆっくり酒を酌み交わそう。
 目の前には月に照らされ漣に揺れる一面の湖が広がっている。
「……此れが私の世界だ」
 風は心地良く、黒影の持つ真実の丘の景色とは真逆の夜。宵待草が仄かに月明かりに揺れ光る、親愛なる時よ。
「此方の水はあーまいぞ」
 そう唄い乍ら、羽織った黒い裾に花の刺繍が誂えられた着物を湖面の月、高く舞い上がらせた。
「行けっ!黒影っ!」
 私は振り向く事さえ許さない、揺るぎない真っ直ぐな声で言い放つ。
「……貴方って人は……」
 そう言うと、黒影は帽子の中に姿を消したと思うと、手だけ伸ばして帽子もきちんと取って行き、姿を消した。
「また、交差点で会おう」
 私は風で更に舞い上がり、月迄届きそうな黒の着物で手を振った。其の風を羽ばたく様に広がり揺蕩う着物は、軈て真っ赤な炎に埋め尽くされ、其の炎は何処迄も見えぬ所に行く迄、決して終いえぬ永遠の赤い光の筋を残して行った。
 ……また暫しの別れ。……何時か、こんな私を馬鹿だと笑ってくれるのが、お前ならば其れで良い。
 ――――――――――――――――

「あれ?先輩、もう肌寒いのにアイスクリームですか?」
 サダノブは黒影に聞いた。サダノブが黒影達と夢探偵社で事務員兼戦力の一員として働き出してから、彼此一年が過ぎようとしている。
「良い加減、先輩はよせ。……お前も今や立派な思考操作や氷まで操る能力者じゃないか」
 黒影は何時もの珈琲にアイスクリームを浮かべて、珈琲フロートにしている。
「いいえ、先輩は俺が尊敬する限り先輩なんです!……其れに観察力とか洞察力は格段に先輩が上ですから。……気が付いたんですよねぇ……結局、先輩の指示無しじゃ、俺なんの戦力にもならないって」
 サダノブが珍しくそんな前向きじゃない事を言ったので、思わず黒影はスプーンを落としてしまった。
「わっ、大事なコートがっ!ポチの癖に朝から辛気臭い事を言うからだぞ!」
 と、黒影は苛々し乍ら八つ当たりする。
「はい、喧嘩はだーめ。サダノブも変な事言わないの」
 白雪は硬く水を絞ったタオルと、新しいスプーンを持って来た。
「何も無いわりには騒がしい朝だな……」
 と、風柳がぼやく。
 白雪は暫くして、ミルクピッチャーにミルクを入れ、珈琲シロップを持って来た。
「何に使うんだ?」
 黒影が不思議そうに聞くと、
「胃が荒れるからって、ミルクは入れなさいってお医者に言われたでしょう?……其れに、最近やたら甘い飲み物を飲みたがるじゃない」
 と、注意し乍ら黒影に説明する。
「……そう言われてみれば、そうだったな」
 黒影は、アイスクリームを食べた残りの珈琲を飲むと、何時もブラックでも気にならないのに、其の日は妙に苦く感じた。
「……サダノブ、休暇を取るから予定の調整してくれ。二日あれば良い」
 急に黒影は珍しく休暇申請する。
 基本的に予知夢能力者の黒影は事件があれば仕事で、無ければ休みとなっている。
 今時ブラック企業並みなのだが、其れが当たり前になっていた。
 黒影の予知夢に出るのは殺意のある死亡事件だけなので、無ければ休めるのだが、事件は時間を選んでくれる訳では無いので、特に仕事関連の用事以外で連休を申請するなんて珍しいと、サダノブは思っていた。
「はあ、分かりましたけど……事件が起きたら如何すれば良いんですか?」
 と、聞いてみる。此れには風柳が、
「ああ……そうか。そんな時期か。分かった、後は警察に任せておきなさい。黒影、予知夢を見たら其れだけ伝えてくれれば動ける様にしておくから、安心して行ってきなさい」
 風柳は何時もの優しい笑顔で言う。
「有難う御座います。すみません……何時も」
 黒影はそう言うと、
「私も行くー!」
 と、白雪が言い始めた。
「今回は急ぎだから、また今度な」
 黒影は宥める様に白雪の頭を撫でた。
 ……何?何だろう……この疎外感!
「ちょっと、何処行くかぐらい教えて下さいよっ!」
 サダノブは自分だけが知らない事に腹を立てて聞くと、
「困った時の神頼みだよ」
 と、黒影はそんな答えではぐらかし笑う。
「何すか、其れ……」
 サダノブは何となく頭にきて、ゲストルームと言う名の半自室に戻って行った。
 ――――――――――――――
 其の日の夜の事だったと思う。
 サダノブは真っ暗な夢を見ていた。……多分、熟睡していたのだろう。
 黒影の予知夢に干渉出来るようになってから随分と経つが、こんな真っ暗なのに、あの黒影の予知夢へと誘うギャラリーの扉が見えた。
 ……何だ?閉まってる?
 何時もは此の扉は開いていて、中は火事で予知夢を見る黒影を手伝うのが当たり前になっていた筈なのに……今夜は様子が違った。
 ……如何しよう……でも先輩がいたら……。
 とりあえず、扉の取っ手を掴んだ。
「あっつ!」
 やっぱり中は火事らしく、取っ手が加熱している。
 ……仕方無い、サダノブは掌を凍らせ扉を開けた。最初は一々凍傷になった此の力も、少しずつ制御出来ている。中に入ると約束の場所迄走った。黒影と合流する筈の火の海の中の道。
「先輩っ!先輩っ!?」
 見当たらない……ただでさえ火が苦手な黒影の為に、早く見付けてやろうと思うのだが、待てども其の姿が見当たらないのだ。
 仕方無く先へ行ったのかも知れないと、煙と熱風で喉が焼けそうになり咽せり乍らも走って探す。
 此の中では黒影に出会う迄、サダノブも氷の能力を使えないのだから。
 大広間の予知を示す絵画の横の柱に炎に蹲って倒れている黒影を見付けた。
「先輩っ!なんで合流地点に居ないんですかっ!今、消しますから!」
 そう言ってサダノブは何時もの様に此のギャラリーの全てを凍らす程の殺気で床に手を付いた。
 ギャラリーの高い天井まで、バリバリと軋む音を立て乍ら氷が張って行く。其の音に黒影が気付き、ゆっくり倒れた儘サダノブを見て、声では無く脳に響く音で、
「構うな、戻れっ!」
 と、伝えてくる。
 其の言葉と見ている物に、サダノブは絶句した。
 火が……消えない。
 黒影の周りだけ炎に包まれ、消えないのだ。
 其れどころか、黒影から出火している様にも見える。
「先輩っ!」
 走り寄ろうとすると、黒影は姿を炎の中に消したのだ。
 そして、業火の渦と化してギャラリー中を暴れ狂った何かの様に当たり散らすと、硝子を割って天高く其の業火と共に飛んで行った。
 ……あれは……サダノブの目には火を纏った鳥に見えた。
 静かに犯人に狙いを定め一気に仕留める様は鷹と迄言われた黒影だが、サダノブは此の時、脳ある鷹は爪を隠すと言うが、其の爪がとんでもないものだったと知る。

 ……夢?否、夢の中なのだから何があってもおかしくない……。
 黒影の夢は現実に怪我をしたり、予知夢を見せたり影響を及ぼす。
 ……予知の絵は!
 ハッと気付いて予知の影絵をサダノブが見ると、其処には焼け焦げた何時もの影で、鳳凰の絵が描かれていた。
「何だよ、これ!」
 黒影が死んでしまうのではないかと、思わず絵を取り大声で叫んだ。
 ……早く……早く……戻ろう。
 絵に黙祷をし、何時もの様に目覚めるんだ。
 ――――――――――――
 サダノブは起きると階段を駆け上がって、黒影の部屋をノックもせずに入った。
「……何だ、朝っぱらから。ノックぐらいしろ!」
 黒影は出掛ける支度をしている。
「えっ?あれ…夢は?」
 元気そうな黒影を見て、何が何だか分からず言った。
「何だ、寝ぼけてるいるのか?僕はそろそろ出るから……ほら、其処を退いていておくれよ」
 と、何時もの調子で言うので、サダノブはドアから横にずれる。
「あっ、えっと……はい、行ってらっしゃーい」
 そう言ってサダノブは頭を掻き乍ら、黒影の部屋を閉めようとした。
 下をふと見ると、ドアに挟まりかかった一枚の羽根。赤く光に翳すと金色を帯びる不思議な色をしている。
「何だ?此れ……」
 サダノブは其の羽根を一枚持って黒影の元に走った。
「先輩、此れ!」
 羽根を見せると、黒影はふと笑い、
「其れが何だ。態々其れを見せに来たのか?」
 と、あしらわれた。
「じゃあ、行ってくる。皆んなを頼んだぞ」
 タクシーに乗り込み乍ら黒影が言うので、慌ててサダノブはポケットに羽根を閉まって、警官の真似をして敬礼し、
「任せて下さいっ!」
 と、言ってにっこり笑った。
 黒影は思わず笑い、手を振って旅に出た。
 ……良かった、バレなくて……。
 黒影は少し袖から覗く火傷の跡の様な物を見乍ら、ホッとして帽子を深々被り暫しの休息に入る。

 ――――――――――――――――――
「俺ってぇ……動物に例えたら何に見えます?やっぱり皆んなが言う様に犬なんですかねぇー?」
 サダノブは風柳邸兼夢探偵社に戻ると、風柳と白雪に聞いた。
「何だ、不満なのか?」
 と、風柳。
「どっから如何見てもポチでしょ」
 白雪は容赦無く言う。サダノブはポケットの羽根を取り出して、緑茶を飲む。
「……あっ、でも前に住職さんが狛犬さんって、サダノブの事を言っていたじゃない。やっぱり、直ぐ見た人からしても犬っぽいのよ。真っ白な犬って感じ?」
 と、白雪は言って笑った。
「……其の羽根……」
 風柳が、サダノブが手にしていた羽根を見て、何か覚えがある様で言葉にする。
「先輩の部屋のドアのところに落ちていたんですよ」
 と、サダノブが説明する。
「そんなところに……不思議だな」
 と、風柳は笑う。何か知っていそうだが、流石に長年刑事の風柳からは表情が読めない。
 ――――――――――――――――
 数時間後、黒影は京都のある南方の神社にいた。
「さてと……久々に参りますか」
 澄んだ空気が心を和やかにする。今はどの花が咲いているのかと、少し中を覗いて行こうと、歩き出す。
フジバカマとリンドウが揺れている。普通の人には多分分からないが、黒影にとっては甘い水の香りが漂い……誘われる様に水場を探した。
 もう古く参拝客も減ったが、黒影にとっては懐かしさすら感じる安心出来る場所だ。
 水を勢い良く飲むと、持ち帰りもして、序でにと一年分の祈祷の大玉串と御札を買って、のんびり抹茶を飲んで外に出る。
「はあ、生き返ったー!」
 背伸びをした時には袖から見えた火傷の跡も消えていた。黒影の形(なり)がシルクハットと黒のロングコートなので浮いて見えるのか、参拝客にじろじろ見られるのだが、特に黒影は気にするでも無く意気揚々と歩いて行く。
「もし……羽根が落ちておりましたよ」
 と、言われ黒影は立ち止まる。
「もうすっかり治りました。有難う」
 黒影は、帽子の縁を持ち軽く礼をした。
「あまりご無理はなさらない様……また、疲れたら何時でも癒されに来て下さい」
 と言われ、
「此の辺も随分様変わりしましたね。護るのも大変でしょうに。……僕は貴方に感謝しているのですよ。水、ご馳走様でした。では」
 そう言って黒影はスタスタ去って行く。ずっと後ろで見守られながら。
 黒影はスマホから夢探偵社に連絡する。
「今、用事終わったよ。其方は大丈夫そうか?」
 と、出たサダノブに聞いた。
「ええ、今のところ至って平和ですよ。で?本当に何処に居るんですか?」
 サダノブがしつこく聞くので、
「京都の神社だよ。神頼みって言っただろう?今日中には帰れそうだ。土産は何が良い?」
 黒影は機嫌でもとっておこうと思って言うと、
「生八橋」
 と、言うので思わず笑ってしまう。
「……修学旅行の土産みたいだな」
 と。でも、サダノブは他に思い当たらないらしく、
「定番が一番美味いんですよぉー」
 と、言い張ったので、結局黒影は生八橋と白雪に櫛を買って戻る事にした。
 ――――――――――――
「只今戻りました」
 黒影は夜には戻り、夕飯は既に終わっていたみたいだったので、そう予測して買っていた摘まみと地酒を飲む事にした。
「全くご飯も食べないで……」
 白雪に小言を言われたものの、気にもせず御札と大玉串を風柳に渡す。
「はい、ご苦労様」
 風柳は早速飾って手を合わせた。其れを見て黒影は安心すると、
「さて、サダノブも今日は飲むか?」
 と、二階の自室を指差して微笑んだ。
「ええ、勿論!」
 サダノブは仲間外れにされていた気分も晴れて、久々に飲めると喜んだ。
「……二人共、飲み過ぎないでね!風柳さんもっ!」
 と、男三人纏めて白雪に注意され、既に晩酌をしていた風柳の動きも、ぴくりと一瞬止まった。
「はい……分かっております」
 と、黒影は巫山戯半分に帽子を取り、丁寧にお辞儀をしてそう言うと、コートを翻し笑い乍ら颯爽と二階へ逃げて行った。
 サダノブは白雪に怒られない様、グラスを持っていそいそと黒影の後を追って階段を上がって行く。
――――――――――――――――
「やっぱり此の部屋の風、心地良いですねー」
 サダノブはほろ酔いになり乍ら言った。
「ああ、だから此の部屋を使わせて貰っている。サダノブの使ってるゲストルームだって風通しは悪くない筈だが?」
 黒影が聞いた。
「違いますよー。昼は確かに風通しは良いですけど、夜風に当たるなら先輩の部屋の方が、夜空が綺麗に見えるし良いって話しです」
 と、サダノブは話す。
「ああ、何だそう言う事か。別に何時でも夜風に当たりたきゃ来れば良い。風邪を引かない程度にな」
 黒影はお猪口をクイッと飲み干した。
「優しいんだなあー……先輩は。うん、優し過ぎる!」
 サダノブは、急に一人で納得してそう言い出す。
「何だ、お前酔ってるのか?優しいのはいけないのか?」
 黒影は何の事かと聞く。
「ええ、重大な問題ですよ。だから何時も事件の度に怪我ばっかり。人に優しくするには自分に其の分無理をさせる事になる。今朝の夢、嘘でも無いんですよね?……火、俺の様にもう使える。そうでしょう?」
 と、ジローっと顔を覗いて言った。
「お前、また人の思考を勝手に読んだなっ!」
 黒影は少し怒って酒を並々注いで一気にまた飲んだ。
「ずっとコソ練してた癖に。だから急に先輩って呼ぶなって言ったんですよね?でも、それ違うんですよ」
「違う?」
 サダノブに何が違うのか黒影は聞いた。
「自分より優れているだとか、力があるだとか使えるだとかは、俺の尊敬の範疇に無いんですよ。どんな事があっても助けに来てくれるって分かってるし、そー言う意地を見せない所も良いんですけど……。心配ぐらいしたいんですよ。何となく出逢って、何となく付いて来て、何となく楽しくて……安心して……其れは、あの鳳凰がくれた生き直すチャンスかなぁーって。何時も先輩の魂に救われてる……」
 そう言うとサダノブは酔っ払っているのか、こくんこくんと頭を上げたり下げたりしてウトウトし始めた。
「あっ!お前飲み過ぎだぞっ!」
 ちゃっかりサダノブが黒影の徳利からも盗み飲んでいた事に気付き、黒影は慌ててサダノブの手から徳利を取り上げる。
「此方の水はあーまいぞ」
 そう唄ったかと思うと、サダノブは寝始めてしまった。
 ……また、雑魚寝か。と、黒影はサダノブを安楽椅子に担いで、自分はパソコンの椅子に座り呆れていた。
「おいっ、狛犬っ!全然従わないし、敬いも感じられんのだが」
 と、黒影はもう聞こえはしない悪態をサダノブに吐いて背伸びをする。
「……だから先輩で良いんですってばぁ……。ちゃんと呼んで下さいよぉ……」
 ……はぁ?……何だか悪口を聞かれた気がして、黒影はサダノブの顔をそっと覗き込む。
 ……やっぱり完全に寝ていた。……寝言か……。少しホッとして黒影は床に布団を敷いて、サダノブにも毛布を掛けてやった。
「本当に世話が焼けるな」
 そう小さく言って微笑むと、サダノブが未だ手に羽根を持っていた事に気付いた。
 ……分かっていたのか……。其の事を話したかったのだな。
 そう、思って黒影はサダノブの手から羽根を取ると霊水を掛け、上着のポケットに、落ちない様に其の羽根を入れてやった。

 ……自分が何者かなんて分からなくて良い……能力が如何のなんて関係ない。

 必要な者を守って……
 戦うべき者に抗う術があれば、其れだけで生きて行ける。
 其の単純なたった二つの事を忘れてはならないのだ。
 例えどんな存在とし、産まれても。

 火の中に心を焼かれた青年は 軈て火を克服し息を吹き返す
 其の鳥、火の中に飛び込みて死を迎え
 ……火の中より蘇ると言う……
 ――――――――――――
「走るぞ!」
 業火のギャラリーの夢の中、黒影はサダノブの姿を見付け叫んだ。
「先輩、酔ってなかったんですね」
 サダノブは、呑気にそう言い着いて行く。
 ギャラリー中央広間、あの予知の影絵のある場所へ辿り着く。
「絵は凍らすなよっ!」
 黒影はサダノブに言った。
「分かってますよ」
 サダノブは床に片手を付き、部屋全体を凍らす。黒影は寒そうに帽子を押さえて、コートを蝙蝠の様に体に巻き付けた。
「此の冷たい突風は良い加減何とかならんのか。此方が凍え死ぬ」
 と、黒影は言う。
「先輩、残業してるだけ感謝して下さいよ。我儘なんだから……」
 サダノブは黒影のコートや帽子に纏わりついた氷を軽く落とし乍ら、呆れ顔で言い返す。
「発動し易かったか?」
 黒影はバリバリに凍った前髪を気にし乍ら聞いた。
「あっ……そう言えばそうですね。今、あんまり集中してなかったし……。……?……先輩、なんか人が寝てる間にしました?」
 サダノブは言われて異変に気付き、疑いの目で黒影を見る。
「何だ、其の目は!失礼な奴だなっ!お前は今頃、人のお気に入りの安楽椅子を占領して幸せそうにいびきを搔いて馬鹿面で寝ているよ。……ポケットの中に入れといた……取っておけ」
 そう黒影は眉間に皺を寄せて心外だと怒ったが、最後に微笑んだ。
「えっ?……此れは確か……」
 サダノブはポケットを探り、羽根を見付けた。
「御守りだ、やる」
 黒影はそう言うと、予知の絵に向かって歩き始める。
「わーい!先輩の欠片もーらいっ!」
 サダノブは能天気に浮かれて羽根を見乍ら、自分も絵に向かう。
「其の、”欠片”って言い方止めろ」
 そう注意しつつも、黒影はマジマジと予知の絵を見詰める。
「あれー?此れ、白雪さんじゃないですか?風柳さんも俺もいる」
 サダノブが絵を見て言う。幾ら影絵でも見知った姿は流石に分かる。
「ああ……目の前で起こりそうだな。僕はいないのか……。この絵、お前だけ後ろを向いているぞ。此処は観光地か?……今度、「たすかーる」と合同の慰安旅行があったな……」
 黒影がふとスケジュールを思い出す。
「ええ、もう直ぐですよ。また旅先で事件とか勘弁して下さいよぉー。折角、穂さんも一緒だから楽しみにしてるんですから」
 と、がっかり肩を落としサダノブは文句を言う。
「そんなのは犯人に直接言えば良い。其れより数人観光客がいるな。何れが犯人だろう……。死体は見当たらない。此処から突き落として直後か直前かだな。まあ、大体分かった。寒いし、帰るぞ」
 黒影は肩を窄めて言うと、絵にそっと手で触れ黙祷を捧げると、サダノブと目覚める。
 ――――――――――――
「あっ、本当だ。先輩の場所取って寝てました。然も毛布まで掛けて貰って……すみませんっ!」
 と、起きるなりサダノブはペコペコ頭を掻き乍ら下げる。
「別にお前にだけ特別に冷たくしても良いんだがな」
 黒影は優し過ぎると言われたのを根に持って言う。
「いえ、あの……凍えるんで、今ぐらいが良いです」
 サダノブは訂正する。
「ならいい。問題は無い」
 そう言って黒影はさっさと一階へ向かう。
「あっ!俺も顔洗いますって!」
 サダノブは相変わらず犬の様に黒影の後をひょいひょい付いて行くのだった。
 ――――――――――
「あーっ!何ですか、此れ。幾ら何でも神頼みに使い過ぎですよー」
 サダノブは神社に行った時の領収書を見るなり言った。
「そー言うのは、ケチケチしたって仕方無いだろう?」
 黒影は無視して朝からクロックムッシュを食べて幸せそうだ。
「普段、絶対神頼みなんてしない癖に……」
 サダノブは事務所の方へ行ってブツブツ言っている。
「当たり前だ。自分以外信じないからな」
 と、黒影は珈琲を飲む。
「あれ?今日は甘くしないの?」
 白雪が黒影に聞いた。
「ああ、甘い水はもう飲んで来たから当分大丈夫だ」
 と、言って笑うと白雪の頭を撫でた。
「そう、じゃあ全部何とかなるわね。……サダノブ、大きい仕事入るから心配いらないわ、きっと」
 と、白雪はサダノブに気にする事は無いと伝える。
 サダノブは其れを聞いて、リビングにバタバタ戻って来ると、
「え?そんな事も夢見で分かるんですか?」
 と、何か大きな勘違いをしている様だった。
「もうっ、だからポチは。黒影が元気になったから大丈夫って意味よ」
 サダノブに白雪は教えた。
「え?御札が?大玉串が?生八橋……否、地酒か?」
 サダノブは鈍感にも程があるので、黒影は溜め息を吐いて、
「水だ」
 と、答えた。するとサダノブはポカンとした顔をして、
「はぁ……先輩って、意外とデリケートなんですね……」
 サダノブはぼやく様に言うと、また事務所に向かい事務仕事を片付けに行った様だ。
「彼奴は本当に馬鹿だな」
 そう言って、黒影は笑い白雪も思わず笑った。
「きっと霊水の事、軟水か硬水の差ぐらいにしか思ってないわよ」
 と。
 ――――――――
「只今。……黒影居るか?」
 夜になると風柳が仕事から帰宅するなり、黒影を呼んだ。黒影はリビングから玄関に行き、
「お帰りなさい。……何ですか?」
 と、聞いた。風柳は申し訳なさそうに、
「悪いが明日、警察の方を少し手伝って欲しくてね」
 と、言い乍らリビングへ向かう。
「白雪、悪いけど珈琲作って貰えるかな。夕飯は話の後だ」
 黒影は白雪に言った。
「冷めないうちにね」
 そう言い乍らも白雪はキッチンへ向かう。サダノブはリビングで話を聞こうと自分の席に座る。
「大きい事件が来るんでしたっけ?」
 と、サダノブは黒影に言う。
「馬鹿っ、直ぐに決めるな。一個から大きくなる事もある。そうならないに越した事はないんだからな」
 黒影は不謹慎だと注意した。
「否、小さい事だ。だから申し訳なくてな」
 と、風柳が言う。黒影は、
「丁度良い頭の運動ですよ。最近休んでいましたから」
 気にするなと言いたい様だ。
「……で、今回は何をすれば良いんでしょう?」
 と、態と楽しそうに風柳に聞く。
「態々黒影に頼むのも心苦しいのだが、あるアリバイを崩して欲しいのだよ」
 と、風柳が言うのだ。
「アリバイが崩れない?警察でも?……容疑者は確かなんですか?」
 黒影は珈琲を一口飲むと、其処迄警察も無能な筈は無いだろうと聞いた。
「容疑者の凶器も被害者や現場についた彼方此方の指紋も全て一致している。目撃者はいない。如何考えても証拠は容疑者が犯人だと言っている。なのに、犯行時間、容疑者は実家に帰っていたんだ。家族の証言だけなら信用は薄いが、近所の人にもお土産や挨拶をしていて、ほぼ疑いようが無い。新幹線でもローカル線でも飛行機でも、如何乗り換えたりしても犯行現場に犯行時刻にいる事は不可能なんだ」
 と、風柳は今日調べていた事件の事を話す。
「僕が京都に行った日辺りだったから、予知夢に出なかった事件ですね?帰って来て直ぐに飲んで寝てしまったからいけないんです。僕の責任でもある。……で、事件発覚が今日。夕飯を食べてから、時夢来で調べてみましょう。明日、犯行現場を見に行きます」
 と、黒影は提案した。
「そうか、やってくれるか。お前が京都にいる間は任せとけなんて言っておいて、悪いな」
 風柳は深刻そうに言う。
「大丈夫。容疑者が正しいかは直ぐに分かります。其れに僕は事件を解くのは大好物ですから」
 と、黒影は微笑んだ。
「さぁ、じゃあ此方の大好物も食べてねー」
 と、白雪が夕飯を温め直す。


⚠️黒影からのお願いーーー
お酒は大人になってから。
大人も体と良く相談して、迷惑行為にならない程度に嗜んで下さいね。
僕と約束だよ。ーーーーー🎩🌹

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お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。